Werewolf Cop ~人狼の雄叫び~ 第25話(最終話)
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○ 52
人狼達は昂ぶっているようだった。目の前に現れる者は誰でも食い千切るような激しさを見せている。
裏部隊の4人を惨殺した4体の人狼が、次の獲物を探して視線を巡らせる。そして1体の目が、池上を捉えた。
池上は棒手裏剣を取り出した。それと同時に、彼を見据えた人狼が走り出す。
ものすごい早さで迫ってくる人狼に、池上はがむしゃらになって棒手裏剣を放つ。
肩口に突き刺さった。心臓ではないが、そこを押さえ苦痛を堪えるように蹲る人狼。池上は必死に駆けより、短刀をその心臓に突き立てた。
グルゥゥッ!
激しい咆哮を響かせながら、人狼は倒れた。もう動かない。
他の3体の人狼が、ジリジリと池上に迫ってくる。短刀は倒れた人狼の胸に突き刺さったままだ。仕方なく、棒手裏剣を構える。
3体が同時に跳躍した。池上は続けて棒手裏剣を放つ。
腕、足、腹部にそれぞれ突き刺さり、地面に落ちる人狼達。
なるほど、心臓以外に刺さっても、銃で撃つよりもダメージは大きいようだ。回復に時間がかかっている。無力化することはできなくても、動きをしばらく止めておける。
この隙に、心臓を短刀で貫けば……。
先ほど倒した人狼から、短刀を抜き取ろうとする池上。その時――。
「池上さん、危ない!!」
叫ぶ声が聞こえた。エリカだ。
振り向くと、1体の人狼が飛び上がり、池上に襲いかかろうとしていた。
その向こうでエリカが銀の銃を取り出し構える。だが、一瞬前に人狼が腕を翻した。
サッと飛び退いて避ける池上だが、左腕を人狼の爪がえぐった。激しい痛みが全身を突き抜け、その場に蹲る。左上腕から血が流れ落ちてきた。
人狼が更に追い打ちをかけようとした。
そこで銃声。不思議な響きだった。通常の銃とは違い、空気を切り裂くような鋭い音がした。
エリカが銀の銃を撃ったのだ。池上を狙っていた人狼の背中から心臓にかけて、銃弾が貫通した。
即座にその人狼は崩れ落ち、まったく動かなくなった。
発砲を続けるエリカ。先ほどの3体の人狼の心臓部分を見事に撃ち抜いていた。
「大丈夫ですか?」
拝殿から陽奈と御厨が飛び出してきて、池上に駆けよる。人狼の攻撃を受けて倒れたので、心配してくれたようだ。
血で赤く染まる池上の左腕を見て、陽奈が息を呑んだ。
「大丈夫。傷は負ったが、この通り動く」
左腕を上下し、拳を握る。肉を切り裂かれたが動かせる。
エリカが側まで来ると、短く細いロープのような物を取り出し、池上の腕の付け根に巻いて締めつける。止血をしてくれたようだ。
「すまん」と頭を下げる池上。
「まだ油断はできないわ。さあ、御厨さん達はもう一度隠れて。池上さんも一緒に。あとは私が片付ける」
エリカがそう言って、皆を促す。だがすぐにハッとなり振り返った。
池上も彼女の視線を追う。
サブマシンガンを手にした男が塀を乗り越えて境内に降り立った。1人だ。
「羽黒……」
エリカが険しい表情になりながら呟く。
「羽黒というのか?」
「ええ。あの部隊のリーダーらしいわ」
池上は思い出す。大森に脅しをかけに来たのも羽黒という名だった。あいつか……。
羽黒はサッと視線を巡らすと、その先にこちらの4人を捉えたようだ。サブマシンガンを構えながら向かってきた。
エリカと池上が御厨父娘を拝殿の方へ隠れさせる。
その直後にサブマシンガンが発射された。拝殿の柱が何カ所も被弾し欠片が飛び散る。
「きゃあぁっ」と叫ぶ陽奈。御厨が彼女に覆い被さるようにした。
エリカが反撃する。1発撃った。人狼用の銀の銃だが、取り替えている余裕がなかったようだ。距離があるので命中はしないが、牽制にはなった。
羽黒は一旦銃撃をやめた。油断なく構え直し、迫ってくる。
その背後に、突然人影が現れた。
ガッチリした体格の、警察官――。
「草加っ!」
思わず叫ぶ池上。
陽奈と御厨も身体を起こし、目を見張る。
羽黒がハッとなり振り返る。
月にかかっていた雲が途切れ、その光が警官に降り注いだ。
爛々と輝く紅い双眸、銀色に光る体毛、突き出た鼻、耳まで裂けた口、鋭い牙、そして高々と掲げた腕の先には、刃物のような爪――。
慌ててサブマシンガンを向ける羽黒。彼が銃爪を引こうとした瞬間に、草加の人狼は動いた。風よりも速く迫ると、掲げていた腕を翻す。
ドシュッ!!
重く鋭い音を響かせて、人狼の爪が羽黒の胸を貫く。
それと同時に、エリカが動き始めた。ゆっくりと人狼に向かって歩く。手には銀の銃。6連発のはずだった。先ほど5発使ってから次の弾丸は装填していない。つまり、1発しか残っていない。
その1発で仕留めるつもりか?
息を呑み、彼女の背中を見つめる池上。
人狼が羽黒の胸から腕を抜き取った。その手には赤黒い物体が掴まれている。羽黒の心臓だ。まだ微かにピクピクと動いていた。
人狼の視線がエリカに向けられる。彼女の顔と、そして手にある銃を順番に見た。何かを感じとったのか「グルゥッ」と一声唸る。
羽黒の心臓を握りつぶし、ポイと捨てると、人狼は走り出した。途中四つ足になる。その姿はまさに狼だった。
エリカは人狼の動きを見ながら、銃をいつでも撃てる体勢をとった。
彼女のまわりを人狼が素早くまわる。次第に勢いがつき、さすがのエリカも目で追うことが難しくなった。
固唾を呑んで見つめる池上の横に、陽奈と御厨が立つ。
エリカは人狼が描く円の中心で、自然体で立っていた。目で追うのはやめ、なんと瞳を閉じている。
月が再び雲に隠れる。光が途切れる。その時、人狼が飛び上がり、エリカに襲いかかった。
素早く反応するエリカ。人狼の動きを察知し、銃を向ける。
銃声が闇夜を切り裂くように響き渡る。
ドサリ、と音がして、人狼の巨体が地面に落ちた。一度だけ立ち上がろうとするが、そこで力尽き、ゴロリと転がって仰向けになる。胸には弾痕ができていた。
エリカは空を仰ぐようにしながら、ふう、と息を吐き出す。
「恭介さん……」
陽奈が倒れた人狼――草加恭介に駆けよっていく。御厨が続く。傷ついた左腕を押さえながら、池上もゆっくりと近づいていった。
倒れた草加の上に、エリカが銀の銃を置く。
「残り2人、私が必ず仕留める。だから、安らかに眠って」
そう言って手を合わせると、エリカは草加から離れた。
静寂が戻った神社で、御厨父娘と池上は、しばらく草加を見ていた。
雲が流れていき、また月の光が草加を照らす。その顔は人に戻っており、どこか穏やかに眠っているように見えた。
○ エピローグ
そろそろ秋から冬に向かおうかという頃、池上は久しぶりに影狼神社を訪れた。
草加が人に戻り命の火を完全に消した、あの激しい夜から一ヶ月経っている。慣わしで言うと月命日だ。
この一ヶ月のうちに、警察組織にも、そして政界にも、激震が走った。
警察庁長官官房審議官である春日知治と元外務大臣の北井和之が、立て続けに死んだ。報道では「病死」となっているが、公安に所属する池上には真実が伝わってきた。
何者かに暗殺された、と――。
その何者か、というのが誰なのか、池上は知っている。本来ならきちんと報告し、捜査に反映させるべきなのだろうが、そのつもりはなかった。
あの美貌の暗殺者の顔を思い出し、フッと苦笑する。
草加が御厨に託したデータにより、日の出製薬に対する捜査も正式に開始されることになった。圧力をかけるような協力者達がほとんど死んでいることもあり、立件も可能だろう、と大森は言っている。
階段を上りきり、鳥居をくぐると、社務所のまわりを掃除している御厨陽奈の姿が見えた。池上に気づくと、ハッと目を見開き、そして微笑みながら会釈する。
「こんにちは。元気だったかい?」
当たり障りのない言葉をかける池上。
「はい。おかげさまで、平穏な日々が戻りました」
どこか愁いをおびながらも、笑顔で応える陽奈。
いや、俺のおかげじゃあないんだけどな……。
そう思いながら、池上は頭を搔いた。そして、手にした花を彼女に見せる。
「これを、供えようと思って」
あっ、と息を呑む陽奈。そして、境内の奥の方を見た。
あの夜、最後に草加が倒れた場所に、御厨は慰霊碑を建てた。もちろん正式な墓は他にあるが、それとは別に、今後人狼による悲劇が起きないように、という気持ちがこめられている。
ふと見ると、その前に既に綺麗な花が置かれていた。
あれは、もしかして……?
「気づいたときには、もう供えられていました。きっと、エリカさんだと思います」
あいつもこんなことをするんだな、と微笑ましく感じた。
「おお、池上さん、お久しぶりです」
御厨が現れて挨拶をしてくる。少し立ち話をした。陽奈は遠慮しているのか、離れた場所を掃除し始める。
「その後どうですか、具合は?」
御厨が、少しだけ険しさを滲ませた表情をしながら訊いてきた。
「今のところ、特に問題はありません」
「そうですか。それは良かった。しかし、何か変化があったら、すぐにこちらに来てください。対処法を考えましょう」
「わかりました」
重要な懸念事項であるが、簡単にそれだけ言葉を交わす。
最後にもう一度陽奈と挨拶してから、池上は帰路につく。
階段を下りきると、そこに大型のバイクが置かれていた。見覚えがある。
エリカ……?
視線を巡らせる。のどかな田舎町で、畑や民家が疎らに並んでいる。その合間の路地から彼女が姿を現した。
「久しぶりね」
「そうだな。だが、もう会わないものだと思っていた」
「気になったから」
「こいつのことか?」
池上は左腕を顔の辺りまで上げると、袖を捲った。最近怒りを覚えた事案を思い浮かべながら、しばらく意識を集中する。
すると、自分の前腕が変化するのが見えた。
銀色の体毛が腕を覆っていく。それとともに、太さが増し筋肉が盛り上がる。指も太くなり、その先に鋭い爪が伸び始めた。
険しい視線をそこに向けてくるエリカ。
あの夜、池上は1体の人狼の爪により傷を負った。手当てをしたが、驚くほど回復が早かった。そして、驚愕すべき事態となった。
殺人など犯罪のニュースを見たり、警察内で事案について確認しているとき、怒りを感じるたびに左腕が疼くことが続いた。しばらくすると、その度合いが高まり、ある時このように激しい変化を見せた。
人狼の左腕に変わったのだ――。
幸いなことに、気持ちを落ちつけると人の腕に戻る。誰かに見られることもなかった。相談したのは御厨鉢造だけだ。たぶん陽奈は知らない。エリカはおそらく、彼から聞いたのだろう。
御厨によると、このようなことは記録にもないという。人狼に襲われ傷を負っても生きていたのは、池上だけなのかもしれない。あるいは些末なこととして記録されていないのか?
いったい自分はどうなるのか? まさか、完全に人狼化してしまうこともあるのだろうか?
そんな不安な日々を過ごしていた。だが、今のところ変化は左腕だけに留まっている。
「エリカ、頼みがある」
「なに?」
「もし万が一、俺が完全に人狼化し、殺戮にはしるようになってしまったら、あの銀の銃で俺の心臓を撃ち抜いてほしい」
真剣な眼差しで見つめ合う、池上とエリカ。
しばらくすると、エリカが先に視線をそらす。
「できるかな、私に……」
溜息を漏らすように言うエリカ。
「他に頼めるヤツはいない」
池上がそう言うと、エリカはフッと微笑み首を振る。そして、バイクに向かった。エンジンをかける。
「そうならないことを、願っているわ」
それだけ言い残し、エリカはバイクで去って行く。
彼女の背中が見えなくなるまで、池上は1人佇んでいた。
Fin
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
心より感謝いたします。
今後もまた創作に励んでいきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。