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感動したい人生(前編)

 将来の夢は、これまでに4回変わっている。
お花屋さん、絵本作家、映画の仕事につく、自分の店をもつ。
このうち、後半ふたつは達成された。前職は撮影スタジオの美術スタッフ(塗装)で、今はヒトヤ堂とヒガクレ荘という店を行ったり来たりしている。

 お花屋さんは初めて掲げた夢である。
幼稚園の時、誕生日に書く記念の記入式の絵本に、「将来の夢は」という欄があった。半ば強引に夢を決めなくてはならなくて、知っている職業を言ったまでだ。大体の女の子が「お花屋さん」か「ケーキ屋さん」と書いていた。
 次は小学校の卒業式である。卒業証書を受け取るときに、壇上で「将来の夢」を言わなければならない演出があった。また、強引に夢を決めなければならない。その頃、私はダレンシャンやハリーポッターや、はやみねかおるさん、あさのあつこさんを毎日かかさず読んでいた。と同時に、同じくらい絵を描くことが好きだった。小説家か絵描き。どちらかを選ばなければならないと思ったときに思いついたのが「絵本作家」だったという訳だ。無事に当日、「わたしの夢は絵本作家です」と宣言し、卒業証書を手にした。
 3つ目の夢は、高校生のときである。私は、人生の中で高校時代が最も暗く、冷めていて、一刻も早く卒業したいと願いながら通っていた。体育祭も合唱祭も文化祭も、早く終われと念じていた卑屈な日々。我ながら、つまらない人間なのは自覚していた。もっと単純に、この時を楽しめる人たちの方が大人であることも。でも出来なかった。毎日がバカバカしかったし、退屈だった。
 退屈を埋めるために、映画と連続ドラマを観ていた。今のように配信が時代なので、TSUTAYAに行ってDVDを借りたり、録画したドラマをブルーレイに焼いて自宅で観ていた。(ついでに言うと帰宅部だった)
 映画やドラマの中でだけで、私は心を動かすことができた。日常の中で自分に降りかかることに全く感情が動かなくても、主人公たちに自分を投影することで感動することができた。
 ある日、観ていたドラマのエンドロールで、自分とは一字違いの人の名前が流れた。ヒャッと胸が冷えて、次の瞬間ドキドキした。一瞬でも、自分の名前がそこにあるように感じて、しばらく画面を見つめていた。
 この世界を作っているのは、演者だけでない。裏方なら、自分にもできることがあるのかもしれない。
その頃は文章を書くことと、絵を描くことなら、後者に強く惹かれていた。映画かドラマの美術スタッフになる。そしてエンドロールに自分の名前を載せる。その時に私は、初めて自分自身において感動することができるのだろう、そう確信した。(後半に続く)

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