「好き」は別れの言葉じゃなくて
たまにしか、ちゃんと「好き」って言わない人生でした。
だから、好きって言うとまるでお別れの言葉みたいに、自分の内側に響く。
…ほら、たまにしか言わないと、どうしても今言っておかなくちゃ!という時にしか言えないじゃないですか。
例えば、まさに今ですよ。年度末。
大好きだった仲間が、新しい場所へと旅立ってゆく季節。
例に漏れず、今年も見送ります。大好きだった先輩。一生ここにいるんじゃないかと思うくらい空気みたいにそこにいた人。
今、ほぼ毎日会えてるのに。
望むと望まざるとに関わらず、関係があったのに。だから、その良い面も悪い面も表裏一体で全部見えていて、しょーがねぇなぁとかやっぱ最高だなとか言いながら、一緒に働いてきたのに。
もう会えないんっすか。いやきっとたまには顔見せに来ますね、でも。
その時は互いにちょっと、他人様の顔になるでしょう?
オチのない、ふと思いついたことをフッと喋りあって、尻切れとんぼに終わる会話。
雑に交換しあうオヤツ。
そういったものの数々は、きっと次会えた時には交わせない。
だから色紙に、大好きでしたに代わる言葉を、応援を、幸せを願う言葉をそりゃ書きますよ。書きますのさ。
そんなことばっかりやってると…ほらこうして。
「好き」っていうのがお別れの言葉みたいになる。
あなたと働けてて、共鳴しあうようで嬉しかった瞬間。一緒に、思うように動けなくてこぼしあった愚痴。そういうことを分かち合ってくれる仲間がいる職場にはそうそう辿り着けない、って、就職難民だった私は知っています。そんな場所から、それでもやっぱり次の場所へと飛び立ってゆくあなたに。
…なんていうかな、いつもそうだったけれど、静かな針葉樹の森みたいに。悲壮感は微塵も見せずに、まっすぐなまま、新しい場所へ、ワクワクしつつたぶん恐れも抱きながら、進んでゆくあなたに。
もうね。大好きだったよってしか言えない。一番最後にそれだけが残るこの関係性に、私はたぶんこのままずっとニコニコしたまま、見送るその日を迎えるんだろうと思うから、だから。
そんな自分にも、しょーがねぇなぁ。って言って。
「好き」って言葉が、お別れの言葉にスッカリすり替わってしまう前に…もっと軽率に言えるようになりたいっすよ。
大好きでした、あなたの仕事。阿呆かなと思うくらいのこだわり。探究心。ベストの先を見つめて、トライし続ける姿勢。
お互い、こんな職人気質じゃ生きにくい世の中ですよ。どうか体だけは大事にして。あなたの優しさに、優しさと誠実さで応えてくれる新しい場所でありますように、と心から願っています。
「好き」って言葉ひとつに収めるには、いつだって、どんな時だって、“好き”というきもちは…大きすぎて、荒ぶりすぎる。お別れの言葉にするのすら勿体ない気がする。これだけの、愛しい記憶をくださって…本当にありがとう。
もう。…もう少しは言葉の蛇口のネジをゆるめて、ぽんぽこ好き好き言えるようになりたい。そんなことをあなたとの別れに、思います。
だから、きっと次また、会う頃には。
…覚悟しててくれよな。
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