カネジュンの孤独のASMR ~第2回 描画・着彩
全国の刃牙さん、こんばんは。ASMR動画を楽しむとき、目と耳以外の穴は閉じている、金田淳子です。
→第1回(耳かき音 ボイスなし)はこちら!
ASMR(エー・エス・エム・アール)とは、Autonomous Sensory Meridian Responseの略。視覚や聴覚への刺激によって脳が気持ちよくなる感覚のこと。この感覚を生み出すような動画をASMR動画という。楽曲や物語性のある映像など、複雑で言語による読解ができるような音・映像ではなく、単純で繰り返しの多い音・映像がASMR動画とされる。
当初はTV番組のワンシーン(優しくささやきながら油彩で着色するシーンなど)にASMR的な効果があることが指摘されていたが、2010年ごろから、動画配信サイト(特にYoutube)で様々な国の人々が自作のASMR動画を投稿するようになった。
人気動画は全世界で数千~数百万回再生されており、一大ジャンルを形成している。内容は、耳かき、石鹸を削る、スライムを触る、タッピング(指先で何かを弾く)、雨音など環境音……などなど、多種多様。一人でも「脳が気持ちいい音・映像だ!」と思えたら、それがその人にとってのASMRだと言える。
※この記事では、私から見てセックスを想起させると判断した動画はASMRに含まないこととする。
参考ページ
Wikipedia, 'ASMR'
ニコニコ大百科, 'ASMR'
(宣伝)
2020年5月28日(木) TBSラジオ ライムスター宇多丸さんの「アフター6ジャンクション」(アトロク)の、20時台「ASMR特集」に出演します! 聴いてね!
さて、この連載記事はもともと、「日ごろ嗜んでいるASMR動画のことだから、サクサク更新できるだろう」という魂胆で始めた。にもかかわらず、第1回の記事から堂々2ケ月が経過していることに、私自身が驚いている。今回からはできるだけサクサク行きたいと思う。
今回のASMR動画のテーマは「描画・着彩」。つまり、絵を描いたり色を塗ったりする動画だ。
いまいちピンと来ていない人もいると思うが、ASMRに関する英語圏のニュース記事では、「ボブの絵画教室」“The Joy of Painting with Bob Ross”という番組がよく例として出てくる。この番組は画家Robert Norman Rossが解説しながら実際に油彩画を描いていく番組で、アメリカで1983~94年に放映された。ASMRという言葉や概念がなかったころから、多くの人がこの番組を見て「脳が気持ちいい」と思っていたというのだ。
参考ページ
VICE, 'What is ASMR? That Good Tingly Feeling No One Can Explain'(2012/08/01)
GIGAZINE, '「ボブの絵画教室」の声を聞くと脳がトロけるように感じてしまう現象「ASMR」とは?'(2018/02/09)
Wikipedia, ' Bob Ross'
残念ながらボブは95年に他界しているのだが、ASMRブームを受けてか、Youtubeに公式チャンネルが開設されており、過去のテレビ番組を視聴することができる。このチャンネルの登録者はなんと399万人、最も人気の動画は2353万回再生(2020年5月閲覧)。故人のチャンネルとしては破格の人気と言える。
こちらがBob Rossチャンネルで最も再生数の多い動画だ。「脳がチリチリする」「脊髄を小さな火花が走る」「リラックスして眠くなる」など様々に表現される、ASMRの効果が生じるかどうか、刃牙さんもぜひ、試しに視聴してほしい。
Bob Ross - Island in the Wilderness (Season 29 Episode 1)
この動画を見ていて思い出したのだが、私は80年代後半ごろ(年齢的には10代半ばごろ)、TVを見ていて、しびれるような強烈なASMRを体験したことがある。たぶんNHK教育で、初老の男性の講師が、ボブのように優しく解説しながら油彩画を描いていく番組だ。簡単なアタリしかなかったカンバスにいきなり絵の具を乗せていくのだが、ほんの10分ほどの間に、湖畔で疲れて眠るバレエダンサーの女性と、女性を気遣うキューピッドたちの姿が魔法のように浮かび上がってくる。この映像に目が釘付けになり、全身がしびれるような感覚になったことを覚えている。目的があって見ていたわけでなく、たぶんなんとなくTVがつけてあっただけなので、録画していなかったことをその後とても後悔した。
この記憶より前か後かわからないが、80年代にTVを見ていて、偶然にASMRに気づいた経験が、私には他にも何度かある。一時期、英語を勉強するために『セサミストリート』を見ていたのだが、「パペットの髪の毛に、人間が、もたもたとバレッタをつける場面」と「パペットが、もたもたと、パンにピーナッツバターを塗る場面」で、私の身体にASMRが起こった。幸いにも録画していたので、この感覚を得るために繰り返し見ていた。インターネット時代だったら「60分間耐久動画」を自分のために作っていたと思う。
残念ながら私はその後の長い間、「これだ」というASMR動画に出会えていない。実はこの記事で紹介していく動画も、もちろんまあまあ気持ちいいのだが、「NHK教育(?)で見た油彩講座」や「セサミストリートのパペットのあれ」に比べたら、そもそも私にとってASMR(Meridian=絶頂)と言えるほどのものではない。この連載は、私が好きな動画を紹介し、考えを整理するためのものだが、同時に、過去に確かに存在したあのほんとうのASMRをもう一度味わいたくて、それを引き出してくれるASMR動画に出会うために書いているのだ。
さて私の実体験は置いて、「描画・着彩」系のASMR動画は、個人的に調べてみたところ、実はそれほど人気がない。ほとんどボブの一人勝ちと言ってもいいぐらいで、他に目立ったチャンネルが存在しない。「ただ絵を描いているだけでは?」と思われるかもしれないが、描画や着彩の様子が多くの人にとってASMRとして成り立つためには、以下のような要件が必要だと思われる。
「描画・着彩」系のASMR動画の要件
① 絵がうまく、作成が速いこと。
② 明るく鮮やかな色調であること。
③ 顔出しの場合、画家が威圧感を与えない外見であること。
④ ボイスありの場合、声が優しいこと。
※なお、「刷毛で絵の具を塗る」「鉛筆でカンバスや紙面をこする」などの要素はASMR動画として非常に重要だと思うが、それだけなら真似するのは難しくないので、要件に数えなかった。
ここで特に①の要件は、絵画の素人が容易には真似できない部分だ。ならばASMRのタグがついていなくても、プロの作画過程を見せてくれるような動画を探せばよいのではないか、という小知恵が浮かんでくるが、そうでもなかったりする。教育または宣伝目的の動画なので、早回しになっていることが多く、着彩の音や空気感が収録されていないのがよくないのかもしれない。
参考までに、プロのアーティストMichael James Smithが、油彩画の作成過程をアップして、572万回再生されている動画がこちら。「すごい」「うまい」という驚きが得られる分にはとてもよい動画なのだが、個人的に、ASMR成分は少ない。コメント欄も「すごい」という内容ばかりで、「気持ちよい」というものは見つけられない。
Painting a Landscape in Oil | Episode #139 | Timelapse
このように、描画・着彩の過程を収録した動画というだけなら、この世に無数に存在する。しかしASMRを語るとき、今でも『ボブの絵画教室』が例として出てくることで分かるように、実はこのジャンルは、奇跡的なバランスが必要なのだと思う。
描画・着彩に関連して、「ぬりえ」(coloring)を主題とするASMR動画で、目立った再生数と思われる動画(562万再生)も紹介しておこう。
2 HOURS Coloring In ✏️ ASMR 🌟 No Talking / Unintelligible Whispers / Sleepy Layering
色鉛筆やマーカーで幾何学的な模様を塗りわけていく様子をじっくり写した動画だ。丁寧に色鉛筆で紙面をこする音が心地よく、紙面がだんだん鮮やかになっていくのも楽しい。『ボブの絵画教室』は大きな絵筆やパレットナイフを使い、雑にすら思えるような大きなストロークの運筆を特徴とするが、こちらのぬりえは小刻みで丁寧だ。二者に共通しているのは、できあがる絵が色鮮やかであること。美術として絵画を見るときには、色調が渋い絵を好む人も多いだろうが、ASMRとして人気が出やすいのは、鮮やかなカラーリングなのだろうと思う。
そういうわけでこの「描画・着彩」ジャンル、動画を作る側から見ると、かなりの穴場なのではないかと思う。なにしろ全世界のASMR愛好家が、『ボブの絵画教室』という20~30年前の番組を、まだくりかえし見ている段階なのだ。まず絵がうまくて手の速い人(ささやきが優しければなおよい)が必要なので、その時点でなかなかハードルが高いとは思う。しかし私が80年代に見た番組が白昼夢でなければ、日本にもそんな人が少なくとも一人はいるはずなのだ。
次なるボブが現れるのを、ASMR界はいまかいまかと待っている。全国の刃牙さんも、ぜひ絵を描いて、ASMR動画に挑戦してみてください。
(おわり)(第3回につづくッッ)
→第3回 さまざまなASMR動画(アトロクの補足)
(宣伝)
noteで連載した「刃牙」シリーズ感想記事が、書籍になったよ!
→刃牙の感想記事、その1、その2は無料で公開しています。読んでみてね!
サポートして頂いたお金は、今後の「刃牙」研究や、その他の文献購入に使わせていただきます! もし「これを読んでレビューしろ」というもの(刃牙に限らず)があれば教えてください。