【第1章|天使と悪魔と(世界の?)真実】〔第1章:第1節|墓終結空〕
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……。
…………。
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……?
あたしは、ゆっくりと目を開いた。
あたし? ゆっくり? 目? 開いた?
……?
見えてるのは――空。
(見えてる? 空?)
……空?
…………?
空。
見えてる景色は、青い空と白い雲。
(景色? 青い? 雲?)
…………なに?
変な(変な?)感覚だ(感覚?)。
目を閉じる(閉じる?)。
――フゥー……。
深呼吸(深呼吸?)すると、頭(頭?)の中が、徐々に(徐々に?)、晴れ渡っていく。
……晴れ渡っていく? 違った。違った?
――――。
透き通るような。
流されるような……。
――澄み渡っていく。
澄み渡っていく? ――言い得て妙。
なにが? 誰の頭が?
……あたしだ。
――フゥー…………。
あたし?
クリア(クリア……は、知ってる。思い出せる)になった頭。
眠っていた気がするのに、頭が心地良い空白に染まり、頭痛とか不安とか悩みとか……込み入った思考が、なに一つ浮かばない。
逆に不安な気もするけど、不安にしてはどうにも快適。
どうして?
パニックになりたい気がするのに、パニックになる理由が無い。
パニック? ……パニックって、なんだっけ……?
混沌。……混沌?
――なにが?
……なにが?
――どうして?
……どうして?
奇妙な感覚。不思議な体感。
あたし。あたし?
――フゥー……。
少し、落ち着こう。
脳が再起動するように……再起動? リブート? リブート? 違う。――リルート?
パニック。パニック?
なんだっけ?
もう一度、目を開ける。
――――。
小さな風を、顔に感じる。
青空と、まばらな雲。
果てしなく澄んだ水色に、アクセントのような白。
水色。水色は…………好きな色、だったはず……。流れていく白も、嫌いではない。
あたしにしては珍しく、率直に綺麗だと思った。
限りなく、どこまでも広がる青空。緩やかに流れゆく雲々。
太陽の姿は見えないけど、延々と続く綺麗な空。
あたしはその真ん中にいる。
立って……はいなかった。ゆっくりと上体を起こす。
寝ていたのは……水面? 空と同じくらい果てしな空模様に、薄く水の張った透明な地面。
硬くもなく、柔らかくもない。ガラスのようでゴムのよう。あたしの顔が薄っすらと反射している。
留めていたヘアゴムが無い。いつもの髪型は解けていて、長い髪は殆どが背中へ。前髪は左目周辺だけを隠していた。
着ているのも妙だ。
見た事のない服。買った覚えはない。あたしの趣味じゃない。
バスローブのようだけど、タオル生地じゃなくてごわごわしてない。パジャマにも似ているけど襟はなく、不自然なほどあたしの体型に合った、長袖長丈のシンプルな白い羽織りみたいなもの。どこかの高貴な民族衣装のようだけど質素だ。靴は履いていない。反射したその奥にも、空は続いていく。
地面を覆う透明な液体は冷たくも熱くもなかったけど、指の間を通り抜ける感触は、過剰なくらいに気持ちが良かった。
不思議だ。持ち上げてみると全て指の隙間から滴り落ちてしまう。濡れていた痕跡なんて、全く無いみたく。
あたしの指は、あたしの指の湿り気しかない。
視線を上げ、空を見る。
地平線のような遠くを見るも、この場所に心当たりがない。……ここ、どこ?
色々わかっていない割に、妙に落ち着いてきた。
いつの間にか頭の中の反響が止み、心地良く穏やかで、あたしにしては稀な、不思議な気分に染まっている。
魔法みたいにクリアだ。
冴えている――というのだろうか。
変だ。というか、ここどこ?
空は晴れているけど、太陽は見当たらない。眩しさも感じない。
あたしは、自分の体を見下ろす。
あたしの右手と、あたしの左手。
傷ひとつ無い。怪我ひとつ無い。
不自然なほど。
どうなってるの?
全然わかんない。
寝ていた? 寝かされていた? とにかくなにかしてみようと、あたしはゆっくりと立ち上がる――!?
どれほど長く寝ていたのかは知らないけど、あたしは、寝起きの悪さには自信があった。
けれども、浮くほどじゃないにせよ、体は変に軽い気がして、あたしは跳ぶような勢いでたち、水面には波紋が広がった。
重力(?)を感じない。もしかしたら引力も。
――不安だ。
夏の夜、タオルケットだけで寝る時みたいに。
毛布が欲しい。重しが欲しい。
実感が欲しい。
……なんの?
わかんない事が多過ぎる。
頭が変に冴えている所為で、困惑するも焦ってはいない。
あたしは……あたし……あたし?
あたしの事を、思い出してみよう。
あたしは結空。
墓終結空。
物騒な苗字に、「にしては」って感じの逆の名前。名前はともかく、苗字は「不吉だ」とか「物騒だ」とか、よく言われてきた。
面と向かってそういう事を言ってくる奴は大抵、あたしの拳と足の方が、もっと物騒だと知らされる。
……思い出せるもんだ。
落ち着き過ぎる自分というのは、それはそれで違和感がある。
罪悪感にも似た後悔。……どうして?
目を閉じる。
瞼の裏の世界は静かだ。
「……は、墓終、さん……?」
ン?
内心、背中に掛けられた声に驚いたあたしは、一瞬迷ったけどすぐに振り返った。
目元を隠すような前髪と、襟元で切り揃えた後ろ髪。見えている口と鼻は、どこか幼なげの顔立ち。その格好はあたしのように、多少の丈の長さは違えど、白いシンプルな服を纏っていた。形やデザインはまったく一緒に見える。
その震えている肩に、あたしは疑いの声を返した。
「……薇、字名?」
「……は、はい……」
同級生で、元クラスメイト。
去年は同じクラスだったけど、殆ど接点はなかった。二、三、言葉を交わした事があったっけ?
どんな服を着ていようとも、今あたしと向き合っているように、オドオドビクビク――自分の意思がないような態度で、いつも肩を振るわせている。そんなやつ。
これで時々ぶつぶつと独り言を言っているのだから、あたしが言うのもなんだけど、学年でも浮いている存在だった。たぶん今年も。ヘタすりゃ中学以前も。
陰口や後ろ指には肉体言語をペイバックしていたあたしからしてみれば、その性格で今までよく生きてきたもんだと、一周回って感心する。…………嗚呼、金持ち一族だったっけ? なら、家柄もあるんだろうけど。
でもなんでここに?
てかここどこ?
「あ、あの……」
なにか言いたげだ。あたしは薇がなにか言うのを待つ――というより、待ってても無視しても問題無いだろうと、その臆病顔越しに、もう一人の姿を見つけた。
倒れたまま寝ている女。
あたしらとおんなじ格好で、薄い水面にうつ伏せで寝ている。僅かに上下する体。呼吸はあるから、きっと死んではいない。
…………。
……誰だっけ? 知ってるはず。
……名前は…………なんだっけ?
思い出せるはず。
思い出す。
思い出す。
――――。
…………先生? 確か……教育実習生?
思い出す。
――どうしてここにいるのか。
起きる前の、最後の記憶はなんだっけ…………、
――!?
っァ……!!
突如、記憶が蘇った。
あたしの記憶。あたしの……あたしの。
ここに来る前。
半透明なスライドのような記憶が、視界いっぱいに一気に重なっていく。空模様も、薇字名の顔も見えなくなる。
――校舎に刺さった車。
――暴走する車。
――降ってくる車。
――爆発。
――バス。
――鬼?
「は、墓終、さん……?」
あたしは怖い顔をしていたらしい。
より小さくなったように見える薇字名が、その緊張が目に見えるほど震えながら、あたしに一歩近近付いた。
「…………なに?」
気を遣ったつもりだったけど、強い口振りが出た。薇字名が息を呑む。
「あっ……えっ……ご、ごめんなさい。……なんでも、ないです。……ごめんなさい……」
「ごめんなさい」だなんて、あたしの人生では日に一度言えば良い方だけど、やはり名家のお嬢様は違うようだった。
じゃなくて。
「あたしら、もしかして…………」
「は、はい……その……その…………」
明言はできない。したくない。……たぶん?
意味がわかんない。
うつ伏せで寝ている先生を見る。
――呼吸はあるから、きっと死んではいない――――?
心臓……が、まだあるのなら。
動悸がしてきた。
――実感《﹅﹅》が欲しい。
ふと気付いて、ポケット……は無い。いつも持っていた携帯画面端末も、ポケットティッシュや財布も無い。手首に付いているはずの学生IDも。薇字名も、白い服のみ。
実感も、手段も無い。
もしかしたら…………もしかしたら、
命も。
「は、墓終さん…………」
目の前に立つ同級生は、この状況をどうにかしてくれるとは思えない。あたしの欲求には応えてくれない。
いつも通り、あたしがなんとかするしかない。
「……先生を起こそう」
小さく頷いたけど、薇字名に言ったのではない。
これはあたしの、意思決定。
「このクソ女ッ!!」
蘇った記憶に基づいて、小慣れた動きから薄いイビキをかく先生に蹴りを入れたけど、吹っ飛んだのは琴石九留見(名前は思い出せず、結局薇字名に訊いた)ではなく、あたしの方だった。
あたしたちにはお手上げ。気に食わないけど、大人の力に頼ってみよう。
そう思ったはずなのに、この場にいる唯一の大人は、あたしの意思決定が下る前から、その姿に変化がない。というか、変化をもたらす事ができない。
強い反動を受けたように後方へと吹っ飛ばされたあたしは、空の世界の浅い水面に背中から思いっきり落ちた。水飛沫が上がる。
不思議と痛くはなかったけど、全身が大きく揺れたし、この場に来てからは珍しく、強い不快感も覚えた。
――実感も。
これで二度目。
あたしは別に、「人を起こす時は暴力を使いたい派」の人間ではない。自分の気性の振り幅が、人よりも少し上下しやすい自覚はあるけど、それでも万物に対し、肉体言語を公用語にしたいという願望はない。だから最初は、そっと体を揺するくらいで起こそうと思った。
けど、触れられなかった。
膝を付いてあたしが伸ばした手は、先生の背中の何センチか手前で、ゆっくりと近付けなくなった。
…………は?
手を伸ばす。手が触れる前に止まる。空気の層でもあるかのように。
背中以外も。腕や足や顔を掴もうとしても、やっぱり十センチくらいで止まる。それ以上先には進まない。
「……ど、どうしたん……です、か……?」
知らねえわよ。あたしだって知りたい。
……触れない?
物理攻撃が効かない相手は、あんま好きじゃない。教師とか、バ先の上司とか同僚とか。
いつだって。
いつだって、拳でなんとかしてきた。
初対面の相手に気が引けなくもないけど、あたしは先生を殴った。
これが一回目。
数センチ手前で、あたしは後ろへと強く弾かれた。
着水。実感。
「は、墓終さん……!」
小走りで寄ってくる薇字名。小さな波紋が尻餅をついたあたしに続く。
上体を起こしたあたしは、気合を入れ直し、首を一度鳴らす。
武道でも習っていたら、こういう時は精神統一とかするもんだろうけど、あたしにその心得はない。
ムカついた。だから、たかだか数メートルの助走をつけ、思いっきり蹴った。
そして再び起き上がったあたしは、これから三度目の正直に向かう。
近付いたら危ないと思ったのだろう。薇字名は先生の近くで棒立ち――正しい判断だ。
十メートルもないほどの距離。あたしは助走をつけ、寸前で跳び、真上から踏み付けてやろうと思った。運が良ければ、先生は悲鳴を上げる。悪ければ、先生が目を覚ますまで、あたしが垂直跳びを続けるかも。
あたしは走り出して――その足をすぐに止めた。足もとで飛沫が上がる。
空と透明な地面だけの世界。
その空中――視界の隅に、一点の光が現れた。
小さな光だ。でも空の真ん中では目立つ。
あたしと薇字名と、先生とは少し離れた先に。
眩しくはない、と思っていたけど、光は徐々に強くなってきた。
「あ、あの……墓終、さん……?」
同じ一点を見て、薇字名は不安を漏らした。
瞬きが強く早くなり、薄く吹いていた風が、鋭い音と共に光に集まっていく。
「……離れよう」
あたしは光を見ながら、一歩ずつ後ろに下がる。薇字名も同じように。寝坊実習生は知らない。
「シュゥウウーー」と音を立てて風が激しくなり、光が渦巻いているように見える。
徐々に……徐々に大きくなって、ちょうどあたしたち一人くらいは呑み込めるほどの大きさになった。そして、
パリンッ。
一瞬、光の渦は鋭角に煌めくと、空模様のガラスが割れるように砕け散り、その眩さにあたしは目を背けた。
眩さが収まると、一人増えていた。
一人の男。
あたしらと同じような服を着て目を閉じたまま、先生と同じように、水面に伏せて倒れた。
眼鏡は掛けていない。
そういえば。
すっかり忘れていた。
「……絲色、さん……?」
絲色は、伏せたまま。
先生と数メートル開けて寝ている。
ねぼすけ二人と、三、四語しか喋らないビビりっ子。
果てしなく広がる空の世界。
……どうしろってんのよ。
この状況は長い暇潰しを考えなければならないと思ったけど、それは幸運にも、杞憂で済んだ。
しばらくの沈黙が続きそうになる前に、絲色が目を覚ましたのだ。
寝ぼけ眼で、目を擦りながら……ではなく。
ガバッ! と、突如として。
伏せた体勢から水面を手で押し除けると、一度膝を付いてから、素早く勢い良く立つ。
腰を落とし、足を開き、両手を胸の前で開いて。
――両手?
…………。
驚いていたあたしたちを前に、絲色は目を見開くと、自分の左腕を見下ろした。
本当に自分のかどうかを確かめるように、裏返したり、指を開いたり閉じたりする。波打つように動かし、ゆっくりと回してみる。
そして驚いた表情のまま、視線をあたしたちに向けた。
「…………ここはどこだ?」
あたしと薇字名が「知らない」と告げると、絲色宴は寝たままの先生を指差した。
「起こそうとしたけど起きなかった」
詳細は伏せたけど、あたしは事実を言った。絲色は傍に行き、先生の耳元に口を近付けた。ちょうど、見えない何かには当たらないくらいの距離。
「せんせ~い、起きてくださ~い」
叫ぶほどではない声量で、絲色はそう言った。
それで起きるなら、殴ったり蹴ったりの苦労はなんだったのよ。先生がもし、男にだけ反応する飢えた雌だった場合は、その程度で起きたかもしれない。
――そして琴石九留見教育実習生は、まさしくその通りだったらしい。
「……ふぁあああ……ふう……」
あたしたちが見下ろす中、先生は上体を起こしながらゆっくりと息を吸い、息を吐きながら寝ぼけ眼をゆっくりと開いた。
「……おはよ~ぅ…………?」
むにゃむにゃとした先生の前に、寝巻きのような格好の絲色。
「…………ぅわお!?」
先生は自分が見覚えのない服を着ている事に気付き、絲色越しにあたしたちを見て、その先に広がる水面と空を見る。
「…………お、おやほう?」
まだ寝ぼけているらしい。
「おやほう?」
絲色が訊き返すと先生は眉をひそめ、その視線はあたしたちを順に捉える。
困惑顔のまま先生は、自分の安否を確かめるように急に自分の胸や顔を触る。
傷一つ無い。
――情報過多で、色々と思い出すのに時間がかかっているようだ。
そして最後に、目の前の絲色を見た。
「一旦、落ち着いてください」
宥めるように両手を出した絲色。それを見てさらに驚く先生。
「……わ、私の勘違いかな? 君、確か左手が…………」
「ええ。……ええ、そうです。けど、まずは落ち着いてください」
空の世界。
冷静に見ても、美しいこの空間。
その美麗さに、格好だけはふさわしい四人。
白いローブのようなものを着たあたしたち――墓終結空、絲色宴、薇字名、琴石九留見は、その空の真ん中で互いに向き合って座っていた。
「たぶん、僕らは死んだ」
それぞれの持つ記憶の照会を終えると、絲色はあっさりと、その暫定事実を口にした。その言い草はどことなく冷たく、他人事のように言い切っていた。
…………。
全員の沈黙は先刻のあたしの頭の中みたく、泣き喚きたいけど不思議と落ち着いてしまっているが故に、特に思うところはない、とでも言いたげに感じた。
「または……どこかに連れ去られた……とか?」
一番お姉さんらしくお姉さん座りの先生は、さも当然みたいな調子で、そう言った。
「どど……どこかって……こ、ここ……ですか……?」
「ホラー映画とか見た事ない? 誘拐されたり閉じ込められたり、変なゲームに参加させられたり――大体そんな感じ」
頭の中に景色が浮かぶ。薄暗いコンクリートに囲まれた密室。重厚な空気の漂う中、あたしたち四人はボロボロの格好で、モニター画面を見上げている。
記憶ではなく、勝手なイメージ。ホラー映画は見た事ない。ああいうのは…………苦手だ。
「閉じ込められたにしては広くないですか?」
「そう見えるだけとか?」
絲色はあたしを見る。
「見えてる遠くまで動いてみた?」
「寝てるのが二人もいたから」
薇を見る絲色。首が横にブンブンと振られる。
「じゃあ……試しに歩いてみる?」
というわけで、自己紹介の時間になった。
「二人は知ってると思うけど、先生もいるから、一応最初から――僕は絲色宴。誕生日は十一月。十六歳。男。……なんで僕だけ男なんだ?」
知らない、という顔を向けてやった。小さな飛沫と水音を立てて、あたしたちは空を進んでいく。方角がわからないから、どこへ向かってるかもわからないけど。
成り行きで決まった方へ。
「成績は中の上くらい」
絲色があたしを見る。
「…………墓終結空。誕生日は七月。十七歳。女。成績は……中の下」
「……ぜ、薇字名、です……。た、誕生日は……六月……で……じゅ、十七……歳です。お、女です……。せ、成績は……げ、下の中……くらい、で……です」
最後に、先生が。
「私は琴石九留見。誕生日は十月。二十二歳。女。大学四年生で、成績はまあ……良い方?」
…………。
…………。
……以上。
互いに、喋る事が無い。
波風立てないよう気を遣い合った結果みたいな、あまり快適ではない空気が生まれていた。
「まさか一生、このままってわけじゃないよね?」
辺りを見渡した先生の憂いは、尤もだった。
死んだら無限に空が続くだなんて、この場にいる誰も――この場にいない誰も、考えてはいない事だったろう。
未だ本当に死んだか、確証も持ててないし。
あたしたちは歩き続ける。
「夜になったら、綺麗に夜空が見えるかもね」
先生は笑顔を見せて言った。
「でも夕陽が見えないですね」
絲色の言う通り、空はずっと青空だった。
……。
……夕陽。
「あたし、夕陽は嫌い」
沈黙が続きそうな兆しに耐えかねて、あたしはそう呟いた。
あたしだけじゃないだろう。車が降ってきそうだし、通りすがりの鬼(?)がこっちを見るかもしれない。バスのドッキングに巻き込まれるかも。
――空と水の間で、一生無為に過ごさなきゃいけないよりはマシ?
元々、天気の好き嫌いはそれほど無い。バイトに行きにくくなるから、雨はあんまり好きじゃない、ってくらい。
そして、家に置いてきたママを思い出した。ママは無事だろうか。
《――お待たせ致しました》
――!?!?
虚空に声が響き、あたしたちは立ち止まった。
どこから聞こえたのかわからず、四人して辺りを見る。
青空の中――その空中に、小さな光が点った。
これまた既視感のある光。
あたしと薇字名は、顔を見合わせた。
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