立って歩く姿をそうぞうする
そうと決まったら、驚くほど話は早かった。
正式に入院の申し込みをするために、わたしはOリハビリテーション病院(長いので、以下 Oリハ病院)に見学に行かなくてはならなくなった。
ひーちゃんに電話で伝えたら、成り行きまかせのこの決定を一緒になって喜んでくれた。
病院見学にもついてきてもらえることになった。
すごくほっとした。
Oリハ病院は我が家から電車で30分、さらにその最寄り駅からゆっくり歩いて15分くらいかかるところにあった。
電車は乗り換えなく一本で行けた。
最寄り駅から出たすぐの道を少しだけ北方面に向かって進むと大きな交差点があって、そこを左に曲がってしばらくなだらかな坂道をのぼったところにOリハ病院はあった。
行き方はとってもシンプルで、ルートを考えたり道に迷ったりすることはなかったけど、我が家を起点にして、door to door で計算すると、片道1時間くらいはみておかなきゃならない。
着替えやオムツを運ぶには…結構遠い、、、遠いなーーー。
毎日病院に通うのがゲン担ぎだったけど、これじゃあほとんど不可能だ。
ちーちゃんを病院へ連れて行くのも難しくなる。行き帰りの電車の中で静かにしていられるだろうか。病院までの道を駄々をこねずに歩いてくれるだろうか。
このごろは特にご機嫌ななめだもんね…。
今日みたいなお天気じゃない雨の日は?
これからもっと太陽がジリジリとしてきたら?
夜に急に病院から呼び出しがあった時は?
またわたしのアタマの中はぐるぐるし始める。
でも、今日はとても気持ちのいい春の日で、沿道の街路樹たちの少し伸び始めた薄黄緑の葉っぱが目の中に心地よくしみわたる。
薄くて淡いラムネ色の空を、久しぶりに見たような気がした。
だってこれまでわたしには ”色” がなくなってたじゃない?
Oリハ病院はしゃんとした佇まいで建っていて、webサイトで見たとおりの、新しめで、きれいな病院だった。
エントランスにはそこかしこに小さなテーブルと椅子が置かれていて、それぞれに小さな一輪挿しに活けた花が置かれていた。
清潔な空間に細やかな心づかい。
ひーちゃんは先に着いていて、入ったところから3番目にあるテーブルに座っていて「ここ、ここー!」と口をパクパクさせながら、大きく手を振ってくれた。
「お兄ちゃん、ここなら気に入りそうだよね!建物自体もきれいだし。」
「もう少ししたら病院を案内してくれる人が呼びに来てくれるから、ここに座って待っててって。」
「ひーちゃんも忙しいのに、今日はありがとう…」と、ほっとしながら椅子に座ると、程なく、案内役の方がみえた。
「今日はお忙しいなか、当院のご見学にお越しくださってありがとうございます。」
「こちらこそありがとうございます。今日はよろしくお願いします!!」
「当院では急性期の病院での治療を終えられたけれど、まだご自宅に帰れない…ご主人のような方にリハビリテーションを行っています。こちらのパンフレットを使って概要をご説明いたしますね。」
それぞれにパンフレットを受け取って、1枚1枚めくりながら、一通りの説明を受けた。
この病院に入院した後はリハビリ三昧の日々を送って、「退院」、つまり、「自宅で生活できるように」しっかりサポートしてくださるということだった。
そうだね。
自宅に帰ること、が目的なんだよね。
まずはそこからだ。
「今日は病棟へはお連れできませんが、最後に、実際にリハビリを行っているお部屋にご案内します。」
体育館並みの広い部屋には大きい窓がたくさんあって、そこから外の景色がよく見えた。
さっき、歩いてきた道も。
そこではたくさんの患者さんがたくさんのセラピストさんたちとリハビリをしていた。
賑やかな雰囲気。
みなさんがんばってるなーー。
「入院患者さんも、外来の患者さんもこの部屋で一緒にリハビリを行っています。入院されていればベッドサイドや専用のお部屋で…ということもありますが、基本的にはこのお部屋に来てリハビリをすることが多いですかね。」
頭の骨も元に戻っていないし、変なこと言ったりするし、左がピクリともしない主人なのに、本当の、本当に、このOリハ病院に転院してリハビリを受けられるようになるんだろうか…。
正直に言うと、まだ現実味はない。
でも、大きな窓から差し込むやわらかい日差しがあたたかくて、今日だけは、立って歩いている主人をそうぞうしてみることにした。
最後まで読んでくださってありがとうございます💗 まだまだ書き始めたばかりの初心者ですが、これからの歩みを見守っていただけるとはげみになります。