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君へ


もうほとんど記憶にない小学生時代。

それでも確かにあった美しい色たち。

これは、いつまでも褪せないひとときの思い出をくれた君へ送る、僕からのささやかなプレゼント。




少し暖かくなり始めた季節。

あぁ、また始まる。

これほどまでに気の進まないイベントがあるだろうか。

まさか、たかだか四文字にここまで人生を壊されるとは驚きだ。

出席番号は一番。本当にめんどくさい。


僕の気持ちに反比例するかのように、今年の先生は気合い十分。

項目は適当に埋め、似顔絵も当たり障りのないものを描いた。

みんなも早く埋めてくれ。

書いてあることを言うだけとはいえ、毎度のこと心臓が高鳴ってうるさい。


そんな時、つまらなさそうにしている人を許さない君が、僕の似顔絵に無断でペコちゃんのような舌を書き足した。

イラつきを必死に隠す。

これが、君と僕のファーストコンタクト。

正直第一印象は最悪だった。

それでも、困った僕を見て笑った君の顔だけは忘れられない。




授業が始まった。

僕は小テストでも0点を叩き出してしまうほど出来が悪かった。

先生もお手上げ。僕に居場所はない。

学校にいる意味がわからなかった。


そんな頭の悪い僕を、初めて助けてくれたのは君。

その日以来、君が僕の居場所だった。

僕がいてもいい理由だった。


これが君からもらった最初のプレゼント。




運動会が近づいてきた。

一年に一度だけ来る、みんなが僕のことを見てくれる日。

僕は誰よりも速く走る。

この日だけはいつも先を行く君を追い抜ける気がした。


「かっこよかったよ。」

誰よりも早く僕の元に来て声をかけてくれた。

君の出る競技の招集がかかっているのに。


「ほんとすごいね。」

誰よりも大袈裟に喜んでくれた。

君と僕の速さにそこまでの差はないのに。


「敵わないな。」

自分の座席に戻り、僕は一人呟いた。




学芸会が近づいてきた。

君と僕は、場面は違えど同じ役。

何度か読み合わせをしたのを覚えている。

二人で場面の解釈をすり合わせた。

衣装も一緒に作った。

不器用な僕を、いつもフォローしてくれた。


あの頃は、なぜ僕を誘ってくれたのかがわからなかった。

初めはすごく恥ずかしくて、結局最後まで鬱陶しがっているふりをしていたけど、僕はあの時間が好きだった。


「なんでこの役選んだの?」

ある日君が聞いてきた。

「あの子にやれって言われてたし。」

僕は本心ではなく事実を話した。

「ふーん、そっか。」


僕には君がこの役を選んだ理由を聞く勇気がなかった。




みんなが我先にと箒の取り合いをする中。

誰もやりたがらない水拭き掃除をする。

正直手が埃まみれになるのは嫌だし、力のない僕は雑巾を絞るのも苦手。

一人文句を言いながら洗面所で汚い雑巾を洗っていた。


その時、またも君が来る。

「ほんと優しいよね。」

そんなんじゃない。みんなの下に敷かれることしかできないだけ。


君は力がなくても絞りやすいやり方を教えてくれた。

初めて触れた手、君の顔を見る余裕などなかった。

あの時、君はどんな顔をしていたのだろう。


「本当に優しいのは君だ。」

僕はまた一人呟いた。


自分でもダサいとは思うが、今だに何かを絞る時、あの日の情景が蘇る。

手も雑巾も真っ黒だったけど、色鮮やかで美しい記憶。




時が経ち、僕らは6年生になった。

君とは同じクラスだったけど、前のような関係性ではなかった。


図工の最後の作品作りで、自分の思い出の場所を描く課題が出た。

僕は広い割に誰もいなかった場所に座り、外から見た体育館を描いた。

それぐらいしか描くものがないので人がいないのも当然。


なのに、それでもやはり君はいた。

一度も会話をすることはなかったけど、君と二人きりになれるあの時間がなんだか懐かしくて、でも切なくて。

とにかく作品の完成が近づくのが嫌だった。


「今日が作品の最終提出日になります。」

先生が言った。

これが最後の時間。

そう思いながら、とっくに描き終わった作品に筆を走らせるふりをする。


僕はふと君の方を見た。

風に靡く髪と、その美しい横顔は、周りの風景を歪ませる。

本当に綺麗だった。

全てを消して、君の横顔を描きたくなるほどに。


もう一度、やり直したくなるほどに。


嫌いだったはずの心臓の高鳴りが、その日はなんだか心地よかった。




君がいたから、嫌いなことも好きになれた。

君がいたから、知るはずもなかったことを知れた。

君さえいれば、何も要らなかった。


君が好きだ。


そんな、今では互いに不要になったラブレターをここに綴る。


君はいつだって僕に歩み寄ってくれていたのに。


「遅くなってごめん。」

僕に勇気があれば、今の俺はいなかったのかもしれない。


誰にも気づいてもらえない一途に価値はない。


今日もまたネクタイを結んでもらい、重たいドアを開けた。

あぁ、八月の風が冷たい。

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hikaccha
これなんや