シン・シンデレラ
「あれは、魔法なんかではない、呪いだ。」
無機質で表情のない灰色の空を
眺めてはそんなことを思った。
シンデレラは12年前の
"あの日"から今日までの日々を
手紙に記すことにした。
「私の出生から現在までが
"シンデレラ・ストーリー"と
呼ばれているらしい事を
家政婦たちがキッチンで
話しているのを耳にした。
何かをきっかけに無名の者が
突如として名声や富を得る
成功物語という意味らしい。
私は鼻で笑った。
世界のことは私にはわからないが
少なくともこの城の人間は
物事の表面だけをすくい上げ、
さも知った顔をする。
木を見て森を見ないのである。
愚かな連中、無知な連中。
怒りを通り越し、同情してしまう。
彼女たちは何も知らない。
彼らは何知らない。
あれは結婚相手を探すための
舞踏会なんかではなかった。
旦那は、いやここでは
王子様と呼ぶべきだろうか。
すでに結婚している女性が
7人いたのである。
第8王妃を見つける舞踏会であった。
戦争が絶えないこの国で
子孫を残すということは重要な
生存戦略の1つだった。
私は貧困の中で育ったため
身体は強く、
義母や義姉に虐められても
屈さない精神の強さがあった。
その強いDNAを持った私の
噂を聞きつけた王子は
舞踏会に来させるよう妖精に
命令を下した。
しかし名家の出身ではない私を
舞踏会に呼ぶのは貴族界の社会的通念上、
不可能に近かった。
そこで妖精は例の"魔法"をかけたのだ。
初めてあの家から出て
舞踏会、貴族というものに触れた私は
きらめく世界に心を躍らせた。
華やかなドレスを着て豪勢な食事を口にし、
踊れるはずもないダンスを
王子と踊りロマンチックな時間を過ごした。
王子に恋をした。同時に怖さもあった。
未知に触れるということはそういうことだ。
"魔法"がとける時間になり私は
城を急いで出ようとした。
その時なぜか不自然に靴が脱げたのだ。
今思うとあれも私に王子との
運命を感じさせるために
仕組まれた事だったと気がついた。
結婚生活は甘美なものではなかった。
王子と顔を合わせることなく
城の部屋に軟禁されていた。
部屋や食事や洋服など全てを与えられた。
なにひとつとして自ら選んだわけではない。
私が欲しかったものはそんなものではない。
ただ空虚な時間が過ぎただけだった。
その時間は辛く私を苦しめた。
人生を生きる価値を見失いそうだ。
なぜ生きているのかもわからなくなりそうだ。
窓の外から家畜小屋が見えた。
あの豚と私に差などないように思えた。
ただただ与えられるだけだった。
義母や義姉に意地悪を
されていた時の方が
幸せだったのかもしれない。
なぜなら私は与えていたからだ。
自分で選べたからだ。
何を料理するか、何から洗うか。
感謝の言葉はなかったが
私の作った食事は満足げに食べていたし、
私が洗濯した洋服を着る瞬間の義姉たちは
どこか心地良さそうだった。
とうとう出産適齢期のピークを迎え、
王子と性行為を行う日時が
正式に決まった。
数年ぶりに王子の顔を見た。
冷酷なその目は
私の心臓を突き刺す鋭利な刃物のようだった。
もう私の知っている王子ではなかった。
いや私は初めから何も知ってなどいない。
全て私の気持ちが舞い上がって
作り上げた虚像を愛していたに過ぎなかった。
私は行為を拒否した。
あの時、私は泣いていたかもしれない。
これ以上、残酷な世界の犠牲を
増やしてはいけない。
生きるに値しないこの世界に
新しい命を存在させてはいけない。
そう思った。
私は、わがままだろうか。
出産さえすれば生涯、
生活が安定されることは決まっていた。
私は生活がしたいのではない。
私は私の人生を生きたいのだ。
昔の私が今の私を見れば、
生活に苦労している人間から見れば、
贅沢な悩みだろう。
ある意味、恵まれた環境の中で
不幸を感じている。
私の心がもっと大人であれば
よかったのだろうか。
しかし、悩むことに大も小もない。
人には人の数だけ、地獄があるのだ。
私は最後にひとつ、
自分で選択した行動で
自分に何かを与えようと思う....」
ここでシンデレラの手紙は終わっていた。
シャンデリアの真下に置かれた椅子の上に
彼女は直立していた。
眼前には引き裂いたドレスを
縄状にしたものが垂れ下がっていた。
彼女がふいに横目で窓の方を見ると、
雲間に一筋の光が差していた。
シンデレラは微笑した。