Werewolf Cop ~人狼の雄叫び~ 第1話
○あらすじ
大型の獣に襲われたような惨殺事件が相次いだ。
同時期、一流製薬会社の幹部や理事も次々暗殺されており、その中には、やはり獣の襲撃を思わせる事件も含まれていた。
目撃者の1人は、「人狼」の仕業だと言う。
公安捜査官の池上は、元同僚の焼死の謎を追ううちに、それら惨殺事件との関連性を疑う。
エリカと呼ばれる凄腕の女性暗殺者も活動を開始し、事態は混沌としていく。
事件の真相に迫る池上とエリカ、それを阻止しようとする裏の勢力、そして人狼……
戦いは次第に激化していく。
その行き着く先は……?
○主要登場人物
池上航太
:神奈川県警警備部公安第三課所属の公安捜査官。
エリカ
:美貌の暗殺者。正体不明。20代半ばの女性という以外は謎。
トム
:エリカの協力者。Repeaterと呼ばれる暗殺仲介人。
大森吾朗
:神奈川県警警備部公安第三課所属。池上の直属の上司。
草加恭介
:元神奈川県警警備部公安第三課所属の公安捜査官で、池上の同僚だった。
福沢慎二
:湘南薬科大学教授。日の出製薬研究施設の元副所長。
御厨鉢造
:沢の北峠にある神社の神職、宮司。山岳信仰に通じている。
御厨陽奈
:高校3年生。御厨鉢造の娘。父の後を継ぐことになっている。
○プロローグ
幹線道路とはいえ、深夜の山中は暗く、取り巻く空気さえもが重く感じられる。カーオーディオから流れてくる軽快な音楽が、窓外の闇に呑み込まれていくようだ。
雲間から満月が時折現れては消える。その明かりに照らされたときだけ、生い茂る木々の緑が闇に映えた。
普通であれば、この雰囲気にある程度の恐さを感じるだろう。少なくとも、早く不気味な地域を駆け抜け、明るく開けた場所へ行きたいと思うはずだ。
だが、ワンボックスカーに乗る3人の若い男達は、むしろテンションが高まりつつあり、興奮を抑えるのに必死だった。
「おい、そろそろ着くぞ。撮影準備は大丈夫か?」
運転しながら、山田逸太が後部座席をチラリと見る。
「オッケーだよ。ああ、ドキドキするね。初めての場所だしな」
ハンディ・ビデオカメラを得意げに持ちながら、佐藤亮二が応える。動画撮影だけならスマホで充分なのだが、今回はこれまで以上に力を入れているため高性能な物をわざわざ購入した。
「音響は?」
二列目に座るもう1人の男、後藤武に続けて声をかける。
「いつでもいいよ」
気軽な調子で後藤が応えた。彼の横には大きめのワイヤレス・スピーカー。スマホとBluetoothで繋がっている。おそらく後藤は、自分のスマホでこれから使用する音源をチェックしているところだろう。実際には、スピーカーを通じて轟音が闇に響き渡ることになっている。
彼らは、いわゆる「迷惑系YouTuber」だった――。
あらゆる場所に突撃し、大音響で爆発音を発生させる。そして「大変だ、爆発が起こったぞ」と騒ぎたて、周囲の混乱を撮影していた。
「ミサイル攻撃だ」「UFOが墜落した」「隕石だぁ」など様々なバージョンを、ある時はショッピングモール、またある時は駅前広場、買い物時の商店街などあらゆる場所で実施してきた。
そして撮影した動画をアップする。ほとんどが非難囂々である。しかしそれでいいのだ。要は、視聴回数が増えれば。そして、この3人のチーム「爆裂戦隊 山藤々」の存在が知れ渡り、有名になれさえすれば……。
今回のターゲットは、これまでと趣向を変えてある。
警察署だ――。
ただ、駆け込んでしまうとそのまま逮捕されかねないので、大きく響き渡る爆発音を外から聞かせ、飛び出してくる警察官達を離れた場所から撮影するつもりだ。
狙う警察署についても、だいぶ思案した。
大きな署だと深夜だとしても詰めている警察官は大勢いるだろう。本来なら多数の人間が右往左往する様子がいいのだが、相手が警察となるとそうもいかない。あとから事情聴取ならかまわないが、その場で逮捕はされたくない。動画を押えられては元も子もないからだ。
かといって、小さな交番などでは派手さに欠ける。
迷い、いろいろ調べた末に決めたのが、この先にある神奈川県警松田警察署「沢の北峠分署」だった。
小規模な警察施設で、所属する警察官は20名ほど。松田警察署の地域課からの出向というかたちで、頻繁に交代しながら勤務する。神奈川県足柄地区の山間の地域から静岡県のやはり山間部に向かう県道の途中に位置していた。まわりはほぼ山であり、自然豊かな地域に無骨な建物がある。
東名高速や国道246号を避ける車が利用することが多い道であるが、近年違法投棄や野生動物の乱獲という問題も多く発生しており、そのために分署という特殊な警察施設が設置された。
半年程前、近隣にある製薬会社の研究施設が火災になり、駆けつけた沢の北峠分署の警察官が巻き込まれて殉職したことで、少し話題となっていた。
そこをターゲットにする――。
当然問題にもなるだろうし、非難もかなり受けるだろう。もちろんそれも想定内だ。話題になれば、それでいいのだ。
目的の場所に着いた。沢の北分署の手前に車を停めると、それぞれ準備を始める。
後藤はワイヤレススピーカーを茂みに隠しに行った。佐藤はカメラを手にスピーカーと逆方向へ小走りに駆けていく。
山田が合図を送る。3分後に大爆発の音を響かせる。おそらく慌てて警察官達が飛び出してくる。深夜なので、詰めているのは5人からせいぜい10人未満に過ぎない。だが、複数の警察官が慌てて飛び出してくる様子はさぞかし滑稽だろう。
山田は通りがかりの者を装い「いったいなんでしょうね?」と惚けて声をかけるつもりだ。警察官達が何と応え、どんな行動をとるのか見物だ。そして、その一部始終を佐藤がビデオカメラで撮影する。
あと10秒……。胸の中でカウントダウンをはじめる。9、8、7…………2、1!
ドオォォゥンッ!
激しい爆発音が深夜の山間部に響き渡る。それは、暗い夜空を震わせてしまうかのようだった。想像以上だ。大出力スピーカーの効果は抜群だ。
だが……。
3人のメンバーがそれぞれの場所から期待して見ていたが、建物からは誰も出てこない。
シーン――。
音響の名残がひいていった後は、それ以前よりも更に重い静寂が続く。沈黙は耳の奥にむしろ痛みを感じさせる。
「おかしいな……」
思わず呟く山田。カメラを持つ佐藤の方を見ると、彼はちょっと様子を見てこいよ、とでも言うように、顎で分署の建物を指す。
気が進まないが仕方ない。動画に主に登場するのは山田の役目だ。
ゆっくりと分署に近づいていく。
妙だ。何も物音がしない。人の気配を全く感じない……。
光は灯っていた。玄関も大きく開けられ、誰もが出入りできるようにしてある。
手前でゴクリと唾を飲み込み意を決すると、山田は玄関から一歩踏み込んでいく。そして「すみません」と神妙に声をあげた。
何も返事はない……。
「あのぅ……」
更に足を踏み入れる。ロビーがあり、その向こうに受付カウンターらしき場所。特に変わったところはないはずだった。だが、何かが違う。それは……。
何で、こんなに赤いんだ?
人はあまりにも日常と違う場面に出くわすと、意識が受け入れを拒否する。そして、呆然としながら脳内で情報を整理し、何を目をしたのかわかったところでようやく感情が追いついてくる。
今、山田の内部から恐怖が迫り上がってきた。
「あっ、あっ、うわぁぁっ!」
ガクガクと震えながら叫び声をあげる山田。逃げ出したいのに、腰が抜けその場に座り込んでしまった。
壁やあるいは屋根までまだらに赤く染まっている。それは、血の色だった。
目の前のフロアにもあちこちに血溜まりがあった。ぶくぶくと泡立っているところも見られる。
更に、所々にまるで物のごとく棄てられているのは、警官達の死体だった。ある者は両手足があり得ない方向にひん曲がり、そしてある者は首から千切り取られたかのようになって、頭が転がっている。
「ひいぃ……っ!」
必死に立ち上がろうとするが、力が入らず何度も尻をフロアに打ちつける山田。
少し離れた場所に、拳ほどの大きさの物が落ちていた。赤黒いそれが、なぜかピクピクと動いている。
あ、あれは……?
人体見本で見たことがある。間違いない……。
心臓だ――。
くり抜かれた心臓がそこにグチャリと落ちており、まだ生の名残を見せていた。
あわぁ、あ、あ、あわゎゎ……。
声も出せず、立ち上がることもできないが、山田は這いずるようにして戻ろうとする。
そこに、佐藤と後藤がやってきた。
「どうしたんだよ?」
「何があった?」
最初の山田の叫びを聞いたからか、怪訝そうな表情だった。だがそれが、山田同様室内の光景を見て、驚きと恐怖に染まる。
「う、うわぁっ!」
それぞれ恐怖の声をあげながら、外へ逃げ出す2人。
「ま、待ってくれっ!」
山田もようやく立ち上がり、後を追った。
ワンボックスカーまで時折よろけたり転んだりしながら戻る。
しかし、そのすぐ前に1人の警察官が立っていた。車の方を向いている。3人から見えるのは後ろ姿だが、背が高く逞しい背中なのがよくわかった。
「お、おまわりさんっ!」
必死に呼びかける後藤。
「大変です。あっちで人がたくさん……」
佐藤も続いて怒鳴るように言う。
だが、2人とも違和感に気づいたようだ。殺されていたのは警察官。そこに立っているのも警察官。同じ沢の北峠分署所属だとしたら、事態を知らないはずはない。かといって、他の警察署の警官が、こんなところに1人立っているのは不自然だ。
では、なぜ?
警官がゆっくりと振り返った。雲が途切れ月の光がその姿を照らす。制服に包まれたガッチリとした身体。頭には徽章のついた帽子。だが、その顔は……。
紅く光る双眸が佐藤と後藤に向けられる。射すくめられたように硬直する2人。
少し後方で、山田は立ち止まった。そして、警官の異様に突き出た口から鋭い牙がのぞくのを見て背筋が凍る。
じ、人狼……?!
警官が右腕を素早く翻した。後藤の喉が裂け、血飛沫が飛び散る。声もなく倒れた後藤の身体はピクピクと痙攣していた。
隣で息を呑んだ佐藤の肩口に、警官は大きく口を開けその牙を突き立てた。まるで大型肉食獣が獲物に食らいついたような光景だ。
警官が徐に首を回す。けして小さくはない佐藤の身体が振りまわされるようになり、地面に叩きつけられる。
次に警官が顔を上げたとき、佐藤の頭が転がった。首から上を失った胴体が草むらに倒れ込んでいる。
警官は両腕をあげた。それは既に人間のものではない。鋭い爪が月明かりを受け輝く。その爪を佐藤の胴体に突き刺すようにすると、心臓を抜き取り、握りつぶした。
あっ、あっ、あわゎゎ!
またしても腰を抜かした山田は、それでも何とか尻と腕を使って後退る。その動きを赤い目で追う警官。いや、警官の格好をした異形のもの……。
ひいぃ、ひぃ、ひぃ……。
何とか立ち上がろうとして転がり、泣き叫び、失禁しながらも、必死に逃げようとする山田。
しかし、背中を向けたとたん、後頭部を串刺しにされた。見えないはずなのに、警官の爪が自分の脳みそを貫いていくイメージが浮かぶ。そして、それもすぐに消え、意識も消え、命も消えていく……。
ワオォゥ! グワゥ! グオゥオゥ!!
彼が最後に聞いたのは、闇夜を引き裂くかのごとく響く、激しい雄叫びだった。