嘘ショートショート『限定バーガーの果てに』
毎年、ある時期になると決まって、そのハンバーガーチェーンは限定バーガーを出していた。
毎年同じような味付けでは、1年に一度といえ、いつかは飽きられてしまう。そのため1年ごとに、少しだけ味付けに工夫をするようになった。
初めは些細なことだった。
少し珍しい味のソースを使うだとか、チーズを多く入れてみるだとか、そういうちょっとした変化だった。1年前の味を正確に覚えているわけではない客にとっては、それで十分なはずだった。
様子が変わったのは、限定バーガーの販売が7周目に入った時だった。その年のハンバーガーは一目見ただけでわかるくらいに異様だった。具を挟むバンズにレーズンが練り込まれていた。明らかにレーズンパンをバンズとして使っていた。受け入れられるはずがなかった。
しかし、存在感のあるレーズンバンズの見た目と、期間限定という物珍しさで、この年のハンバーガーはこれまでにないほど売れた。
この成功からというもの、限定バーガーの味と外見は、どんどんとハンバーガーから遠ざかっていった。
ある年の限定バーガーは重機オイルの風味を謳っていた。重機特有の鼻につくような匂いと、浸るほどたっぷり染み込んだ油が特徴のハンバーガーだった。
次の年は珊瑚礁の味だった。ポスターはグレートバリアリーフを背景に食欲をそそるピンクの珊瑚が使われていた。味は珊瑚礁の味だった。
おおよそ人間が口にできるものは、限定バーガーのフレーバーには選ばれなくなった。発表される味は年を追うごとに抽象的に、形而上的になっていった。それでも何故か、口にすればその味だとわかった。
一昨年の冬、私は「角度」を食べた。「角度」の味がした。三角定規や分度器を目にしたときに感じる感覚が、そのまま「角度」の味になっていた。この時から私は、「角度のないもの」と「角度のあるもの」を身体的に感じられるようになった。
昨年、私は「数字」を食べた。「数字」の味がした。「数字」という概念は人間が作り出したもので、この宇宙に具体的な「数字」そのものは存在しないのに。
「数字」を食べ終えて、人類はついに味わったことがないものが無くなった。今は舌の先に世界の全てを感じることができる。
明日、私は私を食べる。正確には「自己存在」を食べる。この世界の全てを口にした人類は、ついに自分自身を味わうのだ。身体という境界を跨ぎ、再帰的に自己を食する。
その咀嚼がいつまで続くかはわからない。何故なら自己を食べ終わっても、まだ食べ終わった自己が残るからだ。
この最後の食事は、永遠に続くかもしれない。肉体が滅びても、宇宙が霧散しても、身体から切り離された身体的感覚を持つ意識は、常に自己を食べ続ける。
それが分かっていても、私を含めた人類は、明日が待ち遠しくて堪らないのだ。