長編小説「Crisis Flower 夏美」 第9話
↓初見の方、第1話はこちらです。
https://note.com/hidetts/n/nff951b7d159c
↓前話はこちらです。
https://note.com/hidetts/n/nca1da1e7631f
※週1~3話更新 全18話の予定です。
SCENE 20 週刊潮流編集部
「森田さんのことかぁ……」
雑然とした部屋の奥、峰岸肇という恰幅の良い雑誌編集者が言った。
彼の前のデスクは、何かの資料と思われる紙や筆記具の他、なぜかドーナツのチェーン店の空箱があるなど、ほとんど整理されていない状態だ。
週刊潮流という雑誌の編集部だが、今は峰岸しかいなかった。夜の9時を過ぎている。
「3年前の爆発事故に巻き込まれて亡くなったということですが、当時のことを聞きたくてお邪魔しました。峰岸さんは親しかったそうなので」
夏美が言った。椅子を勧められたのだが、あまりにも散らかっている部屋を見て、お構いなく、と座らずに立ったままでいる。隣では鷹西も同様にしていた。
港西署で着替えさせてもらい、襲ってきた者達のことは城木にまかせて出てきたのだ。
「まあ、確かに親しかったけど……」言いながら、峰岸は夏美をしげしげと見つめる。「もしかして、神奈川県警捜査一課の可憐な花って、あなたのこと?」
「え? いえ、その……」戸惑う夏美。
「確かにこいつはそう呼ばれていますが、可憐と言うよりは過激ですよ」
鷹西が口を挟んできた。
なによ、と横目で睨む夏美。抱きしめてもらった感覚がよみがえる。
あの時上がったポイント、下がっちゃう……。
「写真集出したら絶対売れるっていう噂、本当だった。うちでどう?」
「いえ、私はそういうのはちょっと……」
峰岸の誘いに、何度も首を振る夏美。
「もったいないなあ……」
「それよりも」と夏美は強引に話を戻す。
三ツ谷のメモにあった名前のうち、もっとも大きく記されていた森田重雄は、やはり爆発の犠牲者だった。その職業が、ジャーナリスト――。
数々の雑誌社に記事を寄せているが、一番多いのがこの週刊潮流だった。硬派なルポが多く、社会問題から政財界の腐敗まで、鋭く切り込むことで有名だったという。
「どうして今頃、あの爆発について調べているの?」
峰岸が逆に質問してきた。その目は興味に満ちている。ジャーナリストだけあり、ネタになりそうな事柄には嗅覚が効くのだろう。
「今は何とも言えません。ただ、あの爆発が、事故として処理されるには疑問が残るところがあるので、被害者の方々のことを確認してまわっているんです。あくまでも念のため、ですね」
夏美が説明した。今の段階で詳細を言うわけにもいかない。
「ふうん、そうか……」
何かを考え込むように腕を組み、目を閉じる峰岸。
「森田さんは、あの喫茶店にはよく行かれていたんですか?」
今度は鷹西が訊いた。
「いや。初めてだと思うよ。たぶん、誰かと会う約束をしていたんじゃないかな。その日のその時間くらいに、人と会う予定があるって聞いた気がする。だからね、私は、もしかしたら森田さん、何かヤバイ案件のしっぽを掴んで、消されちゃったんじゃないかって思ったこともある」
峰岸の話に「え?」と驚いて顔を見合わせる夏美と鷹西。
「それは、あの爆発が森田さんを狙ったものだった、と?」
鷹西が険しい表情で訊く。
「いや、そんな想像をしたこともあるっていうだけだよ。ただねえ……」
苦笑しながらも首をかしげる峰岸。
「何でしょう?」
夏美が先を促した。
「あの事故の調査とか捜査とか、あんまりしっかりとされていないような気がして。だから、なんかきな臭くも感じちゃうんだよね」
「きな臭い、ですか?」
「うん、あなた自身も言ったでしょ? あの爆発が事故として処理されるには疑問が残るって。私の予感というか、想像が当たっていたのかな、って思っちゃったよ」
峰岸が探るような視線を向けてくる。夏美は思わず目を反らした。
「思い当たるフシとか、あるんですか? 峰岸さんから見て」
鷹西が身を乗り出して訊く。夏美への視線を強引に外させるかのようだった。
「さあ。それは言えないよ。もしあったとしても、言ったら今度はこっちが狙われちゃうかもしれないしね。あの爆発に関しての処理を見ていると、警察組織も信用できないし」
2人を順番に見ながら峰岸が言う。皮肉っているふうだが、どこか試しているようにも感じられた。
「何らかの圧力により警察が捜査の手を緩め、事件を事故とした、と?」
峰岸を見据えながら言う鷹西。その目つきの鋭さは、ちょっとした犯罪者程度なら怯んでしまうほどだった。だが、峰岸は肩をすくめるだけでやり過ごす。やはり、それなりのジャーナリストなのだろう。
「私はね、警察官一人一人はちゃんとした正義感を持って仕事をしていると思っていますよ。そう信じたい、というのが近いかもしれない。でもね、警察組織となると別だ。警察に限ったことじゃないだろうけど、組織が大きくなれば、腐敗の芽や脆い部分もできてしまう。末端の人達がどれだけ真摯に仕事に取り組んだとしても、上に一部でもよこしまな考えを持つ者がいて力を行使すれば、組織の方針はねじ曲げられてしまうこともある。私は仕事柄、そういう組織をたくさん見てきた」
峰岸が淡々とした調子で言う。
夏美も鷹西も、そう言われると黙り込むしかなかった。そんな2人の様子を見て、峰岸は「ふっ」と笑う。
「お二人は若いし正義感も強そうだから、信用してあげたいけどね。でも、やっぱりジャーナリストとしては、おいそれと警察関係者に何でも話してしまうわけにはいかないんですよ。ただ……」
ただ……?
いったん顔を見合わせ、そして2人して峰岸に視線を向ける。
「あなたは、鷹西惣一郎さんっていったよね?」
峰岸が鷹西を見ながら訊いた。
「そうですが、それがなにか?」
「鷹西惣太さんの息子さんだよね?」
「え?」目を見開く鷹西。
夏美も驚いて彼の横顔と峰岸を見比べるようにする。
「あの人は一流のジャーナリストだった。その息子さんが刑事になったっていう噂は聞いていたんだ。こんなところで会えるとはね。驚いた」
「親父を知っているんですか?」
「いや、直接は。だけど、先輩達からいろいろ話を聞かされていて、密かに尊敬していたんだ。あの人の真実を追い求める姿勢は、誰もが見習うべきだと思う」
「そ、そうですか……」
鷹西が恥ずかしそうに目を伏せている。
その姿を見て夏美は、ちょっとかわいい、と思ってしまった。だめだめ、と見つからないように小さく首を振る。
「何かで警察に嫌気がさしたりしたら、いつでも相談してよ。こっちの世界で活躍してもらってもいいんだ」
「い、いや、俺は……」戸惑う鷹西。
「まあ、それはいいとして」また笑う峰岸。「可憐な花と鷹西惣太の息子っていうことで、サービスしようか」
「え?」「どういうことでしょう?」
夏美と鷹西が同時に峰岸を見つめる。
真剣な表情に戻る峰岸。そして、重い口調になる。
「森田さんは爆発に巻き込まれる前の時期、ジェロン社という企業と日本の政財界との関係を調べていたんだ。それが爆発とどう関係あるのか、あるいはないのか、わからないけどね。私に言えるのは、それだけですよ」
ジェロン社――。どこかで聞いたことがある……。
夏美と鷹西は、峰岸に礼を言い週刊潮流編集部をあとにした。
SCENE 21 神奈川県警 女子寮
週刊潮流の編集部を出た夏美と鷹西は、もう遅いこともあり、今日はあがることにした。県警女子寮までは、鷹西が車で送ってくれた。まさかとは思うが、また何者かが襲ってくる可能性も捨てきれないので、用心に越したことはない。
行動には十分注意しなきゃなぁ。
そう思いながら、夏美はまずシャワー室に向かう。
昼間男達に襲われた後、絵里のおかげで着替えだけはできたが、やはり全身スッキリさせたい。
裸になり、一気に頭から温水を浴びた。
目を閉じると、襲われた時のことが嫌でも思い出されてしまう。
あっという間に暴力の波に飲み込まれ、取り乱し、脅えて何もできなくなった。何度も悲鳴をあげ、涙さえ流してしまった。
情けないぞ、夏美……。
あの男達は私をさらっていくつもりだったらしいが、そうではなく、すぐに殺す気だったなら、どうなっていたことか?
ゾッとするとともに、もっとしっかりしなければ、と気持ちを引き締める。
ふう、とため息をつき、目を開けた。
髪を洗い、両肩に手を当てたところで動きが止まる。
夏美、無事だったのか?
鷹西の声が脳裏に蘇ってきた。あの時、両肩を掴まれた感触も蘇る。
そして、その後、抱きしめてくれたことも……。
また目を閉じ、彼の顔を思い出した。
だが、すぐに首を振る。
ダメダメ、何考えてるのよ? あの時は優しかったけど、ああいう状態だったから当たり前だわ。私じゃなくたってそうしているはず。
余計なことは、今は考えるべきじゃない……。
シャワーを終え、ジャージに着替えて冷蔵庫を開けた。残念ながら、何も飲むものが残っていない。
ロビーの自販に向かった。人気はない。外は真っ暗なため、窓に自分の姿が映る。
迫力がないんだよなぁ、この顔……。もっと眼光を鋭くしたりできないかなぁ。
いっそ太っちゃおうか? 顔が膨らんだら強面になれるかなぁ。
でもなあ、あんまり背が高くないからなぁ。
ロービーの窓に、自分の顔を映していろいろ試していく。
しばらくそうしていると、不意に後ろに気配。
え? っと振り返った瞬間、肩を抱かれた。
「なっ、つみちゃーん。なに百面相してるの?」
早苗だった。ちょっと酔っているようだ。今帰ってきたのだろうか? 総務部の仕事もいろいろな意味で忙しそうだ。
「み、見てたんですか?」
慌てる夏美。
「見てたわよ。グラビアやるために表情の練習してるのかと思ったけど、違うんだよね、きっと」
言いながら、夏美の頬を引っ張る早苗。
「い、痛いですよぉ」
かまわず両手で両頬を引っ張ってから、早苗は抱きついてきた。
「絵里に聞いたけど、大変だったんだってね。良かった、無事で」
「あ、ありがとうございます。ごめんなさい、心配かけて」
ジーンとする夏美。
「ヤバイ事件に関わってるの?」
「うーん」首をかしげる。「まだよくわからないんですよね。ただ、もしかしたら大事になってしまうかもしれません」
信頼する早苗といえども、捜査の内容を話すわけにはいかない。ぼやかして言った。そのあたりは、彼女も心得ている。
「総務部内もなんか慌ただしくなってるけど、関係あるのかな? 広報はもとよりだけど、人事の方もなんか緊張感でピリピリしているみたい。でさ、ちょろっと小耳に挟んだけど、あの三ツ谷さんが行方をくらませているんだって? そのことも関係が?」
「え?」驚く夏美。総務でバリバリ動きまわり、やり手と言われる早苗の元へは、様々な情報が集まってくるのかもしれない。
夏美の表情を見て、早苗が「そうか」と頷く。覚られてしまったようだ。
「いや、あの……」と誤魔化そうとする夏美に向けて、早苗が手を振った。
「オフレコだから。単なる雑談よ。ここだけの話」微笑む早苗。「あの三ツ谷さんって、鷹西さんと仲良かったのよね。全然タイプは違うけど、どっちも異端児っていう感じ。おもしろいね」
「ご存じなんですか?」
「だって、同期だよ、その2人と私」
「そうだったんですか」
へえっ、と軽いため息をつく夏美。意外なところで面白い繋がりがあるものだ。
「私はさ、三ツ谷さんは早すぎたんだなぁ、って思う」
「早すぎる?」
早苗の言葉に怪訝な顔になる夏美。
「警察組織って、進歩は遅いじゃない。上下関係とか旧態依然としているし。いずれ変わっていくだろうし、変わらなきゃこれからの犯罪に対応はできない。けどそのスピードが世の中の進み具合と、微妙に合ってないんだよね。でも、三ツ谷さんは違う。むしろ、ちょっと進んでる感じ。だから、警察組織に合わないんだよね。彼のやり方は、きっと正しいんだと思う。でも、組織の歩みには合わない」
「早苗さん、三ツ谷さんという人のこと、詳しいんですね」
「うん。かわいいから、ちょっと好みかも」
「え?」
目を見開いて驚く夏美。早苗からそんなことを聞くのは初めてだ。
「なんて、冗談よ」肩をすくめる早苗。「だけど、彼のことは信じてる。あの人ね、鷹西さんとか夏美ちゃんみたいにストレートじゃないけど、強い正義感を持ってるよ。その辺で世界平和を訴えている政治家や文化人なんかより、何百倍もね」
「そう、なんだ……」
複雑な思いの夏美。まだ会ったこともない三ツ谷という存在が、どんどん大きく感じられていく。
「もしこの先、彼――三ツ谷さんと会うことがあったら、あんまり心配かけるなよ、って言っておいてね」
「え? あ、はあ……」と曖昧に応えるしかない夏美。
「なんか疑問ある?」
「いえ、ちょっとだけ異論を言わせていただければ」と夏美は顔を伏せ、上目遣いに早苗を見る。「鷹西さんとか私とかって、一緒に並べないでください。私とあの人は、全然違いますから」
「なんだ、まだそんなこと言ってるの?」
呆れ顔になる早苗。
「え? そんなことって……」
「夏美ちゃんと鷹西さん、中身はけっこう近いわよ。まだ気づかないんだ。で、そんなこと言ってるっていうことは、もしかして本当に恋愛モードに入っちゃった?」
「な、なにを言っているんですか」大慌てで両手を振る夏美。「そんなこと、あるわけないじゃないですか」
……だが、なぜか胸がドキドキする。
「アハハ、まあいいや。ゆっくり、遠まわりもいいよね、みんなまだ、若いんだから」
そう言って夏美の背中をバシバシ叩くと、早苗は歩いて行く。振り返り「早く寝て明日に備えなよ。きっと、また頑張るんでしょ」
ふっと顔がほころんでしまう夏美。「わかりました」と頭を下げ、部屋へ戻る。
いろいろな人達の顔を思い浮かべながら、夏美は眠りについた。
SCENE 22 鷹西のマンション
マンションの自室に戻ると、鷹西は布団を敷きっぱなしにしているベッドに腰を下ろし、一息つく。
冷蔵庫から出してきた缶ビールを飲み始めた。
カーテンを開け、外を見る。ここは3階だが、景色が良いわけではない。野毛の外れの雑然とした街中だった。微かにみなとみらいの灯りが感じられる。
古くて家賃の安いワンルームマンションで、当然狭いが、一人暮らしにはちょうど良いサイズだった。
ふと、夏美のことを思い出す。
怖かったです。私、すごく怖かった……。
そう言いながら、鷹西に体を預けてきた。あの時、本当に自然な流れで、彼女を抱きしめた。
護身術に長け、警棒を持つとすさまじい強さを発揮する彼女だが、あの時は、本当に儚げに感じられた。華奢で、柔らかく、壊れてしまいそうなほど……。
夏美の感触が、腕に、胸に、蘇る。
もっと抱きしめていたかった……。
……って、やばい。いかん、いかん……。
強く首を振る鷹西。
あんな状況だったから、あいつも気弱になっていたんだ。俺じゃなくても、誰かがいたらああしただろう。変な期待は、しない方がいい。
期待? なに言ってんだ。もともとそんなもの……。
一人なのに、慌てて否定する。
俺は甘い顔をしない、と決めたことを思い出す。
ぐぃ、とビールを飲み干した。
そこでスマホが鳴る。一瞬夏美の顔が思い浮かんだが、すぐに打ち消す。
モニターを見ると、見慣れないナンバーが表示されていた。
誰だ? 迷う鷹西。だが、出てみなければ何も始まらない。
「電話に出る」をタップした。何も言わず、相手の出方を待つ。
「鷹西か?」と探るような声。
この声は……!
「三ツ谷。三ツ谷なのか? おまえ、今どこにいる?」
思わず声を張りあげそうになり、慌てて小声になる鷹西。
「ごめん。今は言えないんだ。身を隠さなきゃいけないからね」
「俺にも言えないのか?」
「鷹西、今、僕のことを調べているんだって?」
「ああ、調べてる。だが、疑っているわけじゃない。警察内のどの勢力なのか知らないが、おまえを確保しようとしている連中がいる。本牧の殺人事件の捜査を指揮している霜鳥管理官は、おそらくその勢力の一部だ。一般に公開されているわけじゃないが、おまえは手配されている。あの殺人に関与している疑いがあるという名目でだ。そっち側に捕まる前に、できれば俺の方、徳田班で保護したいとは思っている」
「僕は大丈夫だよ。捕まるようなことはしない」
自信ありげな三ツ谷の声。確かに、彼ならその技術を駆使して、捜索の目をかいくぐることもできるかもしれない。
「おまえ、何をしようとしているんだ? そもそも何で身を隠した? それに、何で追われている?」
漠然とした疑問を全てぶつける鷹西。
「君は、今どこまで調べているんだ? 本牧の殺人事件の捜査本部の方針とは別に動いているんだろう? 教えてよ」
逆に質問してくる三ツ谷。鷹西は迷った。捜査内容について、親友とはいえ部外者、それも、現在何らかの理由で追われている人間に説明するなど、警察官として言語道断だ。
だが、今の状況は明らかに常軌を逸している。それに、他の事件では三ツ谷にかなり協力してもらってきた手前、無碍に断るわけにもいかない。
「捜査本部は、極東エージェンシーという企業や、殺害された者達に恨みを持つ者の犯行として調べている。それはまあいいが、被害者に元刑事が複数いるからといって、彼らが担当していた事件を洗い直すことに手間をかけすぎている。しかも、奇妙な透明人間みたいなのが彼らを殺害するところを見たという者がいるのに、全く取り扱わない。最近透明人間騒ぎが頻発していることについても、関連性さえ見ようとしない。うちの班長は、裏に何かあると考えて、俺ともう一人の刑事に調べるよう命じた」
「もう一人って、あの、捜査一課の可憐な花、だろう?」
「あ、ああ、そうだよ」
努めて何気ないふうに応える鷹西。
「いいなぁ」急に三ツ谷の声が緩んだ。「あんなに可愛い人と一緒に動いているんだ」
「い、いや、そんなことは捜査には関係ない」
夏美を抱きしめた時のことを思い出し、それを首を振って追い出す。
「なんか、声が震えているような気がするけど、彼女と何かあったの?」
ドキッとする。こいつは、惚けているけど鋭いという不思議なヤツなのだ。
「そ、そんなことより」慌てて話を戻す。「俺たちは、3年前の爆発事故、いや、もしかしたら事件が、本牧の殺人事件や透明人間騒ぎにもつながっているんじゃないか、と考えている。おまえが残したメモを見て、関係者に話を聞いたからだ。まさか、おまえも関与しているとか言わないよな?」
「メモ?」怪訝そうな声になる三ツ谷。
「ああ。長瀬が隠し持っていた。おまえが書き残したヤツを、不審に思ってとっておいたらしい」
「ああ、あれか。あれはね、全部僕がメモしたってワケじゃないんだ」
「どういうことだ?」
「爆発が起こった喫茶店には、店内を撮すビデオカメラがつけられていた。厨房でお客の様子を見ることができるようにね。爆発により壊れたけど、僕ができるだけ解析してみたんだ。そうしたらね、森田という被害者が、何か考え事をしながらメモを見ている場面が残っていた」
「森田? 週刊潮流と契約しているジャーナリストだな?」
「さすが。もう調べたんだね?」
「ああ。今日そこの編集担当者に会ってきた。森田という男が狙われた可能性を示唆していた。一概には信じがたいけど……」
「僕は、その線を信じているよ。そのメモに重大なヒントがあると思ったから、僕も手近の紙に書き写した。森田という名前が大きく書いてあったろう? あれは僕が書き足した。爆発の被害者達の名前も書いたけどね」
「それと、瀬尾俊之という元機動隊員の名前もだな?」
鷹西が訊くが、三ツ谷は押し黙ってしまった。
「爆発の被害者、瀬尾美咲さんは瀬尾俊之の奥さんだった。そして、三ツ谷、おまえは瀬尾俊之と親しかった。そうだな?」
続けて言う鷹西。三ツ谷の反応を探りたいが、微かな息づかいしか聞こえてこない。
「そのメモにあった、警察庁と与党民自党のイニシャル。それはおまえじゃなく、元々3年前に森田氏が書いていたんだろう? 誰なのかわかっているのか?」
「ふう」と三ツ谷が息を漏らすのが聞こえた。「それがわかっていれば、苦労はしないんだけどね。ただ、極東エージェンシーと何らかの繋がりがあるはずだから、調べていけば必ず突き止められると思う」
「突き止めてどうする? そもそも、そのイニシャルの2人が何をした? 瀬尾という男は何をしている? もしかして、本牧で極東エージェンシーの者達を殺害したのは……」
「鷹西」と三ツ谷がこちらの話に声をかぶせてきた。「君たちと協力したいのは山々なんだ。でも、今の何も確証のない段階では共倒れになりかねない。合流したところでまとめてつぶされたら元も子もないだろう? そのくらいできる、とても危険で、しかも力も持っているのが敵だと思うんだ」
「そうかもな。もうすでに、俺も夏美も襲われたし」
「え? 大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。ピンピンしてるよ。声でわかるだろ?」
「君じゃないよ。可憐な花だよ」
「おまえもそれかよ……」とガックリする鷹西。「大丈夫。3人の荒くれどもを病院送りにしていたよ」
「へえ。武道の達人だっていう話は本当なんだ」
「ああ。警棒を持ったら俺が3人いてもかなわないだろう。それより」鷹西が真剣な表情に戻る。「お前一人で何をどこまでするつもりなんだ? 無茶をするヤツじゃないと思っていたんだが、俺の見込み違いだったか?」
「無茶は君の専売特許だったもんね。……僕は、瀬尾さんに会いたいと思っている。そして、一緒に3年前の爆発の真実をあかし、警察として正式な捜査につなげることができれば一番いいと思ってる」
「瀬尾俊之。その人は、今何をやっている? まさか、俺が思っているとおりだとしたら……」
「それは言いたくない。でも、君の想像通りの可能性が高い。だからこそ、僕個人として会いたいんだ。それまでは、君たちと合流はできない」
「三ツ谷……」と溜息を漏らす鷹西。
「ごめん、鷹西。でも、また連絡するし、必要なことは伝え合おう。お互いの捜査がうまくいくように」
申し訳なさそうに言う三ツ谷。鷹西も「わかった」と応えるしかない。
「合流できるようになったら、必ず会いに行くよ。約束する。ところで、週刊潮流の編集担当に会ってきたって言ったよね?」
「ああ、峰岸という男だけど?」
「どんな話をしたのか聞きたいな」
「あまり協力的じゃなかったぞ。ただ……」
今日の話をかいつまんで説明する。
「ジェロン社? 森田という記者はジェロン社のことを調べていたっていうのかい?」
三ツ谷が意外なところに食いついてきた。
「ああ、そう言っていた。それが何かあるのか?」
「ジェロン社がどういう企業か知っているのか?」
「アメリカの軍需企業だろう。大型の兵器から銃やナイフまで扱っている」
そのくらいの知識は、峰岸との話の後、夏美とともに検索して得ていた。
「そうだ。そこと日本の政財界とのつながりを調べていたと言うんだね、森田氏は」
三ツ谷の声に熱がこもり始めた。
「どうした? ジェロン社がどうかしたのか?」
「糸口がつかめたかも知れない。とりあえず、透明人間云々の謎は解けそうだ。対策もできる」
「おい、どういうことだ?」
「君たちも、調べればすぐわかるよ。ありがとう。じゃあ、また連絡する」
そう言って、電話は一方的に切られた。
「おい、三ツ谷、待てったら」
だが、もう何も聞こえない。
まったく、あいつは……。舌打ちする鷹西。
三ツ谷、瀬尾、森田、透明人間、極東エージェンシー、そしてジェロン社……。
これらのピースがどう組み合わさるのか……。
鷹西は、もう一度窓から夜の闇に目をやり思案した。
更に事件が……! 第10話に続く↓