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短編小説 gosai(仮 1709文字
「和葉だっておとこのくせして変な名前」
和葉は、みちばたに描いていたチョーク遊びをやめた。
そして、わざわざそのからかいの声の主をさがしてやった。
そしてからかう目の前の見知らぬ同い年くらいのこどもに堂々と問うた。
よく晴れた日で、季節は十月のなかば。
「こんにちは。じゃあどんなお名前がいいのかな。
きみはどんなお名前?一緒に遊ぶ?」
すると和葉の目の前の子どもは怯んでだじたじとした。
長袖のTシャツにカーゴパンツ、スニーカー姿の子ども。
どうやらうちの近所に住んでいるらしい。
変な絵!変な奴!と捨て台詞を残し近所の公園のある方向へ走り去ってしまった。
キッズ用のグローブとバットとボールを持参していたのでこれからすぐ近くの公園で野球でもやるのだろう。
和葉はいったい男らしさとは?と疑問におもったが自分の作業へ戻った。
目の前の描いたリンゴに陰影をつけはじめ、赤だけでなく青、茶色などさまざまな色をまぜて立体的に仕上げていく作業に入ったのだった。
道行く人々が、これをみて『りんごだ!』と驚いてくれるのが和葉にはとてもうれしくて、
幼稚園から帰ってきてから自宅の前でよくこの遊びをしている。
今日のように、いやなことをいわれることもあるけれど………。
和葉が戸建ての一軒家へ戻ると、母の庸子と父の拓海が今日もけんかをしていた。
戸建ては木造ではなかったので、大声を出してもよそに響かない。
ご近所から見たら、なんの変哲もない庭のついた一軒家だ。
玄関口に母が育てたゼラニウムの苗木が植えてあるプランターが並ぶ。
二人が和葉の気配に気が付くと、今までの激しい口調が嘘のようにがらりとかわる。
「おかえり和葉。今日もうまく描けたかい」
「今日もりんごを描いたの?りんごが好きなのね」
和葉の父、拓海は自営業で自宅にいることが多く、
和葉の母、庸子は専業主婦でまた自宅にいることがおおかった。
なにかとぶつかり合う事の多い二人だったが、その原因は幼い和葉には知る由もなかった。
そして、和葉は滑り止めのついた階段を素早くあがった。
自室のベッドによじのぼってあがる。
そのうえに置いてあるテディベアを抱きしめた。
和葉の身長の半分ほどあるそれは、ミルクティー色をしたフェルト調のそれだった。
コバルトブルー色のリボンが首に巻かれており、スモーキーベージュの洋服が着せられている。
和葉はテディベアにジョンという名前をつけた。
なんとなく、子供心に浮世離れしてきこえる外国人の名前がよかったのだ。
和葉はこのテディベアをまるで本物のきょうだいかのように可愛がった。
「ねぇジョン、お父さんとお母さんはべつべつに暮らすのかな?
ぼくはどうなってしまうのかな」
和葉は涙を一粒、ふかふかのクマのぬいぐるみにこぼした。
ジョンは柔らかなフェルト地にダークブラウンの貝ボタンのお目目をのせている。
その顔を和葉に向けたまま、
まったく何も答えないのだった。
その日、和葉は夢をみた。
ジョンと二人でミントグリーンの森の中を散歩するところだった。
森の中に対してコントラストの激しい 真っ赤なりんご
それらがたくさん入ったバスケットを二人でもち、
大木の丸太で出来たログハウスへ駆け込むと両親が共に笑っている。
夢の中のジョンはなぜか自由に二足歩行で歩くことができる。
ログハウスの扉をあけてくれたのも何故かジョン。
両親は、年輪がたくさん刻まれたおおきな丸太の切り株の上の横にいた。
同じ気素材の木材の椅子に腰かけているようだ。
そこで和気あいあいとふたりでお茶を飲んでいる。
一瞬たしかに、あたたかな湯気のカオリがした。
「和葉 おかえり」
ぬいぐるみのジョンと、ぼくと、ぼくのお父さんとお母さん。
幸福なあたたかな時間がいつまでもそこには存在していた。
この夢が覚めるまでは。
共に、永遠に仲良く暮らすのだ。
いつまでも、いつまでも、いっしょに、永遠に…………。
和葉がマットレスの上でまだ小さな身体を丸めながら涙する姿。
呼吸するたび、かぶさる布団が微かに上下した。
部屋には常夜灯がともっているが暗くひじょうに静かだ。
それを、歩くことの叶わないジョンがそっと静かに見守る。
真横でおすわりをしながら夜があけるまでじっと見守っていた。
つづく