有価証券報告書に掲載された「事業等のリスク」に価値はあるか?
有価証券報告書提出企業には、その企業が抱えるリスクを「事業等のリスク」として掲載する義務がある。しかし、その掲載内容は各社ばらばらであり、数行の会社から数十頁に及ぶ会社がある。また、全ての企業に当てはまるような極めて一般的なリスクしか開示しない企業があるかと思えば、その企業が抱える特有のリスクを詳細に開示する企業があるなど、全く一貫性がない。この野放図な状態を見るに、情報開示の目的及びその価値について疑問を呈示せざるを得ない。
また、株主及び投資家・取引先・融資先・企業研究者は、掲載された「事業等のリスク」を利用することは殆どないのである。なぜなら誰でも容易に思いつく一般的かつ抽象的なリスクで、しかも発生度・損害度といった評価も殆どないため、投資および与信・取引判断・経営分析・リスク評価に役立たず、「事業等のリスク」の開示状況を研究する学者にしか利用価値がない、というのが実情なのである。
制度本来の目的を達成できない状況にあって、何度も制度および掲載上のルールを改定してきたが、殆ど成果は上がっていないと思われる。その理由は、制度や掲載上のルール、運用上の問題もあるが、それ以上に企業及び経営者の本質的な部分を理解せずして、奇麗ごと、大義名分、研究者の論理だけで実施・改定している為だと思われる。
「リスクの開示」を人に例えるなら、自分の欠点や悪い所を文章で一般に公開する事である。つまり、自分と付き合う全ての人に、貧乏である事や、借金がある事、病気を抱えている事、試験の成績が悪かった事、逮捕された事があるなど、欠点や悪いと思われる内容を全て公開する事と言える。よって、人に対して、法的に開示を義務付けることは到底できるものではない。
一方、会社は法人である事から法律によって果たすべき義務が規定され、特に上場企業には多数の利害関係者がいる事から、リスクの開示が法的に義務付けられているのである。しかし、如何に規則があろうとも、どのリスクを選び、開示するか、どうかはその企業に任せられている。その企業が抱える最も重大なリスクは、本能的に投資家やライバル企業、取引先、取引銀行などに知られたくないものである。よって、表面的で、抽象的な開示に留まる企業があっても、何ら不思議はないと思われる。リスク開示の研究者及び規則等の作成者は、この本質を無視することなく、真剣に捉える必要がある。
現状に於いて、その企業が抱える本当に重大なリスクを知るには、企業が開示する「事業等のリスク」を読むだけでは困難であり、開示されている多くの情報を分析することによって、察知するものである。与信管理者及びリスクマネジメント担当者は、この基本を肝に銘じなければならない。
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