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映画『まる』あらすじ感想

映画『まる』の世界に行ってきました。

監督・脚本:荻上直子
2024年10月18日公開

堂本剛が1997年公開の映画『金田一少年の事件簿 上海人魚伝説』以来に主演を務めた作品です。

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まるによって人生が急転換した沢田。

沢田の描いたまるは彼一人ではなく、世界規模のムーブメントとなって多くの人を巻き込んでいきます。

それまで平々凡々に生きてきた沢田にとって、突然始まった非日常のような生活。

急に猛スピードで回り出した人生に翻弄される沢田の、まるとの奇妙な物語です。


『まる』のあらすじ感想


有名な現代美術家のアシスタントとして働く沢田(演:堂本剛)。

美大の出てあるが独立する気もなく。

同じアトリエで働く矢島(演:吉岡里帆)に搾取されているなどと言われながらも、奮起する気配のない沢田はアシスタントで食い繋ぐ生活を送っていました。

ですがある日、沢田は事故で利き腕を骨折。

そのままアシスタントもクビになるという最悪の事態を迎え、沢田はすっかり意気消沈。

ですがこのハプニングはここで終わらず、一匹の蟻に導かれるようにして沢田のまるを描く奇妙な日常が始まっていきます。

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登場人物の交わされる言葉の重みが、淡々と進んでいく中いろんなところで響いてくる作品でした。

沢田の周りには矢島、隣人である売れない漫画家の横山(演:綾野剛)、同じバイト先で働くミャンマー出身のモー(演:森崎ウィン)、謎の先生(演:柄本)、プロデュース力の凄まじいギャラリーのオーナー若草萌子(演:小林聡美)など個性豊かな人がいて

よくよく考えないと言葉にできないようなことを、周囲の人たちが沢田に投げかけてきます。

沢田はあまり自己主張をするタイプではありません。

なので沢田から発する言葉よりも、彼が周りの人から受け取る言葉を一緒に聞いていった感じのほうが強く。

もし自分がそうだったらと主人公の位置に入りながら、まるの起こした事象に吸い寄せられていってました。

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美術家としての積極的な活動をすることもなく暮らしていた人の、なんとなく描いたものがものすごい反響を生んだらどうなるのか。

またきっかけになった作品が本来の自分とかけ離れていた時の葛藤が描かれています。

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そして沢田が話す内容を言葉にするまでの間。

彼のスピード感や醸し出す独特の雰囲気が『まる』の世界観をつくっていました。

いつも周囲の言葉に耳を傾け、真剣に受け止めていく沢田。

だからこそ鑑賞者にも言葉が染み込んでくる作品です。

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ですが沢田が何の気なしに描いたまるの絵が、アートディーラーの土屋(演:早乙女太一)の手によって有名になったことで周りの様子が変わっていきます。

急な爆発的人気による状況の変化。

カオスな中をもがく沢田の姿は、一番最初にまるの絵を描いた時のことを思い出させるものでした。

腕を骨折した後のことです。

部屋に広げた大きな紙の上を小さな一匹の蟻が歩いていました。

沢田は動く蟻を囲むようにしてまるを描いていきます。

まるの外に蟻が出れば、新しいまるで囲む。

そこも蟻が出れば、またまるを描いて囲む。

蟻からすれば絵を描ける用紙の上にいる限り、どこまでもまるが追いかけてくるのです。

沢田はまるの絵が円相と呼ばれるものであることすら意図せずその時は描いていたのですが、徐々にその円相にとらわれるアーティストになっていきます。

またその円相に世界平和を願う希望のような意味付けがされたことで、メッセージに感動した人がまたさらに円相に夢中になっていく。

けれど沢田の描きたいもの、彼の部屋に飾ってある作品の中には、まったく違う絵が並んでいたのです。

その間で苦悩する沢田。

そんな彼をよそに一つの社会現象にまでなっていた沢田の円相と、まるを描くきっかけになった蟻のその後の姿。

円相にとらわれた存在として、蟻と沢田が重なって映し出されていました。



悟りや宇宙全体を象徴的に表している円相


丸を一筆で描いたもの。

まず禅は大乗仏教の一派である禅宗の略称のことをいいます。

6世紀初頭に出身のインドから中国に渡った菩提達磨(ぼだいだるま)が開祖となって、教えが広められました。

その禅における書画の一つが円相です。


円相は悟りや宇宙全体を象徴的に表したもの。

始まりもなければ終わりもない無限に続く円によって

仏教におけるとらわれや執着から解放された心を表しているとのことでした。


そして禅宗では「不立文字(ふりゅうもんじ)」といって

教えの内容(悟りの境地など)は言葉で伝わるものではなく

修行などの体験によって以心伝心のように師の心から弟子の心へ伝わるものとされています。

そこには言葉にとらわれてはいけないという戒めが込められており

そのため円を使って象徴的に表現することで人々に伝えられていったのでした。

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サラサラと一筆で簡単に描ける円。

映画の中では、誰が描いても同じだと沢田は言われます。

けどそのまるの中に、この世界を表すものがあると思うと、その奥の深さ。

なんとなく描いたまるが円相になったことで、沢田は簡単なようでものすごく難解なものを描いたことになっていたのです。


描いた本人にその気はなくても、どんな解釈がされるかで宇宙規模の壮大な作品へと変わっていく。

「手品の使えない手品師」と自分のことを話す土屋のマジックは、円相を使って世界のたくさんの人を巻き込んでいきます。

沢田もその中の一人ですが、多くの人を巻き込んで影響を与える芸術の力が描かれていました。

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また沢田は『平家物語』の一部を度々口にしていました。

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。」

引用:『平家物語』巻第一「祇園精舎」


この世のすべてのものは絶えず変化していくものであり、どんなに盛んなものも必ず衰える。

永久に不変のものなど存在しないということわりを説いたものです。



沢田はこの一節を覚えており、彼の中にこの考えが染み込んでいたことが窺えます。

その沢田の描いたまるが、始まりも終わりもない無限に続く円相に果たしてなれるのだろうかと。

沢田の円はやっぱりまるなのではないかと思う一節でした。

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他にも、この一節が円相の騒動に巻き込まれた沢田に力を与えたようにも感じています。

円の中から抜け出そうとする力。

けどそれもものすごく大きな円の流れの一部であり、繰り返していくものなのだと。

映画の終わりまで進んでいったところで、始まりと同じことを繰り返す沢田の姿を見て、受け入れざるを得ないお手上げの気持ちに。

それでも同じことを繰り返しながら前より今をと、変わっていく沢田が浮かんできます。

最近時間のループやニーチェの思想、輪廻からの解脱と触れてきたからか、そういう部分に焦点が当たって膨らんでいった映画『まる』を観ての感想でした。



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