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ASAIA OPEN に出場して今思うこと。
3/21〜明日の3/27日まで行われているWSL(ワールド・サーフ・リーグと言う世界サーフィン連盟)イベント、ASIA OPENに出場しました。
しましたと言うことで、昨日の時点で負けました。
今日は、一日ゆっくりしたと言うか作業しようと思ったんだけど、頭が回らないからゆっくりせざるをえなかったので、サウナに行ったりして疲労を取ることをしてました。
昨日の試合で負けて時間が立つにつれて思うことがあるのでnote書いてみます。
まず、昨日負けてからの自分の話です。
試合内容はシーソーゲームで最終リザルトを見ても接戦だったように思います。
敗因は思うところはありますが、今回書きたいと思ったことではないので書きません。
接戦のゆえに負けた訳ですが、ヒートが終わった瞬間でも割と冷静だった。
それは、自分なりに一生懸命やったつもりであったことがその理由の一つではあると思うけど、負けた直後に考えがもう次にやることに向いていた。
その日その日で試合が終わったらやる予定が頭に入っていて、自分が着ているゼッケンを返す前に家に帰ったらやる事を考えてた。
実際もっと強い自分はいると思う。だから本当の最善を出せた訳ではない。
だけど僕の集中は、その時僕がどう感じているかで全て決まる。
色んな要因が作用して、その時その場所で、その様々な力が重なると自分の世界に入れると思う。集中できる。
だから創ろうと思って創れるものではない。
だから本当のベストの自分がいた訳ではないけど、その時の一生懸命は出したつもり。
悔しいと思うよりも、自分なりに一生懸命過ごしてきたから納得できたのかもわからない。
もしかしたら自分の中で登った山を降り始めてるのかも知れない。
気持ちはまだはっきりと名言はできない。
ただ今回試合をしてはっきりと分かったことが、
もしサーフィンをやめた時に、サーフィン競技以上に自分と向き合い真剣になれるものがあるのだろうか?ということ。
どういうことかと言うと
今回のASIA OPENは一つのイベントでもあるが、今年のCSシリーズの出場権を争う試合でもある。準決勝まで行けば獲得権利が得られる。
僕は、仮に3位以内に入れたとしてもCSに回ることはないし、そこの目標はない。
完全無目的の闘い。
今の僕にとって、試合は生きる手段と言うことが僕の気持ちを1番表している。
色んな考え、感情、自分と向き合って波を調べたり、ボードのテストに繊細になったり作戦を作ったり、これほど真剣になれるもはない。
今の所それに変わるものがまだ見つかってない。
僕は、実は意外と神経質で繊細な人間。メンタルも安定してない方だと思う。
これまで試合があったからこそ、自分のメンタルがギリギリのラインで保たれてたと思うことが幾多とある。
サーフィンの試合をすることによって、自分の中の毒が一掃されたり緩和したりで凄く影響を感じる。
もし仮に、これ程まで真剣になれるものがなかったら、もしかしたらピュアな気持ちが自分の中になくなったかもしれない。
毒は貯まる一方で、自分のメンタルは不安定のままエネルギーはどこに分散されるのわからない状態だと思う。
サーフィンの勝負で勝ったり負けたりしてる経験の中で、『負けたくない』、『悔しい』、『勝つにはどうしたら良いか?』
そんな気持ちが、神経質で繊細で元々はめっちゃ短期の僕を
時に無の静寂のような時間に連れて行ってくれる。
雑念のない世界。この経験が僕をこれまでずっと助けて来てくれてた。
だから僕からサーフィン競技を取った時、自分が自分を貫けるのかが心配。
今大会で凄く充実感を感じたし、終わって振り返っても楽しかった。
やっぱりやめられねーな!って思ってる自分もいる。
ただ、前の記事で書いたように
今は『強くなりたい』
それが最優先事項で、今は何よりも自分の求める強さが1番欲しい。
次の大会もちろん一所懸命やる。
全ては生きる手段であり、一日一日一生懸命生きることに全集中するだけなのです。
読んで頂きありがとうございます。
田中英義