【小説】 消しゴムマジック
「消しゴムマジックで消してやるのさ」
点けっぱなしのテレビからそんな台詞が耳に入ってきた。
最新のスマホでは写真加工で不必要な部分を消せるという機能らしい。
とても便利そうだ。
現代ではフォトショップのようなツールや加工の知識がなくても感覚的にクオリティの高い加工を行うことができる。
新しもの好きという訳では無いが、優れた機能を有したツールには食指が動いてしまう。
気が付いた時には該当のスマホを検索していた。
探し求めているスマホは売り切れていた。公式の通販や携帯ショップのサイトを見ても売切の文言が掲げられているばかりだった。
大手通販サイトには転売であろう高騰した価格の出品しか見かけられない。
欲しいは欲しいが、転売価格を払ってまでは買いたくない。転売ヤーは滅ぶべきというのが私の持論だ。
ネット上を探し続けていると、聞いたこともないようなサイトで定価での出品を発見した。
違う商品が届いたりするのではないかと隅々までよく見てみたが、そういった記述はどこにもなかった。
私は少し悩んだものの、結局そのサイトで購入することにした。
私の購入が最後の一台だったらしく、購入後はそのサイトでも売切の表示となっていた。
数日後、購入したスマホが届いた。
開封し、SIMカードを入れ替えてアプリのインストールやデータの移行などを進めていった。
見たこともないサイトだったので変なものが届いたらどうしようかと思ったが、特に問題なさそうで安心した。
一通りの作業が完了したところで、消しゴムマジックを使ってみることにした。
CMでもアピールされていたが、過去の画像でも消せてしまうらしい。
私は移行した画像の中から適当な画像を探していった。
「お、これが良さそうだな」
自分以外誰もいない部屋で画像を見ながら呟いていた。
目下のスマホには先日大学の友人達と花見をした時の画像が表示されている。
「えい」
間の抜けた掛け声とともに、友人の姿が消えていった。
これは本当に凄い。明日、友人にも見せてあげよう。
翌日、キャンパスに着いた私は友人の姿を探していた。授業が被っていたはずなので彼女がサボらない限りは会えるはずだ。
しかし、彼女は現れなかった。
連絡を取ろうとスマホを見てみると、どういう訳か彼女の連絡先が消えている。
誰か何か知っているかもしれないと思い、共通の友人を探して声を掛けてみることにした。
「〇〇ってさ、何かあったの?」
キャンパス内で先日の花見に同席していた友人を見つけたので声を掛けた。
「〇〇って誰のこと?」
友人から帰ってきたのは予想外の答えだった。ネタにしては悪質過ぎるが、ふざけている様子は一切ない。
なんだか嫌な予感がする。私はスマホを開いて他の画像を確認していく。
「いない」
大学に入ってからの画像を一通り確認したが、彼女の姿は何処にもなかった。
彼女が写っていたはずの全ての画像から彼が消えてしまっているのだ。
私は家に帰り、疑念を確かめることにした。
没後の有名人を適当に思い浮かべて写真を検索し、検索された中から映りが鮮明なものを選んで保存する。
その画像の中の人物を消しゴムマジックで消したところ、目の前の画像のみならず存在そのものが消えてしまった。
名前を検索しても画像どころか一切の情報がヒットしなくなっていたのだ。
私はとんでもなく恐ろしいスマホを手に入れてしまった。
私に志があれば新世界の神になろうとしたに違いない。
しかし、私にはそんな志など有る訳もなく、ただただ呆然とするばかりだった。
悔やんでも消してしまった友人は帰ってこない。
私は友人以上になりたいと願っていた彼女に何も告げられないまま、この世界から消してしまったのだ。
彼女は何処へ消えてしまったのだろうか。
消えた者が何処かへ行くとしたら、自身も消えれば同じ場所に辿り着けるのかもしれない。
なんの確証もない空論だが、今の私が縋るには十分過ぎるほどだった。
落胆と失意とほんの少しの希望を胸に私は呟いた。
「消しゴムマジックで消してやるのさ」