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時巡る時計【ショートショート】
古い時計屋の片隅に、ひっそりと置かれた懐中時計があった。銀細工が美しく、蓋を開けば琥珀色の文字盤が時を刻んでいる。
「これは特別な時計だよ」
店主の老人が、訪れた青年にそう告げた。
「どう特別なんです?」
青年は興味をそそられ、時計を手に取る。触れた瞬間、不思議な感覚が全身を包んだ。
景色が変わる。
目の前に広がるのは、見知らぬ街。石畳の路地を馬車が行き交い、女性たちはレースのパラソルを差している。
「ここは……?」
青年は戸惑った。気がつくと、彼は見知らぬ服を着ていた。胸元のポケットには、さっきの懐中時計が入っている。
カチ、カチ、カチ――
時計の音が響くたび、景色が変わった。今度は未来都市。空を行き交う車、ネオンに輝く看板。さらに時を進めると、荒廃した大地が広がる。
「これは……時間を巡る時計?」
青年は恐る恐る蓋を閉じた。すると、ふっと元の時計屋に戻っていた。
「どうだった?」
老人は静かに微笑む。
「……あなたは?」
青年が問いかけると、老人は懐中時計をそっと撫でた。
「私も、かつてこれで巡ったよ。いつか、君も次の持ち主に巡らせるといい」
青年は懐中時計を握りしめた。巡る時間の旅は、まだ始まったばかりだった。