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季の美ハウスでジンを味わう

 長く続いた紅葉狩り&京都ぶらぶら散歩旅の記録も、いよいよ終わりが見えてきた。東福寺で紅葉を見た後、清水五条から八坂にかけて東山の一大観光スポットを彷徨ってきた僕は、夕闇が街に滲み出す頃、漸く旅の最終目的地である「季の美ハウス」に到着した。今回はこの季の美ハウスでの出来事を書いていこう。

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 季の美ハウスは、京都で蒸留しているクラフトジン「季の美」の旗艦店である。蒸留所は京都市の南区にあるが、季の美ハウスの方は、地下鉄の京都市役所前駅から北へ歩いて5分ほどのところにある。町屋を改装した店内では、季の美ブランドの様々なジンが販売されていたり、ジンや季の美について紹介する展示が行われていたりする。そして店内の一画にはバーがあり、季の美のテイスティングをしたり、季の美を使ったカクテルを飲んだりすることができる。

 季の美は数年前に一度、ソーダ割で飲んだことがあった。その時は、京都で作っているジンがあるらしいということが頭に入った程度で、銘柄の名前も、肝心の味も、よく覚えていなかった。しかし、先日nippon.comというサイトを見ていた際、偶然にも季の美を特集した記事を見つけ、「そうだ、これだ」と思い出した。季の美ハウスのことを知ったのも、この記事がきっかけだった。

 その途端、僕の頭の中で妄想が広がり始めた。京都に紅葉を見に行き、街を散策した後に、ジンカクテルで疲れを癒す——バーのカウンター席に腰掛け、選び抜いたカクテルをサッと注文し、静かに味わう姿を思い浮かべ、僕はニンマリした。そして、季の美ハウスを旅の最終目的地に決めたのであった。

 しかし、落ち着いた大人の雰囲気を纏うジェントルマン・ひじき氏は、妄想の存在に過ぎなかった。実際の僕はといえば、京都の街を歩き過ぎ、足をプルプルさせながら季の美ハウスに入ったうえ、思いがけずグループ客が多いことや、荷物をカゴに上手く入れられないことに、いちいち心をザワつかせていた。そして、やっとメニューを見ても、どんなものが飲みたいのか、そもそも書かれているのがどんなお酒なのか、てんでわからず、何も口にする前から目をぐるぐる回してしまう始末であった。

 さて、いくら僕の旅行記であるとはいえ、こんな無様な姿を描いてばかりいたのでは、折角の季の美が台無しである。慣れないバーでアタフタしていた話はすっ飛ばして、飲んだお酒の話をすることにしよう。

 最初に飲んだのは、スタンダードな季の美を使った「季の美 ジンソニック」というカクテルだった。ジントニックではなくジンソニックという名前なのは、割り材にトニックウォーターだけでなくソーダも使っているからなのだろう。元々季の美は香りが強いお酒なので、ソーダ割でも十分おいしいという。そこにちょっと良いトニックウォーターを足すのが、ここのこだわりなのかもしれない。

 一口飲んだ瞬間、炭酸が弾けるのに合わせて、風味が口の中をスッと突き抜けた。あまりお酒に詳しくない僕の感想など当てにならないかもしれないが、直感で表現するなら、苦みの強い柑橘系のような味わいだった。少々ビックリするくらい味は強かったが、いつまでも口の中に残るようなものではなく、爽やかだった。

 次に飲んだのは、「季のTEA」というお茶をブレンドしたジンの水割りである。2杯目に何を飲むか迷った末、季のTEAか、季の美ハウス限定の「ハウスジン」のどちらかにしようと決めた。そこでバーテンダーにそれぞれのジンの特徴やオススメの飲み方を尋ねてみると、この季のTEAの水割りを特にオススメされた。スタンダードな季の美以上に香りが強く、それでいて味に丸みがある、上品な飲み物だという紹介だった。僕はとにかく飲んでみることにした。

 口に運んでみると、まさに説明された通りの味わいだった。しっかりした味だが、ジンソニックを飲んだ時のような口の中で味が弾けるという感覚はなく、丸みをもって広がっていく。お酒のよくわからない僕でさえ、「これは美味しい!」とすぐにわかった。ということは、余程美味しいにちがいない。

 ただ、アルコールを確かに感じるくらいには度数の強いお酒でもあった。僕は早くも目が回り始めたため、ここで飲むのをやめることにした。

 というわけで、たった2杯、2種類のお酒しか飲むことはできなかったわけであるが、季の美を味わうにはそれだけでも十分だった。今まで居酒屋で飲んできたハイボールとは全く違う、強くすっきりとした味わい。これが京都のクラフトジンなのだということを、僕は口に覚えさせた。そのことの意味は、これから色んなお酒を覚えていく中で、どんどんハッキリしていくことになるのだろう。

     ◇

 季の美ハウスを出ると、街はすっかり暗くなっていた。僕は京都市役所前駅へ向かい、地下鉄と阪急を乗り継いで家路に着いた。思わぬ酔いに溶けていく頭の中を、東福寺の紅葉や、お寺に寝転がって見上げた竜の絵や、夕日を浴びて輝く八坂の塔が駆け巡った。

 思い描いたような旅ではなかったが、これはこれで良いものだったと僕は思った。

(11月25日)

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