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秘密の取引【ショートショート】
バーの片隅、薄暗いランプの下で、男が小さな紙片を指で転がしていた。
「これが知りたかったんだろ?」
彼は低い声で囁きながら、紙をテーブルの上に滑らせた。対面の若い男——西崎は、静かにそれを手に取る。そこには奇妙な文字列が書かれていた。
"YXVlYmRva2huZXJwbA=="
「…暗号か?」
西崎は眉をひそめた。彼の仕事は企業のセキュリティを守ること。だが、今日は逆の立場だ。競合会社の情報を買う、いわゆる“スパイ”だった。
「そういうことだ。解読できなきゃ無駄足だったな」
男はグラスを傾け、ニヤリと笑った。そのまま席を立ち、店の奥へ消えていく。
西崎はスマホを取り出し、暗号を解読するアプリを開いた。結果が表示される。
「blue_dog_hunter」
「…なんだ、これ?」
思わず声が漏れる。パスワードか? それともコードネームか?
その瞬間、店の扉が開き、黒いスーツの男たちが一斉に店内へ流れ込んできた。
「西崎潤。あなたを不正アクセス未遂の容疑で拘束する」
西崎の血の気が引いた。
——罠だ。
彼が握る紙片の裏には、小さくこう書かれていた。
「Look behind you.(後ろを見ろ)」
だが、それに気づいた時にはもう遅かった。冷たい手錠が、彼の手首にかけられた。