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供物の目

 そのガキの目は俺と同じ目をしていた。神だの導きだのを持たない「ふぬけ」の目。
「ようボウズ、しばらく泊まらせてもらうぜ。吹雪続きで食糧も路銀も尽きた。」
「……ここにも蓄えはあまり無い。お前たちもたらふく食べたようだし……薪を売らなきゃ」
「お前、木こりか? そのタッパで?」
床には俺の相方が、例の木箱を大事に抱えて眠りこけていた。

 縄を腹にくくらせ薪割りをやらせてやった。俺が銃を突きつけていたとはいえ、斧を手にしても抵抗のそぶり一つさえ見せない。驚きはしなかった。使命も戒律も無いのなら、運命に流される他に道はない。
 夕方まで仕事は続き、家に戻って多少のスープを食ってガキは寝た。俺は寝ずに見張りをしていた。
夜明けごろにいくつかの酒瓶を持って相方が戻ってきた。
「しけた村だったぜ。暗い顔突き合わせて次の供物の話ばかりだ、盗み甲斐のありゃしないったら」そう言いながら荷物をまとめ始める。
「もう発つのか? 飯の調達は」
「奴らの次の供物はそのガキに決まった。我がアーバロブへの捧げ物として盗んじまっても良いが、もう一人抱えて運べるかどうか……」

 供物、捧げ物、何かを与えて何かを受け取る、それがこの世の理だ、与えたくなるような神がいるのなら。
「連れて行くならお前さん自身の手で盗むことだ……そうでなくてはアーバロブの恩寵は届かない」
「……」
 ふぬけ同士仲良くやれそうな、そんなみっともない思いがあった。
 迷う間に吹雪が強くなる、やがて家全体が揺れ、屋根が剥がれ始める。
「なんだ、吹雪ってこんな急に強くなることがあんのか!?」
 ある。俺は故郷でこの嵐を感じたことがある。

外に出て空を見上げる、そこには冬の神がいる。
「……お前さん、ずいぶんツケを溜め込んだらしいな?」
「ああ、ずっと昔からな……」

 木こりのガキも起きて空を見上げていた。そして斧を振りかぶった。
 その目は確かに導きを得て、輝いていた。
(つづく)

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