僕にとっての、いわゆる「歌唱力」とは?

この文は、このnoteで主に音楽かそれに関する楽しい話しかするつもりがない僕が、これまでもこれからも「歌唱力」なる言葉を使うだろうなあと、でもこの言葉って案外アイマイだよなあと思ったので、ここらで「僕が使う時の歌唱力という言葉の意味」をはっきりさせておいた方が良いのではないかと思って書くものである。

「歌唱力」という言葉は、「力」とついているから、何か数値化できるもののように思ってしまうよね。「筋力」とか「跳躍力」、「制球力」みたいに運動能力の親戚みたいに感じてしまいがち。
やれ肺活量だ、発声法だ、音程だ、ビブラート、フォール、シャクリ、クレッシェンドデクレッシェンド、ピアニッシモフォルテシモ、ああウルセーウルセー。
そういう数値化しやすいデータを測って採点するカラオケの採点機能が、心から嫌いだ。
そういうことじゃねーんだよなー。
まるでゴルフで、室内でショットしてマシンで計測するあれみたい。

そういう「歌唱力」をアスリートのデータみたいに考えてると、歌う時の口とマイクの距離が離れてるほど「声量がある」から「歌唱力がある」と思いがちだし、声を長い時間伸ばせると歌が上手いように見えるよね。
でもそれって「遠投で遠くまで投げられる」=「キャッチャーに向いてる」と言ってるのと同じで「そんな単純じゃねーだろ」と思ってしまう。

かと言って、「歌は心だ」とか「魂を込めて」とかの考えにも凝り固まりたくない。
いい歌をそう評価したくなる気持ちはよく分かるが、問題は良くなかった時だ。
「この歌が良くないのは魂が(心が)イマイチこもってないからだ」とか言い出すと、何か言ってるようで、実は何も言ってないに等しい。
例えばオーディションでそう言われて落とされたり、こんな言葉でヴォーカルディレクションされると、頭から大きな「?」しか出ないだろう。


僕の考えを言おう。
僕は、歌とは人間を楽器として扱う事で、ヴォーカルと言えどもそれは「楽器演奏」だと思って聴いている。
楽器で言えば「リードのついた管楽器」であって、構造的にはバグパイプが一番近いが、音的にはクラリネットやファゴットではないだろうか。
上に書いたデータ関係は、要は「演奏能力」であって、肺活量や様々なテクニック、スキルは「必要条件」ではあるが、決して「十分条件」ではない。
管楽器の演奏を聴いてて、息が続いてなかったり、音程がフラフラしたり、時々ピッとか鳴る演奏は聴いてられないが、そうでなければそれで良い演奏かというと、決してそうとも言いきれない。

僕がここで「歌唱力」という言葉を使う時は、決して数値的に点数が高い事を意味せず、だからといって「心がよくこもってる」とかではない。
その場合は曖昧な表現はせず、声量があるとか音程が正確で気持ちいいとか、テクニカルで細かい技術を駆使してるとか、はたまた表現力が豊かとか、心が込められてて聴いてて魂が揺さぶられたと、はっきり書く。
僕が思う「歌唱力」とは、そういう事を全て含め、どころかそれだけでは表せない程総合的に歌う力がある、という意味で使おうと思う。


ひとつ余計な事を言うと、日頃洋楽とか韓国の歌を聴いてて、そのレベルに耳が慣れ肥えてしまい、J-POPや日本のアイドルの歌が聴けなくなる。

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