自由な時間 / 独立文明 (2011年作)
「歳取ったら時間が過ぎるのが早いなぁ」
しばしば語られる日常的話題である。
「ほんまや、かなんなぁ」
大人達はほとんど挨拶のようにそう返す。
しかし、ぼくはいつも
「ぼくはそうは思いませんけどねぇ」
と、やり返してしまう。
ケンカを売ってるわけではない。ただちょっと話を 白くしたいのだ。
「いやだってね、先週の日曜日に友達と酒呑んだことがね、もう半年やそこいら前の楽しい思い出みたいに感じますもん」
「せやから、時間が早いゆうとるんやんか」
「いやいや、ほんの一週間を半年に感じてるっちゅうことは、そんだけ時間をゆーっくり感じてる、ゆうことや思いますねんけど」
「そんなことないやろ。あっちゅう間に時間が過ぎてくから、近頃のことが遠い思い出みたいになりますのやろ…?」
話は平行線となる。それでいいのである。ぼくは時間の不思議を話して面白がりたいのだ。
行事などの撮影で幼稚園を訪れる。例えば遠足である。
「はーい、今日はみんなで○○公園に行きます!行ったことある人いるかなぁ?」
楽しみな一日のプロローグ。湧き上がる歓声の中に、こんな声が聞こえることがある。
「あ、ぼく昔お父さんと行ったことある!」
幼稚園児の年齢でも「昔」という感覚は持っているのだ! ただそれが大人から見ればつい最近のことなのに「昔」と表現するから面白く、また微笑ましくもある。けれどこれがまさに時間の不思議の一つなわけだ。
例えば5歳の子にとって1年は人生の5分の1という長い時間を占めている。20歳なら20分の1、40歳なら40分の1……、と歳を重ねていくとその長さは、自分が持つ「時間のものさし」の上で歳ごとに短くなる。なるほど、「歳取ると時間が過ぎるのが早い」わけだ。
では、自分の「残された時間のものさし」ではどうだろうか? その減っていく時間の中で暮らすことができれば、一年一年は次第に濃くなっていく。子どもの頃の、長い長い毎日へと帰ってゆく……のではないだろうか。
約1年ぶりに掲載させてもらうこのグラビアページは、前回と同じタイトルにした。ぼくの指先を突っついてシャッターボタンを押させる力。それはやはり子ども達の美しさ、独立文明が放つ美しい光を浴びた瞬間にやって来るからだ。
独立文明が放つまばゆいその輝きの根源とは何か? それは生命力、すなわち自由の力。ぼくはそれをカメラを覗き込むことによって学んだ。いや、毎瞬に学んでいる。この宇宙という全てのつながりの中にばらばらの「個」として生まれた定めと、明日を開く生命力。何物にも捕われない、破壊を秘めた一点の輝きの力。
今年もあちこちの修学旅行や運動会で撮影したし、久しぶりに再会した友人宅では新しい幼い家族にカメラを向けた。そこでぼくは自分自身に異変を感じていた。これまで子ども達を写すとき、彼らはある種の「懐かしい」存在だった。自分自身や、旧友の姿を彼らに重ねることがしばしばあった。ところが今シーズンはその思いが湧かないのだ。
以前より近さを感じるような…。でも相変わらずぼくは子ども同士の会話、やりとりの真意はほとんど読み取れはしない。それでも、すぐ傍らで彼らとともに今を生きていることを感じている気がする。
今このグラビアページの原稿を作りながら一年前の同じ作業を思い起こし、たった一年前のはずなのにずいぶん昔のことだなぁ、と思う。ぼくは、少しずつ子どもと同じ時間に戻り始めているのかもしれない。一年前より少し、自由になれたのかもしれない。
一度だけ、知人の出産に撮影者として立ち会ったことがある。血まみれの赤ちゃんを胸に抱いた彼女は「かわいい……」と言った。その瞬間、母子は生命力の核同士として向き合っていた。子の泣き声も、母の一言も、何人も否定できない自由、つまり生命力からの発信そのものだった。
母になれないぼくはまた来年も、子ども達の中で、カメラを持って静かに腰を下ろすだろう。
……写真展『子どもはみんな独立文明だ』at 傍房
12月1日発行の『はらっぱ』誌(「社団法人子ども情報研究センター」の機関誌 )で写真掲載の機会をいただきました。昨年の春に参加したとあるグループ展を、『はらっぱ』で記事を書いておられる方が見てくださったのが出会いとなって、今年の1・2月合併号にグラビアページを担当させてもらい、今回の12月号が2度目の掲載となります。
この機会に合わせ、前回誌上で発表したカットを中心に構成したのがこの写真展です。誌上ではモノクロページでしたが、今回はカラーで出力したものを展示しています。
『子どもはみんな独立文明だ』というフレーズは、写真の展示活動を始めた当初からのテーマの一つです。子どもを取り巻く状況と問題を扱う『はらっぱ』誌での作品掲載をきっかけに、あらためててこの言葉を捉え直しています。
小さな展覧会ですが、どうかごゆっくりお過ごし下さい。
2011年11月10日 3.5GH = みしま ひろゆき
意識的に写真を写し始めたのは1993年頃からだが、自分名義で写真展を開いたのは十年あまりが過ぎてからのことだ。その間に、写真撮影はぼくの職業となってゆき、幼稚園での行事や小学校の卒業アルバムの撮影で子どもたちと関わる機会が増えていた。さまざまな撮影現場で子どもたちと過ごす時間に、他にはない充実感を得ている自分に驚いた。
2004年の初写真展につけたタイトルは『子どもはみんな独立文明だ』。子どもたちを写す中で、彼らの存在に侵してはならない文明国家のような独立性を感じ始めていたからだ。そしてぼく自身も、かつてぼくの国を築いていたことを思い出していたからだ。
30歳を越していたそのとき、ぼくの自国の地図はすでに消えかけていた。かつての文明はほとんど失われようとしていた。隠し持っていた宝のありかを永遠に忘れてしまうところだった。
子どもたちを写しながら、ぼくには写真が地図に見え始めた。それは、見てるだけでどきどきして緊張して寒気のする宝の地図だった。子どもたちを写す現場で感じていた充実感は、この消えかけの地図を写真を写すことによって取り戻していける、という感覚から来るのだった。
写真に写った彼らは、常に大人の価値観にさらされ、自由の烽火に水を浴びせられ、時とともに独自の文明性を崩されつつある不安な姿に見えることもある。けれどもそれでいいのである。その地図をよく見れば、不安の中にこそ生命力が湧いているのが読み取れるのだから。
( 『はらっぱ』2011年1・2月合併号 掲載テキストを修正 )