長編小説「Crisis Flower 夏美」 第14話
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※週1~3話更新 全18話の予定です。
SCENE 37 山手警察署駐車場
特別捜査本部を飛び出すと、夏美は鷹西に続き駐車場へ向かう。極東エージェンシーの佐々木をマークするつもりだった。
鷹西個人の車を使うことになっていた。警察車両だと動きを追われる恐れがある。
「普通の車ですね」
夏美が意外そうに言う。黒のカローラ・アクシオだった。街にとけ込むのに最適だ。だが、鷹西のイメージとは合わない。
何となく、彼と2人きりで車で移動する、という状況にときめきを感じそうになり、慌てて別の話題を探した感じだ。
「普通? どういう意味?」
怪訝な顔になる鷹西。
「もっと派手な車に乗っていると思ってました」
「捜査に使うこともあるからな。目立つのには乗れないだろ。っていうか、俺のイメージ、どうなってんの?」
「うーん、ジープとか……」
「確かに似合うかも知れないね」と聞こえてきた声は、全く別の人物からだった。
「え?」
「ん?」
2人して声の主を探す。
制服の警察官が一人鷹西に近づき、立ち止まると敬礼した。帽子を深々と被っており、顔を隠しているかのようだ。夏美よりちょっと背が高い程度で、男性としては小柄な方だろう。
「確か以前、ジープで世界中をまわってみたいとか、子供みたいな顔して言っていたよね、鷹西?」
警官がそう言うと、鷹西はハッとなり目を見開いて驚く。
「三ツ谷? 三ツ谷じゃないか! 何やってんだ、こんなところで」
「ええっ?!」
夏美も唖然としてしまった。秘密裏とはいえ手配されているはずだ。それなのに、まさかこんな所に堂々と……。
「木を隠すには森に、人を隠すには街に、警察官を隠すには警察に、ってね。僕の変装、見事でしょ? いや、実際に警察官だから変装っていうわけでもないか」
三ツ谷は帽子をとると、それこそ子供の様な笑顔で言った。
「あ、あなたが三ツ谷さんですか……」
思わずしげしげと見つめる夏美。
「あっ」息を呑み夏美に視線を向ける三ツ谷。「月岡夏美さん、ですね」
この人はいったい……。
夏美は目の前の男性に見入った。科学捜査研究所に自分のラボを持ってしまうほどの資質を持ち、多くの刑事達に一目置かれているということだが、穏やかな少年の様に見える佇まいからは圧力など感じられない。
「本当に羨ましいなぁ、鷹西。こんな人と一緒に行動できるなんて。可憐な花、かぁ。いや、僕からすると、妖精みたいだ」
「そ、そんな……」
思わず頬に手をあて恥じらってしまう。妖精なんて言われたのは初めてだ。
チラッと見ると、鷹西が横目でシラーっとした視線を送ってきていた。
「いえ、そんなことより……」焦って真顔に戻る夏美。「どうしてここに?」
「もちろん、協力し合おうと思ってきました」胸を張る三ツ谷。そして鷹西を見る。「大詰めだよ。急いでやりたいことがあるんだ。県警本部へ行きたい。一緒に来てくれ」
「県警本部?」
同時に声をあげ、顔を見合わせる夏美と鷹西。
「すごく息が合ってるね。もうそんなに仲良くなってたんだ」
ニヤッとしながら見つめてくる三ツ谷に、慌てて目をそらす2人。
「ええと……」と三ツ谷が再び夏美を見た。頭から足の先まで視線を行き来させている。
「な、何ですか?」
「身長160センチ、スリーサイズは上から80、55、82、かな?」
「な、な、何を……」息を呑み、真っ赤になる夏美。思わず胸やウエストに手をやる。
「当たったでしょ?」と得意げな三ツ谷。
「こ、この人、ひっぱたいていいですか?」
夏美は鷹西に訊いた。
「いや、それより、警棒を思い切り脳天に喰らわせてやれ」
即座に応える鷹西。苦々しい表情になっていた。
「わかりました」
「ちょ、ちょっと待って。場を和ませようとしたんだってば」
警棒を手にした夏美に、慌てて手を振る三ツ谷。
「和んでません。思いっきりセクハラじゃないですか!」
その時、山手署から数名警官達が出てきた。
「おっと、まずい。急ごう」
三ツ谷は顔を隠す。そして、そそくさと後部座席に乗り込んでしまった。
呆れて再び顔を見合わせる夏美と鷹西。仕方なく、鷹西が運転席へ、そして夏美が助手席に向かう。
「ところで……」ハンドルを握りながら鷹西が夏美を見る。「あれ、当たってたのか?」
キッと睨みつける夏美。
「知りませんっ!」
言い放ち、肘を彼の胸元へ突き刺す。
「うわっ!」と叫び、しばし苦悶の表情を浮かべる鷹西。
「なんか、過激なコンビだね」
後から、三ツ谷の楽しそうな声が聞こえてきた。
SCENE 38 車内
「おまえの方から現れたっていうことは、この件の全容がつかめたのか?」
運転しながら鷹西が三ツ谷に訊いた。
夏美もチラリ、と振り返る。
「うん。概ね」当たり前のように言う三ツ谷。「瀬尾さんがデータをくれたんで、なんとかね」
「瀬尾が?」
鷹西が驚いて後ろを見る。
「君達のおかげでもあるんだ」
「え?」と2人がまた顔を見合わせた。
「瀬尾美咲さんのお墓参りをしてくれたんだって? その時に、何か訴えかけたそうだね。それが胸に響いたらしい。君達のような警察官がいることが、瀬尾さんにとって大きな希望になったようだよ。よかった」
少なくとも、気持ちは伝わっていた……。
夏美はあの時のことを思い出し、こそばゆく感じた。運転席では鷹西も照れくさそうな表情をしている。
「彼はこれから何をするつもりなんだ?」
鷹西が続けて訊いた。
「それをつきとめるためにも、今県警に向かっているんだ。最終ターゲットが極東エージェンシーの佐々木と、民事党の奥田浩三である事は判明した。そして、連中と瀬尾さんはどこかで会うことになったらしい。もしかしたら今日かもしれない。だから、早急に彼等のスケジュールを探りたい」
「奥田? 全ての黒幕は与党民自党の奥田浩三?」
目を見張る夏美。鷹西も息を呑む。僅かながら視線を合わせた。思わぬ形で最終的なターゲットが判明したことに驚く。
「うん。ジャーナリストの森田氏は、その証拠を掴んだ。確実な物証というわけじゃないけど、それがあれば連中を追い詰められる可能性のあるものだ」
「それは、何ですか?」
会話は2人に任せようと思っていた夏美だが、思わず口を挟んでしまう。
「奥田が山下に出した指示なんだ。極東エージェンシーとΣ――つまりジェロン社の特殊部隊が協力して、裏社会に武器を供給していた。暴力団や半グレのグループ、過激派なんかにね。そこで使用させることは、実験にもなっていたんだけど、それに気づいて公安警察なんかが捜査をしようとしたのを、山下に止めさせた。その指示書だよ」
「指示書? そんな物があるのか?」
「もちろん正式な文書じゃない。残しておく訳にはいかないからね。でも、何らかの形でやりとりを詳細にしておかないと、うまくいかないでしょ。連中としても考えたんだと思うよ」
「まさか、メールや電話っていうわけにはいかないよな?」
「うん。そんなのすぐに傍受される。だから、工夫したんだろうね。でも、考えてみると古典的なやり方だった」
「いったいどんな?」
「昔、元CIAの長官が不倫相手との連絡方法に使っていたやり方だよ。フリーメールのアカウントとパスワードを共有するんだ。で、実際にメールのやりとりなんかはしない。傍受されるに決まってるからね。下書き機能を使うんだ。下書きのままならネットの海に飛び出していくことはない。アカウントを共有していれば、どこからでも読める」
そんな方法で……?
2人のやりとりを聞いていた夏美は唖然とする。
鷹西は記憶にあったらしく「なるほど」と応える。
「確か、元CIA長官のって、不倫相手がかってにバラしちゃったんだよな。嫉妬かなんかで。つまり、それがなければバレなかった。簡単だけど、極秘の連絡には便利な機能というワケだ」
「もちろんワンポイントでアタックすれば見ることはできるだろうけど、下書き機能でそんなやりとりをしてるなんて、なかなか思われない。ましてや、政府の要人や警察官僚がね。フリーメールなんて山ほどあるし、盲点と言えば盲点かも知れない」
「それを、森田氏は突き止め手に入れた。更に取材を進めていこうとしたところを、狙われてしまった……」
悔しそうに言う鷹西。夏美も目を伏せる。
「うん。だけど、そのデータは残っていた。瀬尾さんが執念で手に入れたんだ。あと、ジェロン社からは、非合法なやり方で日本の裏社会に流した武器類に関するデータ、いわゆる帳簿みたいな物も手に入れている。取引先の名称には、日本の財界で中枢に位置する企業もあるみたいだ」
「そんな物が表に出れば、大騒ぎになるな」
「ただね……」初めて険しい表情を浮かべる三ツ谷。「ジェロン社のバックには、ペンタゴンがいる。うまくやらないと、表に出す前に潰される」
「アメリカ合衆国様々、か……」
忌々しそうな表情の鷹西。
「それに関しては、僕にちょっと考えがあるんだ。危険な賭けだけど」
「え?」声をあげる夏美。「アメリカを相手に、ですか?」
「まあ、そうなるのかな……」
ウインクを返してくる三ツ谷。
この人は、いったい何を考えているのだろう?
鷹西も怪訝そうな表情で、チラリと後ろを見る。
「まあ、それは後で説明するとして、今は、これを見てよ」
三ツ谷が懐から用紙を一枚取り出した。男達数名の顔写真がプリントアウトされている。
助手席の夏美が受け取った。そして見ると、急激に嫌悪感が蘇る。
「こ、この男とこの男、工事現場で私を襲ってきた極東エージェンシーの……」
鷹西がチラリと視線をよこす。そして別の男を顎で示し「そいつは同じ時に俺に木刀を振り上げてきたヤツだ」
「いや、鷹西はどうでもいいけど、夏美さん、こいつらに襲われたの?」
「何でそういう言い方するのかなぁ、みんな……」
憮然とする鷹西。三ツ谷がそれを「まあまあ」とばかり手で抑えて夏美を見る。
「え、ええ。ちょっとピンチでした。胸とか触られちゃったりして……」
嫌な気持ちが背中を逆なでする。思わず両手で自分の肩を抱いた。
「何だと?」ハンドルを握る鷹西の手に力が込められた。目つきが鋭くなる。「ぶっ殺しておけばよかった……」
乱暴な言い方ではあるが、それを聞いて、夏美は思わず胸が高鳴った。
「そいつらは、極東エージェンシー所属なんでしょ? そうか、最近君たちに捕まったから、新たに指紋が登録されたんだな」
合点がいった、という表情で言う三ツ谷。
「指紋?」
夏美と鷹西の声がまた重なる。
「そう。3年前の爆発現場から採取された指紋のうち、誰の物か不明なのがいくつかあったんだ。それは、僕らもその後アクセス不可にされちゃったけど、瀬尾さんの持っていたデータには含まれていた。で、昨日新たに警察内のデータと照合し直してみたんだ。そしたら、その連中がヒットした」
「ということは、私たちを襲ってきたその男達が、3年前の爆発の現場にもいたっていうことですか? 巻き込まれる前に」
「そうだね。巻き込まれる前に、っていうか爆発が起こるのをわかっていて離れたと考えてもいいんじゃないかな」
三ツ谷が頷きながら言った。
「関与していた疑いがあるってことだ」
唸るように言う鷹西。
大きな事実が発覚した。これは、偶然と考える方が不自然だ。
「やっぱり、極東エージェンシーは爆発に関わっている。むしろ、積極的に……」
夏美が誰にともなく言うと、他の2人も深く頷いた。
妙な感覚だった。鷹西と三ツ谷は親友だというのでわかるが、なぜか夏美もずっと前から一緒に事件を追っていたように、二人の雰囲気に溶け込んでいる。
不思議な人だなぁ……。
チラリと後部座席に視線を送ると、人なつっこそうな笑顔でウインクする三ツ谷。
自分のまわりには、何となく変わった人ばかり現れるような気がしてきた。夏美は、近づいてきた県警本部のビルを見上げながら、軽く溜息をついた。
SCENE 39 横浜国際大学
「先生、ここはあなたの母校ですよね?」
横浜国際大学の正門をゆっくりと通る黒塗りの高級車。その助手席から、佐々木が後部座席の奥田に声をかけた。
「ああ、そうだ。もう何十年も前の話だがね」
淡々と応える奥田。
運転するのは極東エージェンシーの特務班に属する部下だ。後部座席、奥田の両隣には同じ班の屈強な男達。
「その学舎を血に染めることになる。たぶん大騒ぎになるし、校舎もある程度損壊するでしょう。よくこの場所を選びましたね」
特に皮肉っているわけではない。むしろ尊敬の念さえ込めて言う。
「被害があれば損害補償がされる。国からの助成金も上乗せされるだろう。そろそろ古くなってきた校舎もあるからね。改築にはいい時期だ。そのための景気づけにもなるさ」
フフ、と笑う奥田。
さすが、強かだな、と佐々木も笑みを浮かべた。
この車の後ろにも特務班が続いている。また、近くには目立たないようにΣの連中がついており、行き交う学生達の間に透明になって潜んでもいる。
瀬尾は、おそらくこちらが誘い込んで決着をつけようと考えていることに、気づいている。だが、それでも来るだろう。奴とて、もう終わりにしたいと思っているはずだ。
今日この大学で特別な講演を行い、その後懇親会を開くことは、民自党執行部には届けてあるが、警察は知らない。
混乱があり、それを誰かが通報したとしても、警察がここに駆けつける頃にはすでに全てが終わっているだろう。
その後、何があったのか社会に示すにあたり、シナリオは奥田側が全て作成する。
そう、3年前のあの爆破と同じように……。
今度は瀬尾のような者は出さない。警察内に不穏な動きをする者が一部いるらしいが、そいつらも始末してしまえば、そこでお終いだ。
奥田の権力、更に、ジェロン社の後ろに控えるアメリカ国防総省ペンタゴンの威光――それらに逆らえる者がこの日本にいるはずがない。
瀬尾のように全てを捨てた復讐鬼でもない限り、刃向かってきたくてもできないだろう。
来賓用駐車場に停車すると、順次部下達が降り、あたりを警戒する。
佐々木が続き、そして最後に奥田。
視線を合わせ、僅かに頷き合うと、一行はまず学長が待つ来賓室へと向かった。
これから起こることなど知る由もない若者達が、笑顔で行き交っていた。
SCENE 39 横浜国際大学②
奥田達の姿を遠くから見る影――瀬尾だ――。
今すぐにでも前に立ちふさがってやりたい、という衝動を、その頑強な体の奥底に押し込んでいた。
彼にはわかる。奥田のまわりにつく者達が殺気を帯びていることが。
さらに、遠巻きに、透明になった者達が、大きな敵意を持ちながら待ち受けていることも……。
今争いを起こせば、まわりの学生や大学関係者を巻き込んでしまう。それは避けなければならない。連中も多くの人目の中で襲ってくることはないだろう。だが、どこかで何かを、必ず仕掛けてくる。それを待つ。
終わらせるぞ、美咲……。
一度だけ空を見上げ、瀬尾は歩き出す。
学生達の目が届かなくなったところで、スッと空気に溶け込むかのように姿を消した。
SCENE 40 神奈川県警察本部
神奈川県警察本部のビルに着くと、夏美達はすぐに資料室に向かった。三ツ谷がそこのパソコンを使いたいと言うからだ。
彼は当たり前のように堂々と県警内を歩いた。
なるほど……。制服も着ているし、手配されている人間だとは、誰も思わないだろう。
大したものだな、と変に感心してしまう夏美。
県警内には多くの人が行き交っている。警察関係者だけでなく、見学者もいるし、マスコミの人間も来る。もちろん、刑事部など警察関係者以外の者は立ち入れないところはあるが、資料室まではわりかしオープンだった。その一角に陣取り、三ツ谷が作業に取りかかる。
「今朝方からちょっとした種をまいておいたんだ。それを確認する。あとは、とにかく奥田のスケジュールを知りたい。瀬尾さんがいつ行動を起こすかわからないからね」
真剣な表情でパソコンに向かう三ツ谷。彼の手にかかれば、ここのパソコンも三ツ谷仕様に変えられてしまうのだろう。早速警察内のデータや民事党のサイトなどを探り始めた。
「私は、総務の人に何か情報がないか訊いてきます」
夏美がそう言うと、鷹西が驚いたような表情になる。
「おまえ、総務に親しい人間がいるのか?」
また「おまえ」と言われたので顔を顰める夏美。かなり気持ちの距離は近づいたが、やはりその呼び方は気になる。
鷹西も察知し、ヤバイ、という表情になった。それがおかしくて、夏美は、まあ、いいか、と肩を竦めるだけにした。
「早苗さんが今日はいるはずだから……」
「早苗さん?」
鷹西と三ツ谷が視線を合わせ、そして夏美を怪訝そうな顔で見る。
「はい。深山早苗さん。確かお2人と同期だっていう……」
三ツ谷の目がこれ以上ないほど見開かれ、まん丸になった。そしてなぜか、顔が赤くなっていく。
鷹西がとたんにニヤニヤし始めた。
「な、なんですか? 気持ち悪い顔して」
今度は夏美が怪訝な表情になる。
「気持ち悪い顔って、なんだよそれ?」
憮然とする鷹西。
「私のこと散々言ってきたんだから、お返しです」
イタズラっぽく笑い、べーと舌を出す夏美。
そんな2人を冷やかしても良さそうなのに、三ツ谷は硬直している。
「どうかしちゃったんですか、この人?」
「いや、深山早苗って、こいつの憧れの人だったんだ」
「お、おい、鷹西っ!」
慌てふためく三ツ谷。
「へえ、そうなんだ……」
夏美も目をまん丸にした。それにしても、こんなに取り乱すとは思わなかった。
「いや、僕は、だから、そんな……」
しどろもどろになっている三ツ谷。そんな彼の肩を鷹西がパンパンと叩く。
「そうか。知り合いなんだ。良かったなぁ、三ツ谷。また会いたいなぁ、ってよく言ってたじゃないか。これでつながりができるぞ」
「ぼ、僕は……」
瞳を泳がせ、硬直したままの三ツ谷。
「早苗さんも、三ツ谷さんのことかわいいって言ってましたよ。そういえば、会うことがあったら、あんまり心配かけないでって伝えるように言われてたんだ」
その言葉は、爆弾となって三ツ谷を直撃した。キーボード上の指が全部震え出す。顔は更に赤くなり、呼吸困難になったように口をパクパクさせている。
「どうしたんですか?」
心配になって夏美が訊いた。
「こいつ、そういうことに免疫ないから。まあ、俺も人のことは言えないけど、こいつは更に、女性に関することは苦手なんだよな。どうしていいかわからなくなってるだろ?」
「ぼ、僕は、女性が苦手なんじゃない。尊重する気持ちが強いんだ。だから、ちょっと意識しすぎるところがあるのは認めるけど。鷹西みたいに、照れ隠しにぞんざいな態度をとる無粋者とは違うよ」
必死になって主張する三ツ谷。
「無粋者とはなんだ? 俺も女性を尊重する気持ちは強いぞ。失礼だな」
鷹西が反論する。
「そうなんですか? それにしては、2人とも私には全然お構いなしにいろいろ言いますよね? 私だって女性なんだけどなぁ」
険しい目つきで二人を見る夏美。
「い、いや……」慌てる鷹西。「うーん。そ、そうそう、夏美って、なんかいろいろ言いやすいタイプかもな。親しみやすいんだよ」
「う、うん」三ツ谷も言い訳の加勢をする。「夏美さん、すごく可愛いんだけど、親しみやすくて話しやすい」
「呼び捨てとか、おまえとか、あとセクハラみたいなことも言いやすいんですか?」
睨みつけると、二人揃って手と首を振った。
「いや、あの……。親しみやすいから、つい……」
「うん。そうそう……」
声を震わせあたふたする2人を、ジーッと横目で睨み続ける夏美。
「……と、とにかく、話しやすい、親しみやすいって、いいことだぞ。刑事としてもきっと有効だ」
ごまかすように鷹西が言うと、隣で何度も頷く三ツ谷。
「なんか、モヤモヤするなぁ……」
納得いかない気持ちをもてあましながら、夏美は資料室を後にした。
SCENE 40 神奈川県警察本部資料室②
「ずいぶん仲良くなってたんだね」
モニターを見ながら、三ツ谷が言った。
「何のことだよ?」
手持ち無沙汰なので捜査一課に顔を出そうかと思い始めた鷹西だが、三ツ谷の言葉に動きを止める。
「夏美さん。もうキスくらいしたの?」
「なっ?!」慌てる鷹西。昨夜のことを思い出していた。「何言ってんだよ。そういう仲じゃない。あくまでも捜査上の相棒だ」
チラッとだけ視線をよこす三ツ谷。そして「絶対違うな」
「何が違うんだよ?」
「少なくとも君は、彼女のこと好きになってる」
「まさか……」
ギクリとする。
「でも安心して。彼女も君のこと、気になってるよ」
「だから、そんなこと……」
「わかりやすいもん、君達。もしかしたら、似た者同士かもね」
三ツ谷がフフっと笑った。そしてまたモニターに目を戻す。
こいつ……。
お見通しだよ、とでも言いたげな横顔が鼻についた。
そうだ、と思いつき、鷹西もフッと笑い返す。
「おまえが夏美にセクハラみたいなこと言ったの、深山早苗に言いつけてもいいんだぞ」
慌てながら見上げてくる三ツ谷。
「ちょ、ちょっと待て……」
「夏美って、なぜか先輩女子にかわいがられてるみたいだ。過激なのもいたなぁ」
夏川絵里のことを思い出した。
「たぶん深山早苗も、夏美にとっていい姉貴分みたいな感じなんだろう。どうする?」
「そんなことしたら、君が警察学校時代にやった数々の悪さ、夏美さんにばらすからな。彼女真面目そうだから、どう思うかなぁ?」
睨み合う2人。
だが、すぐにどちらともなく肩を竦め、吹き出してしまう。自分たちのやっていることが中学生かヘタをすると小学生レベルだと、気づいたのだろう。
「まったく。重要なことをしているんだから、邪魔しないでくれよ」
笑い終わると三ツ谷が言った。
「重要なこと? 奥田のスケジュールを探っているんだろう?」
「いや、それは僕がつくった検索アプリを走らせてやってるけど、難しいかも。夏美さん達に期待した方がいいな。今は、ちょっと交渉をね」
「交渉? 誰と?」
「CIAさ」
「ふうん……」気のない返事をする鷹西。だが、意味がわかったとたん息を呑んだ。「な、何て言った、おまえ?」
慌ててモニターをのぞき込む。そこには英文が並んでいた。そして、その一番上に、鷲と星条旗が描かれた紋章が記されている。
「何を考えているんだ、おまえ?」
驚いて三ツ谷を見る。彼は真剣な表情のまま、ウインクを返してきた。
三ツ谷は何をするつもりなのか?第15話に続く↓