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#ライキン ベリサリウスの部下が、ユスティニアヌスやテオドラ、そしてベリサリウスを誹謗中傷するために配ったマジの怪文書 プロコピオス『秘史』をちょっと読んだ


『秘史』京都大学学術出版会
プロコピオス 訳・和田廣

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 最近、ベリサリウスの部下であるプロコピオスが書いた『秘史』を読んでるんだけどバリおもしろい……。
 プロコピオスは元々、英雄ベリサリウスや皇帝ユスティニアヌス、王妃テオドラの業績を大絶賛した『戦史』という著作で知られる。けれども、ベリサリウスやテオドラが逝去し、ユスティニアヌスがもうすぐ亡くなるというタイミングになって、プロコピオスは『戦史』とはまるで真逆の攻撃文を、身近な人々にパンフレットとして配布しはじめる。それらを後代の人々が一冊にまとめたのが『秘史』である。ほとんど誹謗中傷と言ってもいい内容になっている。
 現在、残念ながら『戦史』は全体が日本語に翻訳されたものを読むことができないが、『秘史』のほうは丸ごと翻訳されこうして読むことができる。ヤバいファンのお気持ちアンチコメだけ読めて本編が読めないみたいな状況でわろた

 興味深いのは、愛妻家として知られるベリサリウスが、『秘史』では恐妻家の面が強調されること。妻の浮気現場を発見しても厳しく追求できない弱腰のように描かれている。

 また、プロコピオスは非常に保守的な宗教観の持ち主だったので、女性であるテオドラやアントニナ(ベリサリウスの妻)が権力を持っていることに不満だったらしい。プロコピオス自身が一流の知識人であったこともあり、同じ知識階級や貴族たちを擁護しがちな一方で、彼女たちが二人ともサーカスの踊り子出身であったため、二人のことを売女だのなんだの(能力と関係ないような)生まれや属性を根拠に、激しくこき下ろしている。

 ユスティニアヌスに関してはさらに手厳しく、異教徒への迫害や民衆への厳しい搾取といった政策を挙げ「人の皮を被った悪魔」とまで書いている。気に入らない相手のことを悪魔呼ばわりする人は現代でも時々見られるけれど、プロコピオスが誰かのことを「悪魔」と書いた場合、オタク特有の誇張表現みたいなものとは少し意味合いが違ったようだ。
 と言うのも、訳者による補註によれば、当時の東ローマ帝国においては独特の終末論的宗教観が信じられており、人々は「近々悪魔がやってきて世界を滅ぼすに違いない」と大真面目に信じていたのだという。
 つまり、プロコピオスは、ユスティニアヌスが世界を滅ぼそうとする悪魔に取り憑かれているのだと、本気で主張していた…ということらしい。
 もはや、悪魔「みたい」とかいう次元でもない。言ってることヤバすぎでしょ。

 『秘史』は全体的に攻撃文の性格が非常に強いため、辞書などでプロコピオスの項目を読んでみても「『秘史』は様々な資料と比較検討しながら注意深く読むべし」というような感じで度々釘を刺されている。
 内容は基本的に眉唾だけれども、当時の宮廷文化の雰囲気を推し量るには非常に興味深い。

 同時代は滅びに向かっていくビザンツ帝国の最後の黄金期のように語られがちであるが、すでに終末論的な陰鬱な空気が漂っていたことが『秘史』からは伝わってくる。

余談:ライキンのビザンツ帝国BGM。作曲者のクリストファー・ティンは、ゲーム音楽で初めてグラミー賞を受賞したことで知られる。ワールドミュージックの作家として、様々な地域の文化や価値観、その土地独自の思想などを楽曲に落とし込む作風で知られる。ライキンのビザンツテーマ曲では、帝国の盛衰の歴史を曲の展開で表現しているのではないかとの指摘がある。(動画のコメント欄参照)

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