27歳のわたしが出会ったハタチの君
27歳の冬にその人はなんの前触れもなく現れた。黒のワゴン車から出てきたその人は、ヒョウ柄のイヤーカフをつけていた。ヒョウ柄のイヤーカフ。それだけを鮮明に覚えている。
彼氏いない歴=年齢。
私の中の常識過ぎて、焦りも恥ずかしさもなかった。学生時代から付き合ったとか別れたとか、そんな話には縁がなく、たったひとりの人に出会うこと以外には興味がなかった。
彼と出会う少し前、私はやりたいことも目標なく、暗い海の底にいた。両親の離婚、自分自身のメンタルの不調に退職、努力ではどうにも解決できないようなあれこれに私の信じていたものはあっけなく崩れた。それまでの価値観が覆され、まさにゼロになったような感覚だった。
そんなとき、動けない体と疲れ切った心をなんとか奮い立たせて、なにかしなければと始めたのが、地元のイタリアンレストランでのアルバイトだった。
彼はそこで私より数ヶ月早く仕事を始めていた。妙にフランクで、でも時にクールな彼はなんとなく掴みどころがない人だったけれど、特に気に留めてはいなかった。
自己紹介で同い年ということがわかり、多少の親近感はあったけれど、職場の同僚で少し先輩というほかは特に印象がなかった。キュンもビビッともなかった。
イタリアンレストランのホールの仕事は、元々接客業が好きだった私に元気を与えてくれた。週末は目が回りそうなほど忙しかったけれど、お客さんとの何気ない会話や、お店にやってくる可愛いワンちゃんたちに癒された。
それに一緒に働く仲間たちは優しく温かかった。レストランはイベントごとこそ忙しい。年末年始もクリスマスもGWも、てんてこ舞いになりながら一緒に乗り越えて、お店をcloseしてから小さなパーティーを楽しんだ。コーヒーの入れ方やスイーツの盛り方、食事のサーブの仕方を学びながら、私はめっきり使わなくなっていたイタリア語を、イタリア人シェフとのお喋りを通して学んだ。シェフが作ってくれるまかないは最高に美味しくって、食べることが大好きな私は、まかないを食べながらいつも「ここで働けてよかった」と思っていた。
1年2ヶ月の短い時間に楽しいことも大変なこともぎゅっと詰め込んだその職場で、彼との出会いは1番のサプライズだった。私が働き始めてから1ヶ月後、職場のグループLINEに彼がスーツを着た写真が送られてきた。そこにみんなからの「成人おめでとう!」というコメント。
彼は同い年の27歳ではなく、ハタチだったのだ。なんで嘘つかれた?からかわれた?!
大人っぽく見える彼に「同い年ですね!!嬉しい!!!」と言って、友だちになれるかもと期待した自分を思い出して恥ずかしかった。
2人ともフリーターだったから、私たちはほぼ毎日一緒に働いた。
時々一緒にまかないを食べて、少しずつお互いのことを話した。彼はその頃音楽をやっていて、いつかNYに行ってみたいとか、早く一人暮らしがしたいとか、なぜかスズメが好きな理由とかを話してくれた。
私も家族のことや前の仕事のことや、将来カフェを開くのもいいなぁなんて、漠然とした夢を話したりした。
家を一歩出ると外行きモードがONになってしまう私が、あんなに心を開いて自然体でいたのは、今思えば不思議な気がする。
そんなふうに毎日を過ごして、私たちはごく自然に一緒にいることを選んだ。初めて会った日、友だちになれるかもと思った彼は、なぜか恋人になった。
年の差や育った環境の違いはあれど、私たちはコアなところが似ていると思う。のんびり屋で繊細で、でも時に大胆で、好きなことと嫌いなことが似ている。そうゆうことを共有できるから、自然と心を委ねる事ができるのかもしれない。家族や親友とは違う、私のもう一つの居場所がいつも近くにあって心地良い。もらうばかりじゃなくて、たくさん返したいと思える相手だ。
どん底だった私に舞い降りたサプライズプレゼント。私たちはできるだけ長く大切に一緒にいたいと思う。