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数字で簡単にわかるニッポンの少子化問題

本記事は、日本の少子化の現状を「数値に基づいて」より少しでも多くの人に知ってもらうことを目的に、少子化を専門とする人口学者を含む3名のメンバーの共著で書かれています。

記事の一部をまとめた内容。この記事ではこういったことが学べます。

はじめに

2023年の12月、 政府は「こども未来戦略」で少子化対策の強化を打ち出しました。岸田首相は2030年(代)までを「少子化対策のラストチャンス」として、対策が議論されています。

ニュースやメディアで、日本は深刻な少子化社会だという情報に触れることがだいぶ増えてきたかと思います。少子化が起こっている、少子化はヤバいという認識自体は、多くの人の中で広まっているとは思うのですが、その実態はどの程度正しくされているでしょうか。

なぜこんなに少子化(低出生率)になっているのか?少子化はそもそも問題なものなのか? 政府に対策を任せておけば大丈夫なのか。

この記事は、日本の少子化の現状の一端を、「シンプルな数字」を使いながらなるべくわかりやすくまたできるだけ網羅的に、より多くの方に理解してもらえるように書いたものです。また、網羅性は意識しつつも、少子化については関連する情報の範囲が非常に膨大になるので、ある程度範囲を絞って適切な情報量になるように調整をしています。

政府公式を始めとして、まとめられた資料や文献は既に数多く世の中に存在する中で、このような記事を敢えて独自に書いたのは、「少子化」という全国民に関わる問題が果たしてどれくらいの人に正しく認識されているのかということに疑問を持ったからです。そういった文献は、より広くの市井の人々が読むにはやや難解に思えるものが多いのではないか。

そこで、既に存在する政府の多くの資料と、メンバーの一人である少子化の研究者(茂木)が持つ論文等の知識を統合しつつ、ある程度情報がまとまっており、かつ読み口も堅すぎない少子化に関する現状理解のまとめ版を作り、なるべく多くの人に読んでもらえれば、という想いを込めて、筆を執りました。

少しでも多くの人が少子化問題について知り、考えるちょっとしたきっかけになりましたら、著者たちにとっては望外の歓びです。また、そのような狙いから執筆されたものになりますので、ご賛同いただける方、多少でも参考になったよという方は、ぜひSNSでの拡散などにご協力いただけましたら大変に嬉しく思います。

本記事は、南デンマーク大学で少子化を専門に研究を行う茂木良平、民間企業を経て政府で働く樫田光、民間企業でデータ分析を専門とする木村剛継によって共同で書かれております。なお本記事の内容や主張(と言ってもなるべく客観的に書いた記事であり主観的な主張などは最低限に留めておりますが)は、各人の所属する団体とは独立であり、個人としての活動となります。

0 / 忙しい人のためのまとめ

なるべくわかりやすく、読みやすいものを目指したのですが、書き終えてみると、少子化に関する各種の事実(数値)をそれなりに網羅的にまとめたため、2万字あまりと少しばかり分量が多くなってしまいました。
ですので、内容のエッセンスをまとめたものをまずお示ししておきます。すべての文章を読む時間の無い方は、次のような読み方をお勧めします。

  • まずこの章「サマリ版」を読む

  • 第6章を読む

  • — 最低限はこれで十分の壁 —

  • 下の「目次」から特に気になるところだけつまみ読みする

  • 余力があればアタマから通しで読む

  • — 更に気になった人の壁 —

  • 興味が湧いた方は、書籍 人口戦略法案 を読む(少子化の理解に本格的に興味がある方は、この記事よりも遥かに詳しく網羅的で非常に勉強になります)

ということで、この記事の「サマリ版」になります。こちらをざっと眺めていただければ記事で伝えたいことの概要は理解いただけるようになっています(数値の正確な定義などは記事の各章をご参照願います)。

サマリ(1 / 3)
サマリ(2 / 3)
サマリ(3 / 3)

また、そのうえで、特に気になる情報があれば、下の「目次」から記事の当該部分に飛んでつまみ食いしていただければと思います。(目次を読むだけでもある程度主張が伝わるように、各章のタイトルをつけているつもりですので、上での図表との対応もわかるはず…そうなっていなかったらすみません。)

全て通しで読むのは少し時間がかかりますので、noteの「スキ」やSNSでのシェアなどをしておいて頂けると、後で読むことができますし、筆者も喜びます。



ではここから、目次の内容に沿ってキーとなる数値を参照しながら日本の少子化の現状を詳しく見ていきましょう。

1 / 少子化に関する重要指標 ー 合計特殊出生率

合計特殊出生率の概念

まず、少子化を理解する上で、最も重要な指標をひとつだけ挙げるとするならそれは「合計特殊出生率」といえます(以下、単純に出生率と表記します)。

出生率は、メディア等では「女性1名が平均で15~49歳の間に出産する子どもの数を表す数字」と定義されていることが多いです。厳密な定義はやや異なるものの、ひとまずその捉え方で良いかと思います。もし、合計特殊出生率の正確な定義が知りたい方は、こちらの記事を参照してください。

一つこの定義で重要な点は、結婚した人のみでなく、未婚の人も含んでいる値です。つまり、出生率の変化は結婚した人が産む子ども数の変化のみを表しているわけではありません。

さて、次に出生率についてキーとなる4つの数値を見てみましょう。まずこれらの数値について理解することが、少子化の現状をざっくり理解する上での第一歩となります。

出生率で覚えておきたい4つの数字


「2.07」= 人口維持に求められる数値

人口が「増えもせず減りもしない」で維持される出生率のレベルを人口置換水準と言います。この数値が現状の日本では「2.07」となっています。なぜ2.07なのか、簡単に解説してみます。

まず、1人の女性が生涯で平均1人の女性を産めば、理論的には長期で人口は変わらずに推移していくことになります。ゆえに出産における男女の確率が50%であることを考えると、1人の女性が生涯で平均2人の子どもを出生することが求められることになりますが、人間である以上15~49歳の女性には当然ながら一定の率で死亡が発生します。
また生まれてきた子どもも次の世代を産む前に亡くなる可能性もあります。

ゆえに、必要な水準はぴったり2.0よりはもう少し上になり、日本の死亡確率を加味して計算すると約2.07となります。

人口置換水準について

1975年に出生率が人口置換水準を下回り、それ以降約50年間にわたって少子化社会となっているというのが実態ですが、少子化は日本だけの問題ではなく、実は先進国の多くで起きています。世界の約半分の人は、出生率が人口置換水準を下回る国に暮らしています。東アジア・東南アジアの出生率は1.5とヨーロッパ・北米と同じく世界全体で最低の水準となっています。

「2.14」= 50年前の実績

1973年の合計特殊出生率です。当時はいわゆる第二次ベビーブーム期で、国中が出産に湧いた時期でした。想像自体はできると思いますが、日本にも出生率が2.0を余裕で超える時期があったわけです(より遡ると4を超えていました)。しかしながら、戦後日本の出生率は大きく下がり続けてきています。


「1.26」 = 現状

2022年の日本の合計特殊出生率の数値です。これは日本の過去最低の水準(2005年も1.26)で、世界的に見ても超低出生国と分類されています。


「1.80」= 政府目標値

日本政府が掲げていた目標値です。2015年に政府が「希望出生率」として掲げた目標値で、目標値を定めたのは戦後初の取り組みとなりました。しかし、今回の「次元の異なる少子化対策」ではこの目標値は用いられておらず、目標値の設定は見られませんでした。
なお、希望出生率の算出方法は、以下の図の通り。 こちらは実績の出生の数値ではなく、夫婦に聞いた意識調査を元にした算定数値を指していることに注意してください。

出典:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD246O50U3A320C2000000/


2 / 出生率変化の要因を考える

なぜ出生率がこんなにも低くなっている(下がってしまった)のか? まず最初に、日本における出生率の変化がどういった要因で起きているかを、少し分解した形で理解してみましょう。

日本における出生率は、次のように因数分解して考えることができます。

出生率の構成要素の分解


「結婚行動」とは、そもそも結婚をするかどうかや、結婚をする年齢といったファクターであり、一方で「出産行動」は結婚をした夫婦の出産に関する行動を指します。具体的には、子どもを持つかどうか、や何人の子どもをもうけるかといった話と理解してもらえるとわかりやすいかと思います。

なお、日本は結婚せずに子どもを産むこと(婚外子)が極めて少ないので、このような分解の仕方がほぼ成り立つといえます。婚外出生率が高い国では結婚と出産が必ずしも対応していないため、この分解が成立するのは日本の婚姻慣習を前提としているものとなります。

それでは、この因数分解に関する重要な数値をいくつか見てみましょう。


少子化の要因の約70%が「結婚行動の変化」

まず、上のように分解した中で「結局少子化の要因として何が最も大きいのだろう?」ということが気になるかと思います。これについては、いくつかの研究が行われており、そのうちの一つから数値を引用すると「出生率減少の約70%が結婚行動の変化」によって起こっている(出産の行動の変化ではなく)とされています。
出典:https://www.ipss.go.jp/syoushika/bunken/data/pdf/16749503.pdf
*この論文以外にも類似の結論が得られている研究はいくつか存在する。


2002年に発表された上記の研究では、1970年から2000年にかけての出生率の低下は、約70%が初婚行動の変化、約30%が夫婦の出生行動の変化で説明できるとされています。

敢えて単純化していうと「結婚行動の変化が少子化の主要因」であるということになります(さらに論文では、70%のうち56%が未婚者の増加によるもの、14%が平均の結婚時期の遅くなったことによるものであると指摘しています)。

これは、もしかしたら多くの読者の認識と異なる可能性もあるかな、と思います。 世間一般で「少子化対策」と訊くと、例えば「子育て世代をどう支援するか」「どう子育てしやすい社会を形成するか」といった対策がイメージされる事が多いのではないかと思います。
このことから、(既に結婚はしている子育て世帯たちが)「子育てに苦労してしまうこと」が少子化の大きな原因だと思っている人も多いのではないかと推察します。5章で詳しく説明しますが、実際これまでの少子化対策は子育て支援に集中しているため、こうした考えになるのも無理はないと思います。

しかし、少子化の大きな要因は、子育て”以前”の「結婚(婚姻)」に関する変化というのが事実なのです。

結婚行動の変化とはなにか

では具体的に「結婚行動が変化している」とは何を指しているのでしょうか。 簡単に言うと、国全体で、

  • 未婚の女性が増えている

  • そして晩婚化している

ということが言えます。これらの変化は当然、出産に対して大きな影響を及ぼすことになります。そして、平均的にひとりの女性が生む子どもの数(=要は出生率)を減らす要因となっています。

いくつか、キーとなる事実について数値でみてみましょう。

ここでは女性についての統計を中心に解説をします。当然、女性だけに限らず男性の未婚率等も大きく変化しています。しかし少子化という意味では出産が可能な性である女性についての統計を見ることがより重要なので、ここでは女性についての統計を中心に解説をします。

なお数値は記載がない限りは少子化対策白書に記載されている統計を引用しています。(出典:少子化対策白書

婚姻件数の減少 100万件 → 50万件

まず社会全体から「婚姻」というイベントが実は大きく減っている実態があります。1970年代は年間の婚姻の件数が100万程度ありましたが、2020年代ではその半減となる年間50万件台となっています。

余談ですが、こちらの県別の婚姻数の時系列変化を動的にビジュアル化したものが面白かったので、興味がある方はご参考ください。

未婚率の上昇 10% → 35%

これは、30~34歳の女性のうち「未婚である女性の割合」の数値です(1970年 → 2020年)。

1970年ではこの世代の女性のうち未婚であるのは1/10でしたが、現代では1/3が未婚になっているということになり、この国の結婚に対する意識・行動が大きく変わっていることが伺えます。

日本社会では婚外子(結婚せずに生まれる子ども)として生まれるケースは限定的であるため、結婚をする人が減れば自然と出生率は下がることになります。

初婚年齢の上昇 24.7歳 → 29.4歳

女性の初婚年齢の「平均値」の数値です(1975年 → 2020年)。ここ40年ほどで、初婚の年齢が5歳近く遅くなっていることがわかります。

多少地域差はありますが、東京の30.4歳を最大値に、県ごとに見ても28.5~30.4歳の間に収まっており、日本全体で初婚の年齢の平均値は30歳に近付いていると言えるでしょう。
出典:政府統計 e-stats


このように、ここ40年ほどで日本全体として未婚率・晩婚化が進んでいます。前述の通り、未婚率が増えると出生が減ることは言うまでもありません。 また、晩婚については、理論的には「晩婚であること」自体が出生率の低下に確実につながるわけではありません。結婚年齢が後ろ倒しになったとしても、その後の出産行動がこれまでと変わらなければ、出生率への影響は特に発生しないはずです。

しかし、実際には、晩婚化がその後の出産行動の変化要因になるという連鎖が起きています。
こちらの統計(59p)では、初婚年齢と結婚後に産む子どもの数に、強い関係があることが示唆されています

初婚時期とその後もうける子どもの数には強い相関関係がある


25歳以前に結婚した女性の平均の子ども数は2.1人ですが、初婚が35歳を超えている場合には平均子ども数は1.0人と、大きく差があることがわかります。

これは晩婚が、高齢出産の回避や、母体の高齢化によって妊孕率(4章参照)が低下するなどの課題から、子を持たない無子家庭の増加や、家庭あたりの出生数の減少などを引き起こしているからと考えられます。
では次に、ここ40年ほどでの「出産行動」の変化について見てみましょう。

結婚しているが子どもがいない 3.5% → 9.9%

結婚している女性のうち、子どもを持っていない人の割合です(1977年→2021年)。

国立社会保障・人口問題研究所が5年ごとに行っている下記調査によると、この40年でおよそ3倍程度に増えており、結婚しても子どもがいない夫婦が約1割にまで増えていることがわかります。

出典:https://www.ipss.go.jp/ps-doukou/j/doukou16/JNFS16_Report04.pdf *45~49歳時点の年齢の女性について統計であるため、「結婚間もないからまだ子どもがいない」といった話では無いことに注意。

このうち、何割の女性が「能動的に(希望して)」無子になっているかは判断が難しいのですが、他先進国の研究によると、70~90%程度が意図しない無子であると報告されています。そのため、本来は子どもを持ちたいと希望していたが、何らかの障壁により持てなかった人が増えていると考えられるのです。

初出産年齢の上昇 25.7歳 → 30.7歳

第1子出産の平均年齢の数値です(1975年 → 2020年)。ここ40年で、第一子を生むタイミングは5年ほど遅くなっている、つまり「晩産化」が進んでいることになります。

1975年は初婚が今よりも大幅に早かったことも有り、第1子出産の平均年齢は25.7歳と、2020年よりも5歳分も早かったことになります。現代では、感覚的にも20代中盤で第一子を産んでいる家庭は、世間的には「子どもを持つの、早いね」という印象を持たれるかもしれませんが、それは統計的にも辻褄が合うところかと思われます。

単に第一子の出生が数年遅れただけであれば、出生率への影響は数年遅れで元に戻るはずです。しかし、実際には晩産になったことで、次に見るように、夫婦あたりの子どもの数は減っている実態があります。

夫婦の平均子ども数 2.19人→ 1.90人

夫婦の平均子ども数は1977年の2.19人から2021年には1.90人と微減となっていることがわかります。

出典:https://www.ipss.go.jp/ps-doukou/j/doukou16/JNFS16_Report04.pdf

  • 夫婦の平均子ども数は完結出生児数(結婚持続期間が15~19年の初婚どうしの夫婦の平均出生子ども数)を用いており、そのため、限られた夫婦の値を示していることには注意。

微減傾向ではあるが、他の指標と比べるとこの40年における変化は限定的といえる方であり、「結婚した夫婦の平均子ども数」はドラスティックには変化していないと言ってもいいかもしれません。

地域:全国の30% — 東京と少子化

ここまでで見てきた、少子化に関わる重要な数値、例えば結婚・出産行動における年齢の変化(晩婚化/晩産化)には社会的・政策的・経済的に様々な要因が重なり合って起こっています。

それらの要因は非常に多様ですが、一つの大きな社会的な変化として面白いのは「東京一極集中」という地理的な人口の変化かもしれません。統計によると、再生産年齢において重要な年齢帯と考えられる20-30歳の女性については、人口のうち433万人=同世代女性全体の30%が東京に居住しているといいます。(出典:「人口戦略法案」 331p)そして、東京は有配偶者率や初婚年齢、無子率、夫婦あたりの子ども数といった、少子化に関わる指標において(少子化が歓迎すべきものではないという前提に立つのであれば)残念ながら最も劣等生と言える地域になっています。

東京がこれら婚姻・出産関連の指標において奮わない土地である理由についての深掘り分析はここでは避けますが、日本と東京の事情が多少なりともイメージがある読者からすれば、想像するだけでも納得できる部分は多分にあるのではないかと思えるのです。

3 / 結婚にまつわる行動の変化

ここまでで、

  • 出生率が「結婚行動」と「出産行動」に分かれること

  • 少子化の要因としては結婚行動の変化によるところが大きいこと

  • 結婚行動については、ここ40年で晩婚化・非婚化が進んでいること

について、実際の数値を見てきました。
それでは次に、なぜ結婚行動の変化が生じたかを考えていきます。 特に「婚姻」というイベントが減少するに至った理由を掘り下げていきます。 (婚姻と結婚は、「婚姻」は民法上の正確な用語であり、「結婚」はそれよりも広い概念を指すこともできる用語という違いはありますが、ここでは実質的には同じ思っていただいて大丈夫です)

未婚者の「結婚願望」 94% → 84%

これは、18~34歳の未婚女性のうち「いつかは結婚するつもりがある」人の割合です。 (1982年 → 2021年)
出典:https://www.ipss.go.jp/ps-doukou/j/doukou16/JNFS16_Report03.pdf

1980年代と現代とで比較すると、数値は10%ポイント減少していますが、依然として高い値を維持しています。多くの未婚者の結婚願望が極端に低下したり、結婚について後ろ向きに考えたりしているわけではなさそうです。
それでは、結婚願望がある未婚者が結婚していない理由は何でしょうか。

交際相手がいない割合 76% → 72%

これは、18~34歳の未婚女性のうち、交際相手がいない人の割合の変化です(1982年 → 2021年)。約40年間でそれほど変化しておらず、未婚者の7割以上は交際相手がいない現状がわかります。
つまり、結婚願望はある(84%が結婚を希望)ものの、将来の結婚候補となる交際相手がいない人がほとんど、ということを表しています。ただ、この現状はここ40年ほどで大きな変化がないことから、現在の未婚者が昔の未婚者に比べてより交際しなくなっているわけではなさそうです。

所得による既婚率の違い 9% vs 27%

所得による結婚の傾向(30~39男性での統計)を見てみると「年収300万未満」の既婚率が9%に対して、 「年収300~400万」の男性の既婚率が27%と大きな差になります。

つまり、年収が低い層の男性の既婚率が顕著に低いことがわかり、収入が結婚に及ぼす影響が一定以上ありそうなことが伺えます。

要因はいくつか想像しえますが、例えば所得が低い層ほど交際相手がいない可能性が高いという傾向が研究から示唆されています。また、交際相手がいる場合でも、収入が十分でない状態で結婚による生活やその先の子育てまでを考えると、どうしても結婚に踏み切れないという心理がありえそうなことは、十分に考え得るかもしません。

ちなみに下記の資料によると、25~34歳未婚男性の年収分布が示されています(102p)
出典:https://www.ipss.go.jp/ps-doukou/j/doukou16/JNFS16_Report05.pdf

独身男性の半分程度が、年収が300万以下の層に属しており、またわずかですがこの年収分布はこの10年で上方側に寄っているのがわかります。


雇用形態別の既婚率 22% vs 59%

また、こちらは、「非正規雇用社員」(22%) と「正規用社員」(59%)を比べたときの既婚率の差になります(30~34歳男性)。

こちらにも年収と同じく、雇用形態が既婚率に大きく影響を及ぼしていることがわかります。雇用形態を考えると、先の見通しが立ちづらくまた年収も上がりづらいなどの要因で、結婚をしづらいという現実が一定この数値に表れているという想像ができます。

このように「所得や雇用形態が不安定だと結婚に踏み切りづらい」という直感が客観的なデータでも一定確認できることが分かります。実際、若年層の非正規雇用での労働者は増加しており、結婚願望があっても結婚しづらくなっている可能性が示唆されます。

しかし、結婚を阻害する要因の全てがこのような「所得・雇用形態の不安定さ」だけで説明できるのでしょうか。次に一つ興味深い指標を見てみたいと思います。

見合い・職縁きっかけの結婚の減少 30% → 5%

こちらは、初婚の夫婦のうち、お見合いがきっかけで結婚した比率になります(1975~1979年 → 2005~2009年)。

40年前は見合いや職場での引き合いと言った、いまとなってはやや懐かしい言葉とも感じられるようになってしまった出会いの契機が結婚の30%を締めていたこと、そしてそういった形での交際・結婚の機会が大きく減ったことがわかります

親族や会社の上司などが仲介役となって成立する結婚が大きな割合を占めていたのに対して、現代は逆に自由恋愛が大勢を占めています。これは社会全体における、文化的に大きな変化と言えるかもしれません。

研究(岩澤・三田(2005))によると、少子化になった1970代以降の初婚率の低下の約半分は「見合い結婚」の減少によって、そして約4割が「職縁結婚」の減少によって説明できる、との分析結果が出ています。
出典:https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2005/01/pdf/016-028.pdf

結婚する人が減ったのは、お見合いと職縁結婚という機会(文化)が、社会から消滅したことが大きな要因ということです。

結婚に対する価値観の変化

また別の興味深いデータを紹介したいと思います。「未婚者が独身のままでいる理由」を5年毎に定点観測した調査したもので、独身者の結婚をしない理由の内訳とその変化を読み解けるものです。

出典:https://www.ipss.go.jp/site-ad/index_japanese/shussho-index.html

まず、時間が経つごとに数値として増えているのは「仕事に打ち込みたい」「結婚資金が足りない」というキャリアと経済に関する課題となっています。ここにはキャリア観や雇用環境などについての関する社会的な変化が反映されているように思えます。

一方で、「必要性を感じない」「自由さを失いたくない」といった結婚に対する緊急度が高くないという観点に関しての課題は30年前と大きく変わっていないことが分かります。

もし、このデータのひとつの解釈を仮説的に考えるのであれば、社会での結婚に対する価値観が変わりゆく中で、「ライフスタイルを変えてまで急いで結婚する必要はない」といった選択をする人が増えている、ということなのかもしれません。また、前節でみたように、見合いや職縁結婚といった結婚を外部から強く喚起する社会的な仕組みが弱くなってきていると社会背景もこうした傾向に拍車をかけていると想像することができそうです。

今回確認したのはあくまで一つの切り口ですが、「婚姻」というイベントが減少した要因を考えるに当たって、経済環境だけでなく、結婚にまつわる文化背景や社会全体の価値観の変化も大きなファクターでありえるということが、有力な仮説として伺えます。

4 / 出産行動の変化に影響を及ぼす要因

ここまでで、「結婚に至らない人が増えている」という事実に関する数値を見てきましたが、ここからは「結婚後の出産行動」について、見てみましょう。結婚後の出産行動の変化は、日本の少子化への大きな要因とはなっていません。

しかし、日本の少子化の現状を理解する上で欠かせない数値です。
結婚後に、夫婦が持つ子どもの数に影響している要因として、ここでは4つの要因を取り上げて解説してみようと思います。

理想子ども数の減少 2.61人→2.25人

まず、そもそも夫婦が子どもを何人くらい「欲しいと希望している」のでしょうか(理想子ども数)?
既出の出生動向基本調査によると、理想子ども数の平均値は2.61人→2.25人(1977年→2021年)と、微減していることがわかります。理想子ども数の構成割合で見ると、変化がより明らかで、理想子ども数を3人以上とする割合は50.4%→33.8%(1977年→2021年)と大きく割合を減らし、3人以上の子どもを望む夫婦が少なくなっています。

出典:https://www.ipss.go.jp/ps-doukou/j/doukou16/JNFS16_Report04.pdf(69p)


育児負担感が第二子出生を阻害 100→75

厚生労働省による21世紀出生児縦断調査と21世紀青年者縦断調査によると、母親が育児(第一子の子育て)に対して負担を感じている(負担感がある)ほど、第二子を持ちにくいという結果が出ています。

そして、「夫の育児頻度が少ないほど、第二子を持ちにくい」こともわかっており、また、反対に就業している母親の場合、親との同居や保育所の利用可能性があると第二子を持つ確率が高いです。つまり、母親だけに育児や家事の負担が偏らず、父親やそれ以外のリソースに頼れることが第二子・三子を持つのに重要になってくると言えるでしょう。

しかし、日本の現状は厳しいものとなっています。
日本経済新聞社が20~60代の男女1,000人に実施したアンケート調査によると、夫と妻の子育て環境が不平等だと思う割合は56.1%と過半数以上にのぼりました。不平等と感じているのは、特に女性に多く、中でも20~40代女性のうち6~7割が不平等と感じていたという結果となっています。
こうした不平等は感覚だけでなく、実際、父親と母親が一日のどれだけを育児・介護・家事・買い物(家事関連時間)費やしているか、からも明らかになっています。

子どもがいる夫婦共働き世帯のうち、家事関連時間(平均)は

  • 父親:1時間1分

  • 母親:5時間

と、顕著な違いが現れています。一方で、仕事に費やす時間は、

  • 父親:7時間12分

  • 母親:4時間

となっており、労働時間と家事関連時間に大きな男女差がみられます。これには、労働時間の長さ(+付き合いでの飲み会や通勤時間)がプライベートを圧迫していることも関係があるかもしれません。

ジェンダー平等が進んできてはいるとはいえ、こうした労働慣習はまだ男性に偏っていることも多く、母親が家事関連時間に父親の5倍も費やしているのは、日本の労働慣習を踏まえた夫婦間の戦略(妥協?)とも解釈できるかもしれません。

こうした母親に重くのしかかる家事や育児への負担は第二子以降の子どもを持つことに良くない影響を持っていると考えられるでしょう。

育休取得の差
すでにご存知の方も多いかもしれませんが、育児休業取得率にも大きな男女差があります。厚生労働省「雇用均等基本調査」の事業所調査によると、2021年に育休を取った女性は85%に対し、男性は14%と大きな差がみられます。

育休を取得した人のうち、取得期間も顕著な男女差があり、

  • 女性は12~18ヶ月未満が34.0%、10~12ヶ月未満が30.0%、18~24ヶ月が11.1%

  • 男性は5日~2週間未満が26.5%、5日未満が25.0%、1ヶ月~3ヶ月未満が24.5%

つまり、女性は出産直後から夫の家事や育児へのサポートを十分に得られないまま育児をスタートしなくてはならない状況です。

あまり知られていないかもしれませんが、日本の育休制度は、父親も母親も子どもが一歳になるまで育休を取得できるなど、ジェンダー平等がより進んでいる北欧よりも優れている点が実は多いのです。これまでの政府の少子化対策には主に批判が多かったですが、こと育休に関してはとても良い制度が整えられています。こうした整った制度を利用できないのは、会社や労働慣習に問題があるといえるでしょう。

経済要素を理由に挙げる人 53%

先の日経による調査によると、子どもが減っている理由として「家計に余裕がない」からではないかと考えている人が最多となっていました。
また出生動向基本調査において、夫婦が理想の子ども数をもたない理由として、「子育てや教育にお金がかかりすぎるから」を挙げる人が過半数以上の53%と他の選択肢の中で最も多い結果となっています。特に35歳未満の妻では、この理由を挙げる割合が77.8%とさらに高くなっていることがわかります。

他先進国を対象にした研究によると、確かに経済的に豊かな夫婦の方が第二子やそれ以上の出生確率が高いことがわかっています。

ただし、この経済的な理由をどう解釈するかは難しいかもしれません。経済的な理由と言っても、日々のやりくりが経済的に厳しく、子どもを持てない、あるいはもう一人は持てない、という場合もあれば、習い事や塾など自分が期待する投資を子どもにできそうにない、という場合もあるでしょう。
有効な政策を打ち出すためには、経済的理由の具体的な意味を知ることは必要かもしれません。

妊孕力

あまり聞きなれない言葉かもしれませんが、にんようりょくと読み、妊娠する身体的な力のことを意味します。こうした定義に、ちょっとぎょっとされたり抵抗感を示される方もいらっしゃるかもしれませんが、学術用語のみでなく、産婦人科等医学界でも広く使われている用語です。また当然ですが、妊娠するためには精子も必要であるため、男性にもこの妊孕力は関係しています。
女性の妊孕力は35歳以降、減少し出し、45歳には半分以上の人が不妊になると推計されています。そして50歳あたりで訪れる閉経で、妊孕力は0になります。この推計値は、あくまで妊娠する力の推計値で、その後の出産を考慮していません。
また、近年日本でも広く認知されてきた不妊治療もこの妊孕力は超えられません。そのため、第二章でデータを確認した通り、結婚する年齢が遅くなったり、第一子を授かる年齢が遅くなったりすることで、身体的な問題が障壁となり、希望する子ども数が持てない方が増えてしまうことになります。

5 / 日本の少子化対策(政府)

ここまでで、日本の出生率の低下( ≒ 少子化)の要因について細かく見てきました。 この状況について国はどのように考えているのでしょうか?
当然ながら、政府も少子化の問題については国家の重大事と捉え、関連する法案の制定や、対策のための大綱の発令(閣議決定)、少子化白書のような調査研究などを継続的に行っています。
参考:少子化対策の歩み(内閣府)
政府による少子化対策の全貌を掴むのは容易では有りませんが、どのようなアジェンダが今取り沙汰されているのか、といったことや、方針の骨子などについて知りたければ子ども未来戦略会議の議事録や提示資料を読むのが良いかもしれません。しかし、残念ながら政府の資料はお世辞にも読みやすいと思えるものではありませんし、また、方針や理念などといった抽象的なレイヤーの議論と個別具体の施策の話題が入り混じり、取り組みの全体像を知ることが困難です。
そこで、ここでは客観的情報である数値、予算について取り上げてみましょう。 内閣府がいくつか参考になるデータを発表してくれています。

少子化対策予算 3.3兆円 → 6.1兆円

実は、少子化対策に充てられる予算の総額は、2013年から2022年の10年で、約倍近く(3.3兆円から6.1兆円に)に増えています。この数値から、政府が課題意識を持ち、少子化対策に予算配分を強めている姿勢がよく伺いしれます。

出典:子ども未来戦略会議(内閣府)
こちらは資料脚注にも記載の通り、「少子化社会対策白書においている少子化対策関係予算と掲載している」ものの対象に集計したものであり、少子化に必要となる施策についてすべて合算したものかは定かではないですが、参考にはなります。

それではこの「少子化対策予算」は実際にはどういったことに使われているのでしょうか。

ここまで見てきた通り、少子化の原因は未婚や結婚時期といったライフスタイルの問題や、男女の労働状況、社会の文化、子育ての環境など様々です。どの分野に予算を充てるかは、対策を打つにおいて非常に重要な論点と言えるでしょう。

2016年(H28)— 99%が「子育て」対策

内閣府は上記の少子化対策予算についてどの分野に係る政策に使う予算であるかについて、内訳を公表しています。H28-30の分野別の予算をこちらで見ることができます。
少し区分けの方法が特殊で見づらいですが、合計の予算が4.0兆円、そのうち大きいものとしては子育ての分野に少なくとも3.45兆円(*注)が使われていることがわかります。

  • 重点課題の(1)の0.95兆円 + きめ細やかな少子化対策の(1)の ③の2.5兆円

その他の項目としては、男女の働き方改革0.51兆円(重点課題の(4))が大きく、こちらは、男性の育児参加がしやすい環境の推進などを志向するものとなっており、少子化の課題の解決と整合的なものになっているといえます。

「男女の働き方改革」についての施策の概要は、厚生労働省の資料から読み取ることができます。 取り組みの目標として、男性の育休取得率や育児参関与時間等が挙げられており、夫婦による共同育児を実現しやすい社会を志向した予算であることがわかります。
出典:男女労働者を巡る政府の動向(H28 厚生労働省)

すると、約4兆円の少子化対策のうち、少なくとも約3.96兆円 (3.45兆円 + 0.51兆円)が「子育て」をどうしやすくするかという課題設定に向けられた予算であるという事がわかります。

国の少子化対策の99%は「子育て支援対策」ということになります。
この事を年頭に、時計の針を進めて、より直近の2022年の数値を見てみましょう。

2022年(R4)— 傾向は2016年と変わらない

こちらは2022年のデータになりますが、先に見た2016のものとはやや集計の仕方が変わっており、残念ながらより一層理解しづらいものになってます(*注)。
しかし、おおよその総論を得るのであれば「II ライフステージにの各段階〜」における1-4の数値を見れば十分です。すなわち、全予算の約6.0兆円のうち、5.98兆円が「子育て」分野に投じられており、その他の課題(結婚前・結婚・妊娠出産)には相対的に見て予算がほぼ用意されていないことがわかります。

その意味では、予算規模は増えたものの、子育て分野に偏重投資という文脈において2016年と大きく方針は変わっていないように感じられます。

国の「少子化対策」≒ 「子育て対策」

つまり、日本政府で「少子化対策」と銘打たれているものは「子育て支援対策」とほぼイコールということになりそうです(少なくとも予算配分上では)。

また、少子化対策の「施策(打ち手)の一覧」を見ても、子育て対策の記載の肉厚さに比して、それ以外の分野での対策の記載の分量の少なさと具体性の薄さは、かなり目立ちます。

国全体として、子育てをしやすい社会の実現を目指すことが極めて重要であることは疑いの余地がありませんが、ここまでデータで見てきたように「少子化の解決」という観点に立つのであれば、解決が必要なアジェンダは決して「子育て」に限りません。むしろ、数値の面でいえば、より手前の「結婚」のほうが少子化要因として深刻な課題であるというのが純然たる事実であります。しかしそこにはほぼ予算が振り向けられていないという事実は、知っておく必要があるでしょう。

なお補足として書いておくと、「子育て分野の予算」というのは、児童手当や保育料の補助(給付)、その他教育費用の補助(給付)などに多くの予算が充てられています。例えばこども家庭庁のR5の予算資料(概算要求)を見てみると、

  • 子ども・子育て支援新制度の給付・事業(11p ):3.2兆円

  • 子どものための教育・保育給付交付金(12p):1.5兆円

  • 児童手当制度(22p):1.2兆円

といった大きな規模の予算が組まれていることがわかります。(この3つの合計で5.9兆円)
出典:こども家庭庁R5 予算概算要求

構造的な課題と国の限界

しかし、その背景には非常に難しい問題があるように思えます。 繰り返し言及してきた通り、「少子化の要因」という観点に立てば、「出産・子育て」以前の「結婚」にまつわる状況の改善がより一層重要と思われますが、政府として「非婚・晩婚」といった事象自体を明確に課題と認定するのは困難でしょう。というのも、未婚者の7割以上は交際相手がいないため、交際相手を見つけ→結婚し→出産というプロセスを政府が支援するのは非現実的に思えます。

実際、2023年12月に東京都が婚活アプリの提供を発表した際にも官がこの分野に介入することに対してシビアな意見が散見されました。


批判的な意見の切り口は多様ですがプライベートな領域に行政セクターが関わることに対して、多くの人は本能的な違和感があるのかもしれません。日本は戦後に政府が「産めよ増やせよ」というスローガンで積極的に人口政策を行ったことに対して、後世に繰り広げられた批判がこの論調を強化しているという指摘もあり、官と国民の間でセンシティブな分野になっている背景は無視できないでしょう。一方で、「結婚」や「出産そのもの」に比して「子育てを支援する」というテーマは遥かに世論に歓迎されやすいという現状がありそうです。

また、仮に国が例えば「非婚・晩婚」を課題と捉え、何らかの対処を取ろうと考えたとしても、幾ばくかの予算で解決できるかといえばそれは疑問です。ここまで示してきたような、若者の労働形態、経済的な条件、お見合いといった社会文化・価値観の変化、などは政府が直接的にかつ容易に解ける問題ではないからです(雇用や賃金などは少子化文脈に関わらず、経済対策の意味でも政府はずっと苦労していますよね)。

ここに、国にとっての少子化対策の難しさの一端があるように思われます。

このように政府としての少子化対策の限界を考えると、たとえ結婚行動が少子化の要因として大きいものだとしても、国として支援できる夫婦の出生行動(つまり子育て)に集中してきた、という現状は納得できるものであると言えます。

ただし、こうした政府のスタンス(ビジョン)に関しての説明がなされていないのは、やや残念に感じるところです。少子化対策に対する包括的な課題構造とそれに対するビジョン、その中で中央政府として対応する領域についての明示、などが、よりわかりやすい形で説明されることが望まれることかと思います。

国以外の対策主体

今回は調査が行き届いておらずあまり触れてませんが、少子化に関しては国だけでなく地方自治体レイヤーでの対策も考えれます。これまで、各自治体は独自に様々な調査や対策を行ってきています。例えば新潟市は「少子化対策モデル事業」と銘打ち、経済的な援助と、時間的なゆとりの創出(企業と連携)が、出生や子育てに対する意識を変えうるか、の検証を行っています。

また、民間セクターでは例えば伊藤忠商事が社員の働き方改革の一環において、社員の出生率が向上したという報告をしています。この数値成果の妥当性の検証や、そもそも企業が出生率を公表することが雇用者に取ってどう受け止められるか、などの面で批判的な意見は存在しますが、少なくとも企業が自社の働き方を見直すことで、出生率に向き合った貴重な例と言えるでしょう。
出典:日本経済新聞 - 伊藤忠商事、働き方改革で出生率2倍 生産性も向上

6 / 改めて — 僕らは何ができるのか?

ここまでこの国の少子化に関わる問題を事実を中心に見てきました。 ここからはやや編集後記な内容になります。

少子化問題について著者チームで話し合っていたときに、とかく「少子化問題ってなんか伝わりづらいよねー」「多くの人にとって自分事として捉えるの難しそうだよねー」という話題になりました。

それってなんでなんでしょうか?

そもそも、少子化について語る時、多くの文献が「少子化によって将来どういった問題が起こるか」という論説から始まることが多いと思います。

これは、まず最初にことの重大さを理解して欲しい気持ちからなのだろうと推察します。たしかに、少子化に関連して、社会保障の問題、内需や労働力といった経済の問題、国力・国防、地方の過疎化、学校の統廃合など、様々な論点が挙げられるかと思います。「人の数」は国の根幹をなす資源なので、少子化によって同時に引き起こされる人口減少は多方面で多くのネガティブな影響を起こしうることは間違いありません。

それらは確かに国全体にとって大きな課題です。しかし、これは筆者個人の実感でもあるのですが、こういった「国全体としての課題」や「未来の問題」を自分自身の問題として捉えるのは、少し難しい気がします。

そういう国家の課題とか2050年がどうとかいった大きな話は、国のお偉いさんたちが考えてくれれば…という気持ちにもなりますが、ちょっと上で書いた通り、この問題はどうにも国(政府)がすべてを解決できるわけでは到底無さそうです。

まあ、子育て対策の中でも経済的に解決できるところは国家予算で国になんとかしてもらうにしても、社会の価値観や風潮、自分たちの働き方、夫婦のあり方、自分のライフスタイルとどう向き合うか、その他様々なことを、個々の市民(や民間企業)が自分たちで考えて、何かしら行動をしていかないと、この大きな社会課題とは向き合えなさそうなことは間違いありません。

とはいえ、筆者を始めとして多くの人は「少子化」という漠然としたモンダイが、自分ゴトとして捉えづらい。どうしたらいいのだろう?

少子化を巡る現在と未来、そしてその構造

僕たちはこの矛盾について議論をする中で、このような図を書きました。

まず、少子化が起きる「要因」がある = ①
これはここまで見てきた通り、未婚率の上昇など、もろもろです。

次に、少子化によって引き起こされる「帰結」がある = ②
国家の経済が、とか労働力が、とかそういった大きな話ですね。

さらに、①を引き起こす背景となる社会構造がある =
これはちゃんと定義できていないのですが、 子育てにまつわる社会環境とか、結婚に関する価値観や社会的な要請、などなどのイメージです。
この③は①を起こす要因になるのですが、同時に②が③を引き起こしうる関係にもなりえます。

2023年には「子どもの声は騒音なのか」を巡る法整備の可否などが話題になりましたが、こういった、コミュニティの中で(騒音に限らず)子どもに対する受容度は、少子化の影響を受ける可能性があるのではないかと思います。少子化のために、地域内での子どもと接触する機会が減ったり、子どもがいない世帯が増えることで、このコミュニティでの子どもに対する受容度が低くなる可能性は十分に考えられます。

このようにループ構造が起きると事態の深刻度は更に増しそうです。

そんな中で、少子化のリアリティについて僕たちが実感を持ちづらいことの一因として感じるのは、「なぜ少子化が問題なのか?」について語られるとき「②(=未来)」についての話が主になることが、あるのではないかということです。

そんなに先の大きな話をされても知らんといったところですよね。

未来の問題をより身近に引き寄せる

しかし、少子化は決して「将来」の問題ではありません。

国全体の先々のことは一旦忘れたとしても、「①の少子化が起きる要因」に目を向けてみると、それ自体がひとつの大きな問題であることがわかります。

それはつまり、ひとりひとりの国民の中でも「希望するライフコースを歩めない人が増えている」ということです。これは例えば、結婚したいと思っているのに結婚できない、とか、子どもが2人欲しいのに持てない、とかあるいは、出産後も働きたいのに希望していたキャリアを歩めない、といったことです。

あなた自身や、あなたの周りにいる人、もしくはあなたの子どもたちが、そんな状況に置かれている、もしくは置かれるかもしれないということです。これは、「将来の日本国の人口や国力」のような漠としたものより、非常にリアルで悲しい「いま現在」の問題ではないでしょうか。

また、「将来の問題」というのは、僕たちの子どもやその子ども世代が生きなければ行けない世界の問題ということもできます。私たちは子どもにどんな世界を残すべきなのでしょうか?

少子化の専門家からのメッセージ

この節は、著者の一人、少子化の専門の学者である茂木からのメッセージになります。

少子化という大きな問題に立ち向かうために、専門家の一人という立場から、行政・民間企業・一般市民のそれぞれに向けての、願いを込めた「提案」を書かせてもらうことにします。もし内容にご興味いただけましたら、茂木のアドレス(rymo@sdu.dk)までお気軽にご連絡ください。

政府・行政の方へ

少子化の現状を知り、これまで独自になされてきた少子化対策の効果を検証し、有効な施策を一緒に考えませんか?

これまでも独自に少子化や子育て世帯の調査を行ってきた自治体は多いと把握しております。しかし管見の限り、そうした調査は少子化の現状を理解する調査としては不十分なものが多いと考えています。例えば、子育て世帯のみを対象にしており未婚者が調査に含まれていなかったり、分析に必要な変数が含まれていないなどの理由です。

適切な調査をし、分析し、検証することは研究者が得意とするところです。これまでの少子化対策を検証することで予算を見直し、より効果的と思われる施策につながります。専門家として、ご相談をいただければ、より正しい検証と調査をお手伝いできるのではないかと考えております。
カジュアルな相談からで構いませんので、もし少子化の調査・研究・検証などに興味をお持ちの自治体・政府の方がいらっしゃいましたら、ぜひお気軽にご連絡いただけましたら一緒により良いやり方を考えられるかと思います。

企業の方へ

働く人のキャリアだけでなく、ライフコースも充実できるような会社の体制にしていきませんか?

企業と少子化がなんの関係が?と思われる方もいらっしゃるかもしれません。第4章で触れた通り、日本の男性育休取得率の低さや男女の家事・育児負担のアンバランスさの一端は企業の体制にあると思います。また、労働時間の長さが交際などのプライベートの充実を阻んでいる一つの要因になっているという指摘もあります。

各ライフステージで働きやすい会社を整えることが大事ではないでしょうか?雇用者だけでなく、その家族もハッピーになることで、会社にもいい成果が返ってくると思います。

また会社側の視点に立つと、いい体制を整えることでいい人材が集まるだけでなく、長期的には少子化になると消費が減ると予測されるため、企業も率先して少子化対策を考えるべきでは無いかと考えております。

もしこの点に興味がありましたら、調査、分析、報告書作成など、専門家としてお手伝いできます。ご興味あれば、気軽にご連絡ください。

この国に生きる市民の方へ

現状を正しく理解していただくことによって、現政策の正しい批判・享受、そして今後本当に有効な政策が出てきたときに正しく受け止めていただくことが大事だと考えます。

少子化が社会課題たるゆえんは、前述の通り「希望するライフコースを歩めない人が増えている」ことによります。こうした希望するライフコースの実現を阻んでいる障壁をなるべく少なくするのが、目指すべき少子化対策だと思っています。今後、僕の方でも少しずつ有効な少子化対策を提案していく計画をしております。

それらの提案が政策に反映されるためには、少子化の現状に対するみなさんの正しい理解と声が必要です。正直、少子化に対する研究知見やデータを知ったからと言って、みなさんの生活を豊かにする知識にはそれほどならないと思います。しかし、現状を正しく認識していただくことで、本当に有効な政策を理解し、必要に応じて支持を表明してくことが重要になると考えています。よろしくお願いいたします。

あとがき

長い文章にお付き合いいただきありがとうございました。 政府公式のものを始めとして、少子化問題についてまとめられた資料や文献は既に数多く世の中に存在する中で、わざわざこのような記事を独自に書いたのは、「少子化」という全国民に関わる問題が果たしてどれくらいの人に正しく認識されているのかということに疑問を持ったからです。

前節で書いた通り、この国家課題は、しかして政府機関の独力で解決できるものでは全く無く、国民の一人ひとりが状況を理解することが少なくとも必要であろうと思われます。政府には少子化白書を始めとして、大変に良質な情報源が多く存在しますが、広く多くの市井の人々が読むにはやや難解なものに思えました。

そこで、政府の資料と、メンバーの一人である茂木(少子化の研究者)が持つ論文等のデータを統合しつつ、ある程度情報容がまとまっており、かつ読み口も堅すぎない少子化に関する現状理解のまとめ版を作り、なるべく多くの人に読んでもらえれば、と思って書かれたのが本記事です。

とはいえ、著者陣の性根から、基本は客観性立場を取り、ファクト(数値)を中心にストーリーの中心として組み立てた構成になり、なるべくわかりやすくかみくだくようにしたものの、企図した通りある程度一般層まで広く多くの人が読みたくなる内容になったのかには不安が残ります。

また、再三指摘をしてきたように少子化は非常に多角的な要因が絡む問題であるため、この記事では触れられなかった、しかしながら重要な観点が他にも多々あるかと思います。師走から年始に掛けての各メンバーの僅かな空き時間を利用して執筆したものであることもあり、データや文章には不十分な点があるかもしれません。

お気づきの方はぜひなんでもご指摘や建設的な批判をいただければと思います。ご感想などもお待ちしています。 (noteのコメント機能か、メンバーのTwitterへDMをお寄せ下さい: 茂木 / 樫田

少しでも多くの人が少子化問題について知り、考えるちょっとしたきっかけになりましたら、著者たちにとっては望外の歓びです。また、そのような狙いから執筆されたものになりますので、ご賛同いただける方、多少でも参考になったよという方は、ぜひSNSでの拡散などにご協力いただけましたら大変に嬉しく思います。

また、本記事で取り上げた内容の多くは、書籍「人口戦略法案」にも同様の内容を確認することができます。少し分厚い本ですが、小説形式で読みやすく、手にとって見ると意外に楽しく読める本ではないかと思いますので、興味を持った方にはオススメしたい一冊です。

最後に、少子化に関してご興味を持たれた方は、茂木のnoteにも関連する記事が多く掲載ありますので、そちらもぜひ一読下さい。

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樫田光 | Hikaru Kashida
いつも読んでくださってありがとうございます。 サポートいただいたお代は、執筆時に使っている近所のお気に入りのカフェへのお布施にさせていただきます。