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はじめに

10月6日

今日のオレは昨日のオレより利口だ。そして一昨日よりも人間的に優れている。
なぜなら少しでもより良い人間になろうと勉強して考えているからだ。
ただ完璧な人間にはなれていない。永遠になれないのもわかっている。聖人になれるほど今までの行いが良くなかったからだ。昔も自分は愚かで、自分が関わっている社会の中のことすら考えず、いかに自分が周りと違って”クール“かを自分自身に証明するためだけに生きていた、、、んじゃないかと思う。本を読んだり、最近作られた作品を観たり、誰かの思想や言論が現実の社会問題と照らし合わされて議論されているのを目にするうち、自分の薄っぺらい思想や理屈との齟齬に気づいた。ここでオレは少し利口なので過去を否定し認識をアップデートすることに努めた。過ちを認めるという第一歩すら踏めない人の気持ちもわかる。変わらぬことを美しいと称賛する意識やある程度は腑に落ちる理屈が含まれていることもある。これは性差別にまつわるホモソーシャル信仰(そこから生まれるミソジニー)とフェミニズムとのかみ合わない対立を見て感じたことだ。
まず第一に自分が何か間違った認識をしているのではないかという視点がない。これを男らしさや自信と履き違えているのだと思う。なぜなら自分がそうだったから。
第二に集団への攻撃や非難が自身に向けられた個人攻撃であると倒錯している場合。これは愛国心とかとも関りがあるが、話が長くなるのでいずれ。

このnoteでは、かつての自分が持っていた”思想(勘違い)“と今の自分との違いを詳らかにしたうえで、自分をアップデートする過程を得意の反省文風に見せていけたらと思っています。

簡単に自分が何者かを説明すると、就活生です。男です。特撮・西部劇・ジョニーキャッシュ・スパイスガールズが好きです。色々と作品を観て聴いて自身の中で反芻するうちに社会性についても考えるようになりました。よく「何も考えずに楽しめる」なんて言葉を目にしますが、人間が作った創作物である以上そんなものはありません。考えることを放棄するための怠け者の戯言または方便の類であると言えます。

最近の悩みは何が正しいのか分からないときに自分の巨大意思のようなものに意見をすがってしまうことです。自分が尊敬しているあの人はどう思うだろうとかそんなことばっかり考えてしまいます。それを止めるために自分自身で考えたことをここに書くことにしました。(だからって他人の意見に耳を貸さないとかいうわけではないです)自分の考えがどこを経て、そのように至ったのかを記すためでもあります。もっと具体的なことをいうと人との会話では避けたい政治や時事についての考えを含みます。次の更新ではエイジズムとトランスフォビアについて書こうと思っております。

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