「ジョゼと虎と魚たち」感想
劇場公開される直前まで情報をほとんど入れなかったため、正直なところ、発表時の印象的なビジュアルと、「たまゆら」などに携わっていて個人的にも好きなアニメーターの飯塚晴子さんがキャラクターデザイン・総作画監督として参加されているというぐらいの状態でした。
もちろん、同名タイトルの原作小説や実写映画があったことは認識していましたが、不思議なタイトルだなというぐらいでチェックしてもいなかったのですが、公開直前のTVCMを見て一気に興味が湧いてきて、先日映画館まで足を運びました。
TVCMを見た感じだとダイビングが好きな青年と車椅子の少女の恋愛模様という印象でしたが、実際に見てみると、単純な男女の恋愛だけでなく、立ち位置の異なる2人の対比や繊細な映像表現、90分という尺の中でも非常に練られた構成など見どころが多く、端的に言えばめちゃくちゃ突き刺さりました。個人的に何が良かったかを整理したいと思い、ざっくりとではありますが、まとめてみました。
■令和という時代に最適化された作品設計
原作が1980年代、実写映画にしても2003年に公開された作品でそれなりの時間が経過していることもあり、今回劇場アニメ化するにあたって、2020年という時代背景に即した作品設計にしていることに感銘を受けました。
原作があるとその時代に沿った背景を描くことはままあると思うのですが、あえて原作の核となる要素を残しつつ再構築することで、今の時代にこそ楽しめる作品になっていると思います。例えば障がい者であるジョゼの立ち位置はどうしても健常者との隔たりがあるのですが、より理解の深まった今の時代だからこその表現のアップデートがあり、少なくとも恒夫の接し方は相手への尊重が見て取れました。
また、車椅子生活における不自由かつ不安な部分は明確に表現しつつも、環境や設備の細かな配慮も見て取れて、そのあたりにも今の時代だからこその表現があると思いました。もちろんその生活を過ごす人たちへの完全な理解に至ることは難しいのですが、作品全体を通じて車椅子での生活が意識の外に追いやられない描写が素晴らしかったです。
■リアルと虚構のギリギリで成り立つキャラクター
映像全体に説得力を持たせる、キャラクター造形の素晴らしさも感じました。ジョゼに関しては要素の多いキャラクターということもあり、アニメで描こうとすると記号化してしまう可能性もありますが、そこにしっかりとキャラクターとしての息遣いを感じさせてくれたのが、ジョゼを演じた清原果耶さんのお芝居でした。
関西弁を話すキャラクターということで、時に愛嬌、時に刺々しさを内包するセリフがあり、これこそ表現の難しいところではあると思うのですが、大阪出身で関西弁に馴染みのあるというところを踏まえても、とても自然に感情の乗った、等身大のお芝居だったと思います。
人間味を感じさせるお芝居というのはキャストの方々に一貫していて、恒夫役の中川大志さんをはじめ、脇を固めた二ノ宮舞役の宮本侑芽さん、松浦隼人役の興津和幸さん、岸本花菜役のLynnさんといった声優陣、さらにはジョゼの祖母である山村チヅを演じられた松寺千恵美さんのお芝居にもそのキャラクターの個性と同時に、実際にいそうな自然さがあり、すごく惹き込まれました。
登場するキャラクターにしても、恒夫の周囲を取り巻く人々、ジョゼが外の世界に出てから出会う人々など、出来すぎだとは思いつつも決してそれが押し付けがましくない、自然なかたちでまとまっていたと思います。
■キャラクターを描写する上での小芝居や目の印象
そうしたキャラクターを表現する上で、個人的に魅力的に写ったのは細かな所作と目のお芝居です。
例えばチヅが恒夫と出会ってからのジョゼのことを大阪のとあるランドマークのようだと評するのですが、また別の場面でそれを真似るシーンがあるんです。そういうアニメならではの少しアクの強い表現も良いアクセントとして働いているなと思いました。個人的にはTVCMで使われている、舞が隼人の口にシュノーケルを押し付けるところは、印象に残る、それでいて主張しすぎない一場面として好きなシーンの一つです。
また、キャラクターの感情を見せる部分としての目のお芝居は終始注目していました。個人的に、飯塚晴子さんのデザインや作画の魅力の一つが目にあると思っていて、今回の映像を見たときにも目が表現しているものの幅がとても広く、そのインパクトからより感情移入しやすくなっていたように感じました。
全体的にアニメーションとして派手さのある作品ではないのですが、細部にこそ命が宿るという意味で、1本の作品を通じてみた時に見どころのたくさんある映像でした。その一方で、序盤で描かれるジョゼの空想のシーンなんかはアニメーションだからこそ表現できるもので、映像としての幅も十分に備えていると思います。
■恋愛にとどまらない少しだけ大人な成長物語
物語の主軸は恒夫とジョゼが想いを重ね合う過程だと思うのですが、その中では健常者と障がい者、夢に邁進する人と夢を持てない人といった、2人を対比して描く部分も決して少なくありません(実際に海に潜る恒夫と、空想の中で海を泳ぐジョゼといった描写にも表れているかなと)。そういった多層的な構造はありつつも、人間同士が自分を少しずつさらけ出して向き合うことで、お互いが真に想いを重ね合う、真っ当なラブストーリーとして表現されているのはただただ素晴らしいなと思いました。
日本におけるアニメーションは常々、ティーンを描くことが多いですが、本作はそこから少し年齢を重ねた20代前半のキャラクターを描くことで、より人間としての2人の成長を見届けられる、稀有な作品になったのではないでしょうか。
……とそれっぽくまとめておいてなんですが、とにかくジョゼの笑顔が可愛すぎてやばいので、もうしばらくロングPVを眺める日々を続けていようと思います。
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