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かすかなる音


夜、家に帰り内鍵を締めた。
今日の東京はいくぶん涼しかったとはいえ、閉め切っていた部屋は、汗がにじみそうなほど暑かった。
靴を脱ごうとした時、ふと、かすかに何かが聴こえた。
動きを止め、耳をすました。
無音。
気のせいかと靴を脱いだ。

すると、またかすかに聴こえてくる。
高周波数のモスキート音のような、ピーという短く小さな音。
そしてまた消えた。
ついに幻聴が聴こえるほど、心身ともに壊れはじめたのか、そう思った。

確かに、考えてみれば、色々要因はある。
いよいよ天に召される時が来たのか、とっくに覚悟はしているものの、わずかな不安はよぎった。


しかし暑い。
とりあえず着替えた。
するとまた、音が聴こえた。
今度は冷静になって、また耳を鋭くすました。
身じろぎもせず、立ったまま耳に全神経を集中させる。

ピー。
やはりかすかに聴こえる。
音源の方向が定まらない
そしてまた消える。
集中を続けていると、数秒おきに規則正しく音が鳴ることがわかった。
しかし、これまでに聴いたことがない音。
耳の奥から聴こえるわけではないので、必ず音源があるはずだ。
とりあえず照明のスイッチをONにして、奥のリビングダイニングに行った。
するとそこには、予想だにしない衝撃的な、己の生気を一瞬にして失う、前代未聞の光景が眼に入った。


扉のパネルに光る赤い警告灯。
その扉は、本来閉ざされているはずが、45度ほど斜めに開いている。
音は、その冷蔵庫の扉から発せられていた。

マジか・・・。
慌てて扉を開け、中を確認すると、冷気はすっかり失われ、室温とほぼ同じ暑さ。むしろ、強い湿気のせいで蒸し暑さすら感じる。おびただしい結露と水たまりが庫内にびっしりと張り付き、そして溜まっていた。

庫内のものを一旦全部出し、きれいに拭き掃除し、ダメになったものを捨て、急冷モードにして再び庫内に収納した。


帰ってきて早々、何やらすんだ。
ちゃんと閉めて外に出たはずなのに、勝手に開くなよ。
すんごい疲れた。
冷たいものを飲も・・・飲めないじゃないか。
近くの自販機で飲み物を買い、飲みながら怒りながらまさにこれを書いている。


単にしっかり閉めなかっただけだろ。
などという、ごもっともなツッコミは厳禁とする。











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