長編小説「Crisis Flower 夏美」 第8話
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※週1~3話更新 全18話の予定です。
SCENE 16 移動中の鷹西 襲撃2
押さえつけられながら、鷹西は夏美のことを思い出していた。
生意気で、じゃじゃ馬で……。だけど、可愛くて……。
……あいつがさらわれる? ダメだ。そんなこと、許さない。
「うおおっ!」
叫びながら、もがく鷹西。
だが、男達の力は強く、しかも関節を極められていて、ふりほどけない。
次に思い浮かんだのは、三ツ谷の姿だった。
あいつは、体力も身体能力も大したことないのに、いつも窮地を切り抜ける。なぜか? それは、優れた頭脳を持ち、トリックスター的な機転が利くからだ。
そう、力業だけが武器じゃない……。
鷹西はフッと笑みを浮かべ、前の木刀男を睨む。
「なんだ? これから存分に殴ってやるから、覚悟してろよ」
木刀の先を突きつけてきた。だが、鷹西は嗤う。
「ハハハッ! 馬鹿だな、おまえら」
「何だと?」戸惑い、男達が目配せし合う。「こいつ、おかしくなっちまったか?」
「おかしいのはおまえらだ」鷹西が嗤いながら叫ぶ。「俺達が一人ずつ動いていたとでも思っているのか? まんまと引っかかったな。俺は囮さ。後ろを見てみろ、もう包囲されてる。観念しろ」
「な、なに?」
慌てて男達が振り返る。
隙ができた。男達の力が一瞬緩む。
その機を逃す鷹西ではなかった。
右腕を掴む男が戸惑っているところに、思い切り額をたたき込む。頭突きだ。それが鼻先に決まり、右の男は鼻血を飛び散らしながら、腰砕けになって崩れ落ちていく。
左腕を抑えていた男が振り向くが、鷹西はそれよりも更に鋭く動き、右肘をそいつの顎に叩き込んだ。
ぐわぁ、と叫んで男は倒れる。
木刀男が一歩跳び下がり構える。
「悪いな」と鷹西。「無難に取り押さえたいところだったが、今は別だ。手加減してやる暇はない」
グッと体を屈める。アメフトのFFP――ファンダメンタル・フットボール・ポジション、あるいは相撲の立ち会い前の姿勢。
木刀男が打ち込んでこようとそれを振り上げる。
鷹西はかまわず突っ込んでいった。そのスピードは、さすが元オリンピック代表級スポーツ選手だ。
男が木刀を振り下ろすよりコンマ何秒か前に、鷹西がその腰めがけタックルする。
そして、男の体を持ち上げ、振り下ろすようにして地面に叩きつけた。
ぐぎゃぁっ!
惨めな叫び声をあげ、木刀男は目を剥きながら体を痙攣させている。
振り返りざま、鷹西は倒れていた左右の男達の顎を順番に蹴り上げる。
あっという間に、無残に横たわる男達3人。
見下ろしながら、鷹西はフッと息を吐く。
「足りないよ。今度は10人くらい連れてこい」
そう言い放ち、走り出す。
途中、この辺りの管轄である港西署の刑事に連絡をし、男達を連行してもらう手はずをとった。
そして、夏美のスマホを呼び出そうとする。
だが、出なかった。
夏美――。あの、憎らしい……けど可愛い顔が目にうかぶ。
位置情報サービスを起動させる。お互い居場所をすぐに特定できるようにしてあった。
確かめると、駆けつけるには距離があることがわかり舌打ちする。
交番が目についた。横にバイクが停められている。
「県警の鷹西だ!」駆け寄りざま制服警官達に叫ぶ。「これ借りるぞ」
唖然とする警官達。それを尻目に、鷹西はバイクを勢いよく発進させる。
待ってろ、夏美。今助けるからな!
SCENE 17 工事現場
「刑事といっても、所詮は小娘だな」
その言葉が、夏美の脳裏に響き渡った。
そう、私は刑事でしょ? なにやってるの!
慌てずに、平常心を保っていれば、たいていの危機は何とかなる――そう教わったしそれを実践してきたはずなのに、こんなふうに突然襲われると、取り乱してしまう。そこが、私の未熟さだ……。
ダメだなぁ。しっかりしろ、夏美!
強く自分に言い聞かせる。
大男に吊り上げられながら、夏美は落ちつくために深呼吸をした。そして、自らがおかれた状況を冷静に見直す。
「さて、そろそろ連れて行こうか。この小娘、とんでもない上玉だ。たっぷりと可愛がってやろう」
スキンヘッドが言う。
「いや。お願い。助けてください!」
吊られたまま、夏美は顔を何度も振って哀願する。
「静かにしろって、言ったろう」
大男がまたしても夏美の顔を握りしめようとする。
その瞬間を、夏美は逃さなかった。
大男の指に噛みついて怯ませる。そして、足を勢いよく振り上げた。全身のバネを使って飛ぶようにする。掴まれていた両手首を振りほどき拘束から逃れた。
着地すると同時に「やあっ!」と大男の膝頭を思いきり踵で蹴る。
大男は後退り、腰から崩れ落ちる。
「こいつっ」と掴みかかってきたスキンヘッドの腕をかいくぐり、その背中に後ろ回し蹴りを放つ夏美。
スキンヘッドは前屈みになって倒れた。
スーツ男が攻撃態勢になる。空手のような構えだった。
夏美も身構える。表情は引き締まり、さっきまで泣き叫んでいたのとは別人のようだ。
スーツ男が鋭い前蹴りを放ってきた。
スッと後ろへ跳び退り避ける夏美。
更に回し蹴り、ローキックと繰り出してくるスーツ男。
そのことごとくを紙一重で受け流し、次に繰り出されたストレートパンチを回転しながら避けると、夏美は「えいっ!」と手刀を後頭部にたたき込む。
スーツ男も前屈みになり、そして倒れた。
夏美は素早く前方回転し、さっき捨てられていた警棒を手にする。
男達がゆらりと立ち上がった。「この小娘」と凶悪な目つきで睨んでくる。
夏美はそれをまっすぐに受けると、警棒を伸ばし構える。
男達が息を呑んだ。そこには、脅えきっていた小娘とは違う、まるで獲物を狙う猫型動物のような、キラリと光る瞳があった。
「よくも、こんな酷いことを……」夏美は男達を睨み据える。「覚悟してくださいっ!」
言うが早いか、男達目指して凄まじい早さで突き進んでいく。
彼らは反撃する猶予を与えられなかった。
夏美は警棒で大男の咽元に突きを見舞うと、振り返りざまスキンヘッドのこめかみを打ち据えた。横でスーツ姿が飛び退いて逃げようとするのに合わせて踏み込み、脳天に面を打ち込む。
あっという間に男達は崩れ落ち、無力な木偶に成り下がった。
これが、冷静になって本気を出した夏美だ。この程度の男達など、ものともしない。
ふう……。
一息つくと、ヨレヨレになったTシャツの襟首を見てガックリと顔を伏せる夏美。
このTシャツ、気に入ってたんだけどなぁ……。
その時、バイクの激しいエンジン音が工事現場に響き渡った。
他にもいるの?!
再び臨戦態勢をとる。
しかし、次に聞こえてきた声に唖然とした。
「夏美、どこだ? 今助けるぞ!」
鷹西だ。これまで聞いたことのないほど必死そうな声……。
ガシャン、という音がした。おそらくバイクを乗り捨てたのだろう。
「夏美、どこにいる?」
叫ぶように言いながら、鷹西が現れた。
え? と目を見開き、キョトンとする夏美。
「夏美? 大丈夫か?」鷹西が駆け寄ってきて、彼女の肩を両手でギュッと強く掴む。「無事だったのか?」
「い、痛いです」と応える夏美。当たり前のように両肩を掴まれ、ドキリとした。
「あ、ごめん」手を離す鷹西。「いや、無事だったんだな。良かった」
鷹西が心からホッとしたような表情になる。
夏美は思わず胸がキュンとした。
私を心配して、こんなに必死になって駆けつけてくれたんだ……。
鷹西が視線を巡らせ、凶悪そうな男3人が無残に倒れているのを見て愕然とする。
「これ、夏美がやったのか?」
「え? ええ、まあ……」
「やっぱりすごいなぁ、おまえ……」
まじまじと見つめてくる。
おまえとか、呼び捨てとか……文句を言おうとして、だが夏美は思いとどまる。
今は、まあいいか……。
鷹西の目が下に向く。ヨレヨレにされてしまったTシャツの襟が……。
「あ、あんまり見ないでください」
思わず胸元を両手で押さえ、夏美は彼に背を向けた。
SCENE 17 工事現場②
どうしよう……。
鷹西は、夏美の背中を見ながら胸の高鳴りを抑えるのに必死だった。
可愛い。抱きしめてしまいたい……。
恥じらうようにしている彼女を見ているだけで、これまで絶対に甘い顔はしないと決めていた意思が、粉々に崩れ去っていく。
気持ちの乱れを整えるために、視線をあちこちに向ける。
夏美のジャケットが落ちていた。それを手に取り、砂埃を払う。
そして、彼女の背中からかけてやる。
「とにかく、無事で良かった」
え……? と夏美が息を呑むのがわかった。
SCENE 17 工事現場③
な、なに……?
なんでこんなに優しいの? これまでと全然違うじゃない。
夏美は鷹西にジャケットをかけられると、ゆっくり振り返り彼の顔を見た。
目が合う。鷹西が戸惑いながらもそっと肩に手をかける。
あ……。
夏美は思わず、額を鷹西の胸に預けた。
「怖かったです。私、すごく怖かった……」
鷹西は最初慌てているようだった。しかし、しばらくして、夏美の頭に手の平をのせ優しく撫でてくれた。
「遅くなってごめん」
彼の声はいつになく優しかった。
夏美はついに、体ごと鷹西に預けるようにした。
鷹西が躊躇いつつも彼女の華奢な体に手をまわし、しっかりと抱きしめる。
静かな時が流れた。2人の鼓動、息づかいが、次第に一つになり……。
………………………。
………………………。
……そこで、パトカーのサイレンが聞こえてきた。
はっ!?
2人、慌てて体を離す。
な、なに? なに? 私今、何してたの?
目を伏せ、胸の高鳴りを必死に抑える。
ば、ばか……。こんな時に何してるのよ。夏美、しっかりしなさい!
SCENE 17 工事現場④
くそう……。
心の中で舌打ちする鷹西。
腕に、そして胸に、夏美の柔らかな感触が残っていた。
もうちょっと、抱きしめていたかった。
……って、ばか! なに言ってんだ、俺?
慌てて首を振る。
パトカーは工事現場の前で停まった。
やはり港西署の知り合いに、こちらにも人をまわすよう連絡しておいたのだ。
数名の制服警官がやってきた。
「県警捜査一課の鷹西です。こいつらを連行してください」
警官達が、倒れていた男達を引っ立てていく。
「あの男達は、私のことを知っていました。余計なことをするからだ、と……」
夏美が言う。目は刑事のそれに戻っていた。少し残念に思う鷹西だが、彼も意識を戻す。
「ああ。俺も似たような連中に襲われたんだ。そいつらもそんなことを言っていた」
「え? 鷹西さんも?」
「どうやら、3年前の爆発事故、いや、事件か。それを調べられると不都合な連中がいるらしい。そいつらの差し金だろう」
「ということは、やっぱりあの事件の裏には何かが隠されている……」
深刻そうに言う夏美。
「そういうことだ。そしてそれは、本牧の事件や、数々の目撃情報がある透明人間の件ともつながっている」
頷き合うと、警官達の後に続き工事現場を出る。
そろそろ夕刻になろうとしていた。
SCENE 18 港西警察署
鷹西と夏美は、いったん港西署へ身を寄せた。刑事課の片隅で一息ついている。
ここは鷹西の古巣でもある。刑事課には顔見知りが多い。そのうちの一人、城木良幸に襲撃してきた男達を預けた。
一瞬で騒然となった。何しろ、現役の刑事2人を堂々と襲ってきた男達が6人、一気に運び込まれたのだから。
「全員だんまりを決め込んでるよ」城木が言った。「所持品を調べたけど、身元につながる物は何も持っていなかった。スマホもプリペイドSIMだ。たぶん、荒事をするヤツは身軽になってきて、別に離れて車で待機しているヤツがいたんじゃないか? 6人とも負傷しているんで、その手当を終えてから本格的な取り調べに入るよ」
「手当なんていらないだろう、あんな連中」
吐き捨てるように言う鷹西。
「そうもいかないって」苦笑する城木。そして夏美の方を向く。「大変でしたね。ケガがなくて幸いです」
城木お得意の爽やかスマイルだ。こいつ、と横目で睨む鷹西。
「あ、ありがとうございます」
ペコリと頭を下げる夏美。
「噂以上の方ですね。まさに可憐な花だ。いや、それでも言葉が足りない。お目にかかれるなんて、光栄です。殺風景なうちの署が、一瞬で輝きを増したようだ」
「い、いえ、そんな……」
歯の浮くような城木の言葉に、戸惑う夏美。
「おまえ、相変わらずチャラいな」
鷹西が憮然としながら言った。こいつは口が上手く、見た目も良いので女性にモテる。
「何だ、ジェラシーか?」と城木が笑う。
「ば……」ムッとする鷹西。「馬鹿言ってんじゃない。何でこいつのことで……」
言いかけて夏美を見ると、彼女は口を尖らせ、厳しい目つきで睨んできた。
い、いや、だから……と慌ててしまう。さっきの感触がまた甦る。
その時、署の裏側から大型バイクのエンジン音らしいものが響いてきた。そして急ブレーキ。
「今日はやけに騒がしいな?」
城木が怪訝な表情になる。
フロアを誰かが勢いよく駆けてくる。そして、その人物は刑事課に飛び込んで来るなり皆の視線を独り占めにした。
ピッチリとした黒のライダースーツを着こなしている、見事なプロポーションの美女。可愛らしいタイプの夏美とは異なり、クールビューティという言葉が似合いそうだ。
見覚えがあった。そうだ、白バイの夏川絵里。何でここに?
「夏美ッ! 大丈夫だった?」
絵里は夏美を見つけると、駆け寄って肩を抱く。
「え、絵里さん、大丈夫です。すいません、心配かけて」
「もう、ムチャばっかりしてるからよ。ほら、着替え」
絵里が紙袋を差し出した。さっき夏美が誰かに連絡していたが、それは彼女に着替えを頼んだのだろう。この2人、知り合いだったのか。それも、かなり仲が良さそうだ。
「ありがとうございます。助かります」
頭を下げる夏美。その肩をぽんぽんと叩くと、絵里は鷹西の前にズイと身を乗り出す。
「ちょっと、鷹西さん。ちゃんと守ってあげなきゃダメじゃない。夏美にもしものことがあったら、私、許しませんからね」
「い、いや……」タジタジとなる鷹西。「俺も襲われたんだけどな……」
「鷹西さんのことなんて聞いてないの。この娘が傷負ったりしたら、あなたを白バイではね飛ばしますからね」
こ、怖っ……。ゾクッとする鷹西。
「まあまあ、2人とも無事だったんだし」と宥めるようにする城木。
言われて絵里が城木を見る。その後ろの方から、他の刑事や制服警官達がこちらを興味深そうに眺めていた。男どもの目尻は明らかに垂れ下がり、鼻の下が伸びている。
「あ、やだなぁ、私ったら……」
慌てて愛想笑いをする絵里。
「いや、みんな喜んでいるんですよ。県警の美女が2人そろってやってくるなんて、奇跡みたいですからね。今日が非番じゃなかったことに心から感謝してます」
絵里と夏美が、城木の言葉に顔を見合わせる。絵里は笑いながら「お上手ですね」と彼の肩を叩く。夏美は恥ずかしそうに下を向いた。
城木のヤツ……と忌々しく思う鷹西。こいつの口、ホチキスでとめてやりたい。
落ちつく暇もなく、新たな足音が刑事課に近づいてきた。そしてその人物が姿を見せると、刑事達が立ち上がり、敬礼する。
「月岡、襲われたんだって?」
徳田だった。その後ろから立木も現れる
「え? は、はい。まあ……」立ち上がって応えようとするが、うまくできない夏美。
「2人とも無事ですよ」
鷹西が応えると、徳田はチラリとだけ視線をよこす。そして「おまえはどうでもいい」
なんだよ。みんな、俺のこと蔑ろにしすぎじゃね?
仏頂面になる鷹西。
立木が歩み寄ってきた。
「そうふくれるな。おまえが簡単にやられるヤツじゃないことは、みんなわかっているのさ」
ふっ、と笑いながら言う立木。そして、目立たないように鷹西に視線をよこし、真剣な表情になる。
「実はな。例の極東エージェンシーが、あの事件後からきな臭い動きを見せている。裏に荒事を扱う秘密の部署があるらしいんだが、そこが慌ただしい動きを見せているという話があるんだ。おまえ達を襲ってきたのも、そいつらかもしれない」
「極東エージェンシーが?」
怪訝な表情になる鷹西。確か三ツ谷のメモにも極東エージェンシーの企業名が書かれていた。いったいどうつながっているのだろう?
「月岡を襲った3人はどこにいる?」
徳田の声が怒気を含んでいた。
「今、手当てをしていますが」
恐る恐る応える城木。
「終わったら教えてくれ。俺から話をする」
「班長が?」
声をあげたのは夏美だった。鷹西も驚いて目を見張る。城木や絵里さえ唖然としていた。その光景を見ながら、立木が苦笑いする。
「刑事を襲うなんていう大それたことをしたんだ。最初に一喝する必要があるだろう。徹底的に後悔させてやる」
徳田の目つきが鋭くなる。
やれやれ、かわいそうに、と思う鷹西。夏美を襲った連中のことだ。「鬼神」の異名をとる徳田。取り調べをうけた相手は長期間悪夢に苛まれるという。
鷹西が苦笑しながら肩をすくめる。そして夏美を見ると視線が合い、彼女も微笑んだ。
SCENE 19 移動中の三ツ谷
エンジンをかけると、三ツ谷はハンズフリーで長瀬に連絡を入れた。
「もしもし?」と怪訝そうな声が聞こえてくる。おそらく見知らぬナンバーだからだろう。
「僕だよ、長瀬。三ツ谷だ」
「三ツ谷君?」声が大きくなった。だが、すぐに小声に戻り「今どこなの? 何をしているんだ?」
「そこ、人がいるの?」
「いや、大丈夫。廊下にいたけど、今、君のラボに入った」
研究所内で信頼のおける長瀬だけには、三ツ谷のラボの鍵を預けていた。
「ごめん。どんな状況か聞きたくて。僕は手配されているんだろう? それは知ってる」
「ああ。3日前だったかな。変な連中がこのラボを調べていったよ。かなり荒らされていたから、適当に整理しといたけど」
「ありがとう。まあ、そこには大した物は置いてこなかったから、心配はいらないよ」
「そういえば、君専用のパソコンもなくなってたね。持って行ったんだな」
「うん。あの中身を全て処理しきるには、時間が足りなかったから」
「3年前の爆発について調べ直しているのかい? 本牧の殺人と何か関係があるの?」
「聞かないほうがいいよ。長瀬まで巻き込むわけにはいかないし」
「僕だって、できることは協力するよ」
長瀬が力強く言った。ありがたいと思うが、今は気持ちだけ受けとっておこうと思う。
「それに」と長瀬が続けた。「一昨日、鷹西さんが来た」
「鷹西が?」意外に思う。いつもは彼の無茶を諫める側だったのだが、今は逆になったかな、とつい笑ってしまった。「どうしてまた、あいつが?」
「なんか、あの人も本牧の殺人事件を調べていているみたいだった。で、君が何かしようとしているなら、協力したいとも言っていたよ。信頼できる人だし、頼ってもいいんじゃないか?」
鷹西と協力か……。確かに頼もしい。でも、今、合流すべきだろうか?
「それにさ」となぜかちょっと嬉しそうに言う長瀬。「鷹西さんと一緒に、捜査一課の可憐な花も来たんだ」
「え? 可憐な花……。月岡夏美巡査?」
「そう。すごく間近で見ちゃったよ。メチャクチャ可愛かったぞ。いいなぁ、あんな人も君のことを探してる」
何を惚けたこと言ってるんだ、と思いながらも、三ツ谷も少し胸が高鳴った。
遠くからチラッとその横顔を見たことがあるが、本当に花のようで、なぜ刑事などやっているのか不思議に思ったものだ。
あの人が、鷹西と組んでいるのか? なんか、あいつが憎らしくなってきた……。
「あの2人が所属しているのは、徳田班だろう?」
長瀬が続けて言った。意識を戻す三ツ谷。
「そうだね。あの班は、県警捜査一課の中でも特に独立色の強いグループだった。徳田班長が良い意味でクセが強かったな」
「君が抱えていることも、相談すれば力になってくれるかもよ?」
そうかもしれない。だが、タイミングが難しい。今の状況では、おいそれと合流するわけにもいかない。
「考えてみるよ」
とりあえず礼を言い、電話を切る。
鷹西と、チラッとしか見たことのない月岡夏美……その姿を思い浮かべ、三ツ谷はフッと笑った。
美女と野獣、か……。
夏美と鷹西の仲が……。第9話に続く↓