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短編小説 サンドイッチ 1753文字

恭一はきゅうりとハムとバターの挟まれたバゲットを一口齧ると空を仰いだ。
河の見える10階建てのマンションの自室のベランダで朝ごはんを食べているところだった。
バゲットはアルミホイルに包まれ、コンクリ製の床には缶コーヒーが置かれてある。
厚手の黒いベンチコートを羽織って三月の朝日と微風を浴びながら無心になる至福のひとときだ。



いつもと変わらない日々。
それでいい。
それがいい。




きっと。

筋雲がこちら側から遠くの方に向かって空を覆っていた。
濃いクレヨンで書き殴ったような青い空が向こうに乳白色の朝日を抱えている。




---本業の確定申告が終わったら、一度も作ったとがないサンドイッチを手作りしてみようかな---





恭一はふとそんなことを考えつき、目を閉じた。




そして近所のスーパーで買った出来合いのサンドイッチを食べ終わると、缶コーヒーをぐいと喉に流し込んだ。




恭一はそれから本業の不動産収入のことをこなし確定申告の書類を提出し終えた。
区役所の帰り道、聞き覚えのあるはしゃぎ声を聞いた。

バス通りを足早に自宅のマンションの方向へ向かって歩いている途中だった。

風と日差しの強い日だった。
3月の半ば。
卒業シーズンだ。




「恭一はさ、ちょうどいい踏み台だったよね」

よく見るとその声の主の女性は元恋人で、知らない男性を連れていた。
二人とも色は違うがトレンチコートを着ている。
美紘はベージュ、連れ合いの男はシングルの黒だった。

連れの男性が元恋人の腰に手を回しながら返事をした。
美紘の長い髪の毛が強風で羽ばたき、真横に流れていった。

「おい美紘、踏み台は言い過ぎだって 確かに不労収入一本に切り替えたなら美紘にとっては用無しだけどな」

「でしょ?いくら収入があるのか知らないけど親になんて紹介すればいいのよ たーくんのほうが将来有望よM&A勤務だもの」

「厄介払いも済んだことだし 指輪でも見に行くか ははは」

「本当に?!嬉しいわ もうあんな何も決められないウジウジした男なんて思い出したくもない さっさと買いに行きましょ あははは」

「あははは………」

「あははは………」




恭一は邪気のない笑い声の彼女がとても愛おしかった。

人の邪気は笑い声に集まるからだ。

だけど、恭一は思った。


「おれは美紘のことなんにも知らなかっただけなんだな」



そう呟くと楽しそうに笑う二人から目を逸らした。
自宅から歩いて約10分のスーパーマーケットへ向かうために。

「ピッ」

スーパーのレジで会計を済ませた恭一は、鼻歌を歌いながら帰路に着いた。

有料のポリエステルの買い物袋にはこの地域にしてはお安く買えた戦利品がたくさん詰まっている。
サンドイッチの具材だけでなく自炊する食糧まで買い込んだ。
普段あまり自炊はしないが、こういうものはノリだ。




十階建て---恭一が不動産収入を得ているマンション---の部屋に帰ると、
早速買い物で得た食材を広げた。

ちなみに美紘はこのマンションが彼のものだとは知らないまま別れている。
恭一の資産額も、なぜ恭一が本業だった会社員を辞めたのかも。
正しく言えば美紘が恭一に対してさして興味を持っておらず。
結婚に際して煮え切らない態度に煩わしさを感じていた頃に新しいパートナーが現れたということだった。
恭一は、長く続く上司からのパワハラに耐えきれずこれまでの投資と不動産収入を活かして生活をすることを決めた。
結婚も視野に入れてはいたが、生活の基盤が切り替わる時期に安易に約束するのは誠実ではないと思っていた。

恭一は、ビニール袋の中からきゅうりと固形のバターと薄切り型のハムを取り出した。

そして、買い物袋から飛び出るほど大きなバゲットをカッター形式のスライサーでカットし、

表面にバターをナイフで塗り、具をトッピングしていった。

緑色のきゅうりとスモークピンクのハムのコントラストがとても綺麗だった。

アルミホイルでそれらひとつ一つを包み、一緒に買ってきた缶コーヒーを持ち出し
バルコニーの椅子に座った。



外は日差しが眩しくて、風は穏やかになっていた。

バゲットを一口齧ると恭一は遠くを見た。
長く続く河のずっと向こう。



きっと、この世界にはおれの知らないサンドイッチがほかにもある。




そう思いながら手作りして頬張ったサンドイッチは、



チープだけれども

とても


おいしい

おいしい

サンドイッチ

だった。




END

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