進化と人間行動/長谷川寿一,長谷川眞理子,大槻久
「人間とは何でしょうか。」(p.3)
「「会社がつぶれるのも、労働者が解雇されるのも、飢え死にする人間が出るのも、すべては適者生存の自然の理である。この世が弱肉強食の生存競争の世界であるのは、生物界の真理である。したがって、つぶれる会社を救ってやる必要もないし、適者生存に負けた貧乏人を救済する必要もない」。これは、アメリカの自動車王、ヘンリー・フォードが主張したことです。」(p.15)
「注意すべきは、自然淘汰の考え自体はロジックであり、実証されたり反証されたりする性質のものではないということです。「変異」「淘汰」「遺伝」の3条件がそろうと必然的に進化が起こる、というロジックに気づいた点がダーウィンの真価なのです。」(p.31)
「進化生物学では個体どうしの利害が対立し、協力がうまくいかないことを、葛藤(conflict)という単語で呼ぶことがあります。」(p.179)
「間接互恵性の仕組みの中でうまく人づき合いをしていくためには、常日頃からつき合いのある人物だけでなく、あまりつき合いのない人物に関しても、その人物の評判に関する情報を絶えず最新のものに更新し、誰が協力に値して誰が値しないかを見定める必要があります。たとえば、私たちの日常会話のおよそ3分の2は他人の話であるという研究もあります。(Emler,1994)。」(p.209)
「進化心理学者のデイヴィッド・バスは、配偶相手にこのましい性質として、男性と女性がそれぞれ相手にどのようなことを期待するかを、世界の37の社会で調査しました(Buss,1989)。対象とした国は、アジア、アフリカ、南北アメリカ、東ヨーロッパ、西ヨーロッパにまたがっており、調査は、共通の調査票を使って行いました。調査対象となった男性と女性の平均年齢はおよそ23歳です。その結果、どの社会の若者たちも、両性ともに、性格が合うこと、話が合うこと、誠実で明るい人柄であることが重要だと回答しました。これは、とても重要なことです。」(p.262)
「人類の結婚は、似たものどうしが結婚するという、「同類交配」がどこでも行われています。宗教がおなじであること、知能が類似していること、興味を持つこと、おもしろいと思うこと、趣味にしたいと思うこと、などが同じであることがとても重要なのです。」(p.262.263)
「父性の確実性が進化的に見て非常に重要になるのは、雄が子に対して多大な投資を行う場合です。生存と繁殖にとって必要な資源を男性が握っているのであれば、女性の生存と繁殖は配偶者である男性の手中に握られることになり、配偶者の男性がすべてを供給することになります。こうなると、男性は、自分の資源が確実に自分の子のみに使われるように、配偶者防衛を厳しく行うようになるでしょう。」(p.268)
「つまり、資源の占有が可能なところでは、男性間に不平等が生じます。そこで、裕福な男性は一段と配偶者防衛を厳しく行うようになるでしょう。」(p.269)
「デイヴィッド・バスは、ヒトの哺乳類としての特徴を考慮し、父性の不確実性と配偶者防衛に着目するならば、嫉妬の感情は、男性と女性とで感じ方が異なるはずだと考えました。いま、自分の配偶者または恋人が、自分以外の他人と関係を持ったと考えてみましょう。しかも、状況Aでは、あなたのパートナーは、一時的にその相手と性的関係を持ちましたが、あなたから心が離れたわけではありません。しかし、状況Bでは、あなたのパートナーは、相手と性的関係を持っているわけではありませんが、あなたから心が離れ、心はすっかりそちらに移ってしまいました。さて、あなたは、どちらの状況でより強く嫉妬の感情を抱くでしょう?バスは、男性はパートナーの実際の性的関係に対してより強く嫉妬の感情を抱くだろうが、女性は相手の男性の心が離れてしまったことに、より強く嫉妬を感じるだろうと予測しました。男性にとって、パートナーが自分以外の男性と関係を持った場合、父性の不確実性と配偶者防衛の心理を考えると、パートナーの実際の性的関係は、非常に強い反感と嫉妬を呼び起こすものと考えられます。一方、女性では、パートナーが他の女性と性的関係を持っても、自分自身の繁殖成功度に直接の影響は及びません。しかし、心が離れてしまった場合には、その男性が、自分および自分の子に行おうとする投資の量が減っていくでしょう。女性にとっては、こちらのほうが、実際の性的関係があるかないかよりも、強い反感と嫉妬を引き起こすと考えられます。彼の予測は、アメリカ、ドイツ、オランダなどの調査で支持されました
(Buss et al.,1992)。」(p.284.285)
「デイリーとウィルソンはさらに、殺人行動についても次のような予測をたてました:「同性間の殺人率は男性間のほうが女性間より高く、配偶者獲得競争が最も強まる20代男性において殺人率(人口あたりの殺人件数)が最高になる」。図12.3は、彼らのシカゴとイングランドーウェールズにおける分析結果を、ヘレナ・クローニンが1枚のグラフに合わせたものです(Cronin,1992)。殺人が極端に多いシカゴにおいても、世界的に見て最低レベルのイングランドーウェールズにおいても、殺人曲線は驚くほどきれいに重なり、予測されたような性と年齢の効果が実証されました。」(p.287.288)
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