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森羅万象 短編小説3681文字

「お前をみてると吐き気がする」

では
見なければ?と
咄嗟に思ったが先輩に向かってそれは言えないので永遠は口をつぐんだ。

栄業永遠、トワの先輩である早水はそれだけ言うと通路隔てたデスクへと戻っていった。
スーパーのチラシに載っていそうな背広を着た背中はあっという間に辺鄙な場所にある配置のデスクへと溶け込んでいった。

この総合商社で総務部で事務を担当している永遠は月末にあたり各部門の勤怠管理表をパソコンで入力していた。

「おい今トワお前よぉ窓際の先輩に吐き気するとかって言われて良く平気だったな」

「あれな 全ての憎しみの根源であるはずの俺に依存しちゃって馬鹿みたい。
俺なら全力で地球から存在を亡くすことを考えるね タケモトその棚の書類とってくれる」

「はいこれ 亡くすだって?怖いこと言うねお前も
でもたしかにトワを嫌いな割にしつこいというか…熱心?よな先輩も」

「だろ?嫌いなら関わらなきゃいいんだよ
全てを解決する魔法の呪文なんて存在しないのに俺にそれを求めてるって感じ
嫌いなのによ?
しつこくてさ いい加減窓際からいなくならないかなー」

「おい!こらそこの二人とも集中せんか 月末だぞ」

巡回してきた部長に軽くどやされると すみません と平たく謝って二人はデスクにそれぞれ向き直った。

パソコンでの入力作業が進んだ頃、通路に気配を感じたので振り返るとそこにはまた早水が紺のスーツ姿で立っていた。
スーツが新しいせいか、茶色の革靴がやけにくたびれて見える。

早水はまるでトドメを指すかのようにこういった。

「目障りだ。消えろ」

ーーーだからどっちがだよーーー

永遠はそう思うのだが、これも言い返せない。

センター分けにチャコールグレーのスーツを着たタケモトはこえーといい、

就業時間のチャイムがなると、課長は社員たちにこう言った。

「今日もご苦労。今日の飲み会に参加できるものは参加するように」

いつもはこういった集まりに理由をつけて参加しない永遠であったが、
猫撫で声で課長に手を挙げる早水を見て背広の後に後を追った。
タケモトは帰り支度をしている。

「お前参加すんの?俺は彼女とデートだしパス」

そう言うと足取り軽く去っていった。

永遠の勤務先の飲み会は最寄駅の個人経営のような平屋の居酒屋店で執り行われた。

同じ部署の有志のもの18人程が宴会場の広間に集まって飲み食いをすることになった。

「今日はやけに参加者が多いなぁ」

総務部部長はホクホクとした表情で参加者を見渡す。
早水に居酒屋のメニューでどれを頼んだらいいか割り振りを相談しているようだった。

早水は僕に任せてくださいよぉと部長のご機嫌を取る。
プラスチックでできた大きくてカラフルなメニューをあれこれと見ているようだった。

そんな早水を永遠は冷めた目で見ていると、永遠の前にアルコール度数40パーセントはあろうと思われるお酒が運ばれてきた。

最初の一杯くらいビールを注文しようと思っていた永遠は面くらい店員に説明しようかと思ったが勘が働いて早水の方に視線を向ける。

悪い予感は的中し、ニヤニヤと笑いながらこちらを見ている。

「ここで乾杯の前に栄業永遠さんの男気を皆さんに見てもらいましょう」

お前ふざけんなよと思ったがここでも先輩なのでそんなふうに言えない。

永遠は少し申しわけなさそうな表情を作って言った。

「先輩、令和の時代これは少し不味いやり方なのではないかと」

「何が令和の時代だよお前俺のいうこと聞けないっていうのかよ」

「…………」

「言うこときけないならいいぜ いいけどな?この空気どうすんだよ空気をよぉ」

参加者の社員は皆、永遠と早水を取り囲むようにして見守っていた。
最初の一杯のドリンクを飲むこともできずに誰もが固唾を飲んで見守っていた。
他の宴会場や個室から歓声が上がる。
四十代くらいの女性社員は不安気に口元に手を当ててこちらを伺っている。

「部長もいるんだしそれ飲んでカタをつけろカタを。
それで許してやるから」

早水の優越感たっぷりな醜い笑顔が眼前に迫る。
嫌なやつというのはなぜ十中八九醜い顔をしているのだろう。

「…………っ」

永遠は中ジョッキ一杯分のお酒を飲み干した後、お座敷から靴下のまま走っていったレストルームで嘔吐した。

「ゴホッゴホッ」

胃液まで吐き切ると

永遠は早水に対して明確な殺意を感じた。








『次のニュースです東京都〇〇市の総合商社の会社員早水幸人さんが首を絞めて殺害された事件について同じ職場で連絡が取れなくなっている男性職員二名について警視庁は慎重に行方を追っています』

「タケモト、俺さ殺すつもりはなかったんだよね
なのに殺しちゃったよ、人を」

「うーん匿って逃げ回っている俺も同罪ってやつ?
ここまできたら逃げ切るしかないのかなぁ」

「参ったな…あいつ…関わりたくなくて関わるつもりもなくて
俺の中から地球の上からあいつが消えてくれればそれで良かったのに」

「まーだそんなこと言ってる ちょっと震えてるぞ
この後どうする?さっきインターチェンジのしたでハイオク満タンに入れてきたけどもっと北上するのか?」

東北自動車道のインターチェンジから出て1時間ほど走った何もない広場に二人で車を停めた。

少し高台になっていてあたり一面住宅街しか見えない。歩いて行ける距離にに大型のスーパーマーケットとスーパー銭湯のようなものがあるとナビが示しており、その他は公園や住宅地一帯のようだった。

中古車屋で一括購入した5人乗りの走行距離

53,200km だというワゴン車はナビが付いていて車内も快適だった。
この車は足がつかないように二人でお金を出し合って買った。
尤も防犯カメラには購入する様子が写っていただろうから先は長くない。
永遠はそんなことを考えた。


二人はスーパー銭湯で素早く入浴し、スーパーマーケットで唾付き帽子をかぶって買い物をし車中泊の準備をした。
スーパー銭湯やその駐車場でも宿泊できないこともないが、念の為少し離れた場所で車中泊にすることにした。



「おいおい大丈夫かそんなに酒買い込んで
結構呑むなあ まあ車内に積んでおくこともできるけど」

「いーんだよ運転変わったらタケモトも飲めよ
というか今夜はもうゆっくりして呑もう」

永遠は東京から離れられた安堵感かスーパーマーケットの酒売り場でビールやハイボールなどを見て回った。
それだけならわかるのだが焼酎やウイスキーなどやけに度数の高いお酒まで買い込んでいたのがタケモトには気になった。
そして、店内の雰囲気というか視線のようなものや気配にも違和感を感じたがタケモトは永遠にはうまく言い出せず買い物を続けた。
食料や簡単な衣料品などを買い、レジで会計を済ませると少々年季の入ったワゴン車に戻った。
店内のドーム型の防犯カメラの数々には警視庁が全国で行方を追っている二人の姿が映っていた。



「頭から羽が生えてここから飛んでいきそう」



「飲み過ぎだってトワ
やっぱ止めれば良かったな酒弱いのに買すぎだって
もう何杯目だよ」

二人はワゴン車の窓を少し開け、車内でラジオをかけてくつろいでいた。
先ほどのように我々を報じるニュースを聞き逃さないためだ。
タケモトは席のリクライニングを倒している。
もう少し時間が経てば後部座席に移動だ。

ビールの度数は9パーセントで二本目だった。
ハイボールも二本目。




ーーーそうだ俺があいつの願いを叶えてあげたんだ
依存してきたからこの俺が存在を消してあげたんだ 俺に存在を委ねたのは向こうであったはずできっとそれは本望だったはずーーー




生々しい首筋の感触はもう両手に残っていないけど永遠はそう感じた。




もうあの会社の窓際に早水はいないのだ。
それは永遠の本望でもあった。
手をかけたのは非常に不本意であったが…。

永遠は焼酎をストレートで透明なプラスティックカップに注ぎ出した。




「この世界のすべてのものに感謝 乾杯」



「おい何が乾杯だよ もう俺は先に寝るからなおやすみ 窓閉めといてよ」

「おやすみ また明日」

タケモトが後部座席に移動し、シートが倒されベッド仕様になっているのを見届けると永遠はまた酒盛りを再開させた。

竹本の寝息が聞こえてくるまでの間、永遠は物思いに耽った。

会社に入ったばかりの頃のこと、初めての昇給、彼女との別れ、学生時代のこと、幼少期の頃のこと、田舎の両親のことなど。

透明なカップに透明な液体。
月明かりがフロントガラス越しに白く透かされていてとても幻影的だった。

永遠は酔っていて無数の盾やさすまたを持った警察官が気配を消してワゴン車の周囲を取り囲んでいることに気がついていない。

アルコール40パーセントのお酒は美味い。




早水は使い方を間違えただけだ。
酒も、全てを叶える魔法の呪文も。





永遠は酒に酔いしれながら心の声に耳を澄ませた。




森羅万象ありとあらゆる世界の美しい歌が聞こえる





繰り返される

憎しみ

争い

---その全てをこの一身に受け入れて---









そう全て この宇宙全てのもの







「強いて言うならばこれが魔法の呪文かな」







全てを解決する魔法の呪文
唱えてあげよう 叶えてあげよう
そして 愚かな あなたは わたしは 
生まれ変わっても また 汚される

END


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