ホシノ(BFC6第一次通過作品)
ホシノが出たのは国内で有数の名門大学だ。小学校、中学校、高校と散々虐められてきたが、大学で全部引っくり返してやったぞ!二浪二留はしたけど卒業すれば関係ない!そんな高揚感に包まれた卒業式だった。
しかし、その高揚感は社会人一日目で霧散する。
新人研修初日『出た意見を否定しない』というコンセプトのグループワークで、何故か自分の意見だけがスルーされていく。
「俺はエリートなのに!」
ホシノは心の中で憤ったがあえて口には出さない。自分が指摘しないと気付かないような会社かどうか見極める必要があるからだ。
昼休憩は他の新卒が何人かでご飯を食べる中一人で弁当を食べ、午後になると講師さえもホシノに話を振らなくなった。
「優秀な新人をコケにするなんて愚かだ!人財を大切にしない会社に未来はない。」
社名を隠しつつSNSに投稿する。よしよし8いいねがついた。
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研修が終わると新卒は各支店に配属される。愚かな会社を見下しながらも、彼は自分が幹部になっている未来を夢見て働き出した。
配属から約二ヶ月、ホシノは会社を辞める。理由は上司によるパワハラだった。
確かに自分がやってしまったミスは大きかったが、新人にミスはつきものだ。それに全ての非が自分にあるとも思わない。上司や先輩の教え方にも大いに問題があるし、そもそも会社側のシステムが間違っている。
それなのにあの馬鹿どもは俺を脅したり、ハブったりしてきやがった。人の価値を正当に評価できない会社にいる意味はない。
まぁ実家暮らしだし、お金の心配はしなくて良いだろう。焦らずゆっくりと考えていこう。大事な大事な将来のことだ。
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数年後ホシノはバイトを始める。母が見つけてきた工場のバイトだ。
「なんだ単純作業か。本当は自分にしかできない仕事がしたいんだが、まあ母親の顔を立ててやるか。」
そうやって働き出した工場が上手くいく訳もなく、職業軽視が全面に出たホシノは、すぐに職場の皆から敬遠される。それだけならまだしも、ミスが多い上に反省というものに無縁だったので、やがては出勤するだけで顔をしかめられるようになった。
そして工場も二ヶ月足らずで辞める。
「もっと俺に相応しい仕事がある筈だ。」
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相応しい仕事は中々見つからず、三十代後半になった頃、流石のホシノも自分の将来を疑い始めた。だが彼はこれで終わらない。
悩んだ末に出した答えが司法書士になることだった。自分が凡人ではないのは卒業した大学が証明している。なんならあの時にもう少しだけ勉強していれば、国内一の大学にだって合格しただろう。
司法書士になれば人生が変わる。大金も入るし尊敬もされる。彼女もできるに違いない。そうと決まれば、まずは服を買いに行かないと。成功者は身なりの良い人間ばかりだ。マインドが成功者じゃなくてどうする!俺にも高い服が必要だ。
ホシノは一日三時間の勉強をやり続けた。あまり長時間やり過ぎてもしょうがない、息抜きも必要だし、しっかり集中して質の高い勉強をすることが大事だ。
今は仕事をやらなくても良い。いや、むしろやらない方が良い。資格を取るまではストイックに生きていこう。たまに全く勉強をしない日もあったけど、根を詰め過ぎて勉強を辞めてしまうよりはマシだ。
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その後ホシノは勉強をしなくなった。資格を取ったからではなく、「やれる事はもうやった、後は運次第だから試験日を待つだけだ。」という理由だ。今日も家で酒を飲む。仕事は……今はしていない。
あぁ親父が働けとうるさい。しょうがないから殴って黙らせよう。そもそも司法書士試験の合格者の年齢だって今は四十代が普通なのに、何をそんなに焦る必要があるんだ?焦って闇雲に動くのは馬鹿のすることだろう。
妥協してやりたくもない仕事をしている間抜けどもとは違い、夢に向かって一切の妥協をしない俺は偉い。この辛さが分かるのは頭が良くて日々努力している奴だけだ。
ホシノはふと「人生って大変だな。」そう呟いた。ちょうど彼が四十歳を迎えた日の夜のことだった。
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十年後、ホシノは勉強を再開した。試験合格のためには復習も必要だと気がついたからだ。一日あたりの勉強時間は三十分。
酒はやめた。そんな下らないものに金を注ぎ込むくらいなら、前途ある若者を応援することに使いたい。金は『魔界一過激なアイドル』で有名なセイナの将来に投資した。無論下心なんて一切ない。今はセイナを応援するためにバイトもちょくちょくしている。
それにしても最近の若者は本当にダメだな。新人とはいえ俺の方が年上なのに、年長者を敬えない奴ばかりだ。この前も高校生のアホガキが「おじさんレジ打ちもできないの?」なんて生意気言いやがる。俺は器が大きいから怒らなかったし、むしろ謝ってやったが嘆かわしい。この国の将来は真っ暗だな。
さて、アホは気にせずに勉強しよう。司法書士の試験は年齢制限がないから、何歳でもチャンスがある。合格できる気しかしない。
この歳で向上心を持ってチャレンジしている自分はすごい。ホシノは思わずニヤッと笑う。俺の人生はまだまだこれからだ。