長編小説「Crisis Flower 夏美」 第16話
↓初見の方、第1話はこちらです。
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↓前話はこちらです。
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※全18話の予定です。
SCENE 42 横浜国際大学②
「緊急の連絡です。A号棟付近で爆発が起こりました。近隣にいる学生、大学関係者は速やかに避難して下さい。また、校内にいる全ての方々も、警備員の指示に従い、慌てずに校外へと移動して下さい」
爆発音に続いて校内放送があり、横浜国際大学は騒然となった。
どよめく学生達。中には、叫ぶ者、逃げ惑う者もいた。
爆発は更に2回、3回と続き、人々の恐怖心を煽りたてる。
「なんだ?」
「テロかな? ヤバイよ」
警備員や学校関係者の指示を待つこともなく、それぞれが逃げ始めた。
その波は次第に広がり、大学から駆け出してくる人々の動きで、地域全体が大きな騒動に呑み込まれていった。
SCENE 43 移動中の車内
横浜国際大学は横浜市港西区にある。神奈川県警から車で20分程度。その時間がもどかしかった。
夏美は落ち着かない様子で窓の外を見る。先ほど爆発音のようなものが聞こえたのだが、気のせいだろうか?
隣でハンドルを握る鷹西の表情からも、焦りが感じられた。
奥田の講演は、もう終了している時間だ。もし瀬尾と奥田達の間で何らかのやりとりがされている場合、既に衝突している可能性もある。
「まずいな。横浜国際大学内で、爆発があったらしい」
後部座席でタブレットを見ながら、三ツ谷が言った。
「爆発? まさか、極東エージェンシーが……」
夏美の顔が青ざめていく。
「たぶん……」険しい表情で言う三ツ谷。「ついさっき、学生がツイートしてる。A号棟付近で爆発があったって。奥田が講演していた教場があるところだ。Σも、そして瀬尾さんも、そこにいる可能性が高い。残念ながら、争いが始まってしまっているのかも知れない」
「とにかく行って確かめるしかない。もう、極秘に動く必要はないよな」
そう言いながら、鷹西は赤色灯を出し車上につけた。そしてアクセルを踏み込む。
「さっきから気になっていたんですけど」夏美が三ツ谷を振り返る。「その荷物は何ですか?」
三ツ谷はデイパックを背負っていた。
「僕の秘密兵器がいろいろ詰まっているんだ」
どこか得意げに言う三ツ谷。
「秘密兵器、ですか……」
まるでゲームをしているような印象を受け、夏美は言葉が続かない。
「この先に待つのは、極東エージェンシーだけじゃない。瀬尾さんを追って、Σもやってきてるんだ。彼らは特殊装備をしている。対抗するにはそれなりの物がないとね」
「特殊装備……透明人間になるヤツだな?」
鷹西が訊く。
「そう。光学迷彩マントね。様々な企業や軍が開発を急いでいるけど、たぶん、アメリカをはじめ、いろんな国の特殊部隊でも導入されつつあるんじゃないかな」
「あれはでも、つけたままジッとしていないと意味がなかったんじゃぁ? 人や、あるいは軍用車なんかにかけて、隠れて偵察機なんかをごまかすような用途だったはずでは……」
夏美が僅かな知識を引っ張り出して訊く。
「うん。だけど、ジェロン社のはかなり実戦的になっていて、歩くくらいでは動きは見えないらしい。しかも、ズボンのベルトとバックルに仕掛けられていて、スイッチ一つで瞬時に作動可能だから、消えたり現れたりがあっという間なんだ。僕は、瀬尾さんがそうするのを見たよ」
「確かに、あの墓地では気配だけで動きはわからなかったな」
鷹西がそう言って夏美を見た。
頷く夏美。あの時、おそらく側に瀬尾はいた。だが、気配が感じられ、それが消えていく間、彼がどう動いたかまったくわからなかった
「白兵戦とか、激しい動きをすれば空間が歪んで見えてしまうようだけど、静かに動く分にはまったく透明なままらしい。大変な技術だよ。だけど、これがあれば……」
サングラスのような物を取り出し、かける三ツ谷.。
「な、何ですか、それ?」
「ジェロン社では単純にスコープって言ってるらしいけど、まだ開発途中で正式名はない。簡単に言うと光学迷彩を見破る眼鏡さ。透明になったように見えても、これを通せば、その部分が影のようになっていてわかるらしい」
「便利だな。俺たちのは?」
鷹西が訊くが、三ツ谷は首を振った。
「残念ながら、一つしかないんだ。瀬尾さんにもらった。調べて同じものを作りたかったんだけど、とてもそんな余裕はなかったよ。でも、他の対処法も考えてあるから」
「他の対処法?」
「うん。ここにね」デイパックをポンポンと叩く三ツ谷。「あと、僕は鷹西みたいに強くないし、夏美さんみたいに武道の達人でもないから、身を守るためにいろいろ持ってきた」
本当は争いの前に瀬尾と接触したかった。だが、それは難しい状況になってきたらしい。行く先には危険が待ち受けている可能性が高い。夏美は気を引き締め直す。同時に、もう一度三ツ谷を見た。
この人、大丈夫なのかな……?
そんな夏美の思いを感じとったのか、鷹西がチラリと視線を向けてきた。
「こいつはトリックスターみたいな奴だ。襲われてもあらゆる手段を使ってはねのける。それに、何だかわからないけど危険をすり抜ける運みたいなのを持ってる。今のところは、だけど。まあ、大丈夫だろう」
「うん。それに、僕は君達みたいにムキにはならないから。本当に危険な場合はササっと逃げるよ」
「君達、って一緒にしないで下さい」
「それは俺の言うセリフだぞ」
夏美と鷹西が横目で睨み合ったとき、前方に横浜国際大学の校舎が見えてきた。
その方角から、多くの人々が避難するように逃げてくる。
人の波が迫ってきて、これ以上は車で向かうのは無理だ。
鷹西が舌打ちして車を停める。
「仕方ない。足で行くぞ」
素早く降りる鷹西。
「はい」と応えて続く夏美。
サッと2人そろって走り出す。どちらも軽快で、まるで野生動物のような身のこなしだった。
「すごいなぁ。それに、あの2人、やっぱいいコンビだ」
ニヤっと笑うと、三ツ谷も遅れて走り出した。
SCENE 44 横浜国際大学 A号棟付近
奥田が佐々木や極東エージェンシーの者達に守られながら、教壇脇へと進んでいく。その先には控え室から外へ向かう通路がある。
瀬尾は即座に走り出した。すり鉢状になった教場を駆け下りていく。
そんな彼に、Σの隊員達が殺到する。
右から突き出されたナイフを避けるとともに、その腕をとって投げ飛ばす。左から向かってきていた2人の目の前にたたき落とした。
彼等が躊躇している間に、更に前へと進む。
左前方から振り下ろされた特殊警棒を左腕で受ける。前腕にプロテクターを付けているのでダメージはない。右でボディアッパーを見舞うと男は呻き声をあげて倒れた。
だが、その後から鋭い飛び蹴りが放たれ、瀬尾の右頬を掠める。着地した相手は更に横蹴りで襲ってきた。
後に飛んで避ける。続けて蹴りを繰り出してくるので、逆に瀬尾の方から体当たりをしていく。
肩で受けた蹴りの威力はほとんど消え、男はバランスを崩して倒れた。その顎を蹴り上げる瀬尾。
そしてまた奥田を追う。
その時、これまでより増して大きな爆発が起こった。
教場全体が揺れる。教壇奥、そして最上部の出入り口が破壊され、火の手もあがった。
3年前の爆発が思い出される。
こいつらは、またあの時のように……。
怒りが胸の奥から迸った。
「うおぉぉっ!」
雄叫びをあげ、振り返る。
追ってきていたΣの隊員達が、いきなり止まった瀬尾に驚き、一瞬息を呑む。
その隙を逃さない瀬尾。腰から特殊警棒を取り出し一瞬にして伸ばす。力強く翻し、あっという間に3人の横面や首筋を打ち据え倒した。
他の男達が後じさる。瀬尾は素早く振り返り、また走る。
奥田達も走り出した。教場を出て行こうとする。最後尾にはランバート。こちらに向き直り、瀬尾を待ち受ける体制をとった。鋭い目と手にしたサバイバルナイフがぎらつく。
戦うか――。
しかし、瀬尾はランバートに背を向けて逆方向に走り出す。教場を駆け上がり、火の手をくぐり抜けて外へ出る
ランバートをはじめΣの隊員達は、瀬尾の意外な行動に驚き対応が遅れた。
まさか、逃げていくとは……。
だが、瀬尾は逃げたのではなかった。この大学で会うことになってから、構造はしっかりと頭にたたき込んできた。奥田達がどう移動するか、予測できる。
まずは、奥田と佐々木を抑える。Σとやり合うのは、その後でいい。
教場を出た瀬尾は、目の前の塀をスルスルとよじ登り、A号棟の中央吹き抜けを飛び降りた。すぐ下になる2階の塀に飛びつくと、それを乗り越え階段で更に下へ。
奥田達が外へ向かっているのを追う。
Σ達が瀬尾を追って教場を出た頃には、既にその姿は見えなくなっていた。
チッ、と舌打ちするランバート。目まぐるしく思考を巡らせる。
「カモンッ!」
部下達に呼びかけ、ランバートも奥田を追った。
SCENE 45 横浜国際大学 学内
夏美と鷹西は、逃げ出してくる学生や大学関係者の波をかき分けるようにしながら、ようやく大学正門前に着いた。
同時に、また爆破の音が響いてきた。A号棟の方角からだ。
「あの爆破は、3年前と同じように、奥田や極東エージェンシーが……」
険しい表情になる夏美。
「ああ。爆発を起こし、騒ぎにして、それに紛れて瀬尾を始末してしまおうと思っているんだろう。今度は過激派の大学テロかなんかに見せかけるつもりか?」
鷹西が、最後は吐き捨てるように言う。
「許せない……」
怒りを瞳の奥に滲ませる夏美。その横顔を鷹西が見つめてきた。そして「ああ、許さないさ」と頷く。
ん……?
2人が異変に気づく。
逃げ出してくる人々は次第に減ってきた。だが、その中に紛れ、目つきの悪い男達がこちらに近づいてくる。10人以上いた。
他の人々がいなくなっても、その連中だけは立ち止まり、睨んでくる。
「噂をすれば、その極東エージェンシーの連中らしい」
鋭い視線を向ける鷹西。
「私たちの存在が、よっぽど目障りらしいですね」
夏美も臨戦態勢をとる。特殊警棒を取り出し、一振りして伸ばす。
「そうだな。だが、今はそんなに相手をしているヒマはない。瀬尾や奥田を探すのが先だ。振り切って先へ走るぞ」
「わかりました」
夏美が頷く。そして2人、素早く動き出す。
男達が殺到してくる。警棒やナイフを持つ者もいる。
夏美はその合間を縫って駆ける。
右から繰り出されるナイフを紙一重で避けると、膝を曲げ身を屈める。同時に回転しながら蹴りを繰り出し「えいっ」と相手の足を刈る。
男は背中と後頭部を路面に打ちつけ、動かなくなった。
夏美の上から別の男が警棒を振り下ろす。
立ち上がる動作とともに素早く横にジャンプして避ける夏美。
慌てて振り向く相手の喉元に「やっ!」と警棒で突きを打ち込む。
あっという間に2人を倒す。だが、敵は多人数だ。次々に襲いかかってくる。
ナイフを警棒で受け、同時に横から来る別の男の膝へ横蹴りを打ち下ろす。
そして、さっと身を翻して構えなおす。
そんな夏美の前に、男達がまた立ちふさがる。
気を取られた隙に後ろから襲いかかってくる。慌てて振り向くが、男に両肩を掴まれ、小柄な夏美の身体は振りまわされてしまう。
あっ! きゃぁぁっ!
怯んだ夏美を押し倒そうとする男。
だが、夏美は冷静さを失わなかった。倒される勢いを利用して「やぁっ!」と巴投げで男を宙に舞わせる。
次の攻撃がくる前に、素早く体勢を立て直す夏美。警棒を構えると、またしても男達が取り囲んでくる。
うう……。キリがない。
離れた場所では、鷹西が大男を一本背負いで投げ飛ばしていた。
振り向きざま、掴みかかってきた別の男に前蹴りを繰り出し悶絶させる。
その横からナイフを突き出してきた男の腕を捕らえる鷹西。関節を逆に決めてナイフをたたき落とす。そしてその男を体落としで叩きつけ、迫ってきた他の男達を怯ませる。
やはり、彼もなかなか進めない。
この十数人全員を倒さなければ、先へは行けないのか?
厳しい状況に焦りが募る。
その時、爆弾ではない爆音が響いた。
この音は……?
「夏美ッ!」と絵里の声。
そして「鷹西っ!」という城木の声も同時に聞こえてくる。
え……?
夏美も鷹西も、そして敵の男達も皆、声と爆音の方を見る。
2台のバイクがこちらに向かってきた。
交通機動隊の制服姿で絵里が乗る白バイ――。
城木も同様に大型のバイクに乗っていた。彼の後ろには、ちゃっかり三ツ谷が同乗している。
すごい勢いで迫る2台のバイク。夏美を守るかのように、彼女を囲んでいた男達の輪に突入して急停車する。
極東エージェンシーの者達が慌てて後退る。
「夏美、早苗さんから事情は聞いたわ。あなた達は、先に行きなさい」
絵里の言葉に息を呑み、顔を見合わせる夏美と鷹西。
「ここは俺達にまかせろ。最近はぬるい事件ばっかりで体が鈍りそうだったんだ。ちょうどいい」
言いながら、城木がエンジン音を更に響かせる。
彼のバイクから三ツ谷が飛び降りた。
「あの2人、誰にも接触もせずに猛スピードで人波を駆け抜けてきた。バイクも身体の一部みたいになってる。ものすごい運転技術だよ。まかせて行こう」
バイクの音に負けないよう叫ぶ三ツ谷。それを受けて、夏美と鷹西が頷く。
「わかった。頼んだぞ、城木」
「絵里さん、気をつけて」
「それはこっちのセリフよ」
夏美の言葉に親指を立てて応える絵里。
次の瞬間、2台のバイクはまるで水を得た魚――それこそ荒ぶる鮫のように躍動し始める。
極東エージェンシーの男達は、最初は武器を手に襲いかかったが、バイクの勢いに次々と倒されていく。
ある者は前輪で打ち据えられ、ある者は後輪に弾かれ……。
次第に、逃げまわるしかなくなる男達。
2人はバイクを駆使し、次々と蹂躙していく。
「うわっ」「ぎゃぁ」という叫び声が響いた。
凄いな……。
夏美は走りながら振り返り、感嘆する。
あの2人、いつの間にか最強タッグになってる。
「なんか、君らのまわりにはやっぱり特殊な人が集まるのかな?」
三ツ谷が息を切らせながら言った。
「お前が言うな」
鷹西が肩を竦めていた。
混乱が拡がっていく中、夏美はどうする? 17話に続く↓