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長編小説「Crisis Flower 夏美」 第4話

↓初見の方、第1話はこちらです。
https://note.com/hidetts/n/nff951b7d159c

↓前話はこちらです。
https://note.com/hidetts/n/n037ae438d83f


※週1~3話更新 全18話の予定です。
 

SCENE 4 本牧ふ頭の倉庫街 

 鷹西が事件現場である埠頭の倉庫街に着く頃は、すでに初動捜査の真っ最中だった。所轄や機動捜査隊が入り乱れ、鑑識も慌ただしく動きまわっている。
 捜査本部は管轄である山手署に設置されるだろう。
 県警捜査一課強行犯係より派遣されることになった徳田班の刑事達も、呼び出しを受けて続々と駆けつけてきた。 
 班長である徳田の姿も見えた。立木と何か話している。傍らにいてたまに加わっているのは山手署の刑事課長だろう。
 現場の様子をよく見て感じとっておこう、と鷹西は倉庫街を歩く。すると、倉庫と倉庫の間の通路で、駆けてくる夏美と鉢合わせしてしまった。
 「あっ!」と息をのんで立ち止まる夏美。
 「おっ!」と同じく立ち止まり、彼女の顔を見つめる鷹西。
 やっぱり可愛い……。い、いや、いかん。惑わされるなよ。
 大きく息を吐き、そっぽを向く。「班長はあっちだぞ」っと顎で示した。
 「そ、そうですか……」
 そのまま立ち去ろうとする夏美。すれ違いざま、チラッとこちらを見た。
 同時に鷹西も横目で彼女を見る。
 「何ですか?」
 「そっちこそ何だよ?」
 先日の一件もあって、どちらも表情が険しい。
 その時、ドサッと音がして、更に「いてて」と呻き声が聞こえてきた。
 2人同時に音の方を向く。
 隣の倉庫前、いくつかの段ボールに足を取られたのか、男性が一人倒れていた。よく見るとホームレスらしい。
 「大丈夫ですか」
 夏美が駆け寄り、手をとって支えるようにした。
 見るからに汚れた格好の男性だったが、彼女は気にしていない。
 ふうん、とちょっと感心する鷹西。
 確か非番だったな。どこかへ出かけていたのか?
 服装が明るかった。Tシャツにジャケット、デニムパンツ、というのはいつもと同じスタイルだが、勤務中は黒っぽく機能重視で味気ない色合いなのが、今日は淡いピンクがかった白とでもいうのか……全体的に何となくお洒落に感じられた。
 まさか、デートか?
 気になりかけたが、すぐに頭を振っておい払う。
 鷹西も男性に近づき、夏美とは別の腕を持って支えた。


 「おじさん、かなり酔ってるね? この辺は寝泊まり禁止になってると思うんだけど」
 鷹西が言うと、彼は溜息をついた。
 「わかってる。わかってるよ。すぐ出て行くって。何だよ、さっきまであんたらの仲間に話をしてたんじゃないか」
 「俺たちの仲間?」
 「ああ、警察の人だろ、あんた。こっちの人も……」と夏美の方を向くと、彼はギョッとした顔になり、彼女から離れた。
 「ご、ごめんよ。なんかの撮影?」
 「は?」怪訝な顔になる夏美。「どうしました?」
 「あんた、女優さんだろ。それとも女子アナってヤツ? ダメだよ、俺、本物のホームレスだから。触ったら汚れちゃうよ」
 そう言いながら、彼は鷹西にしがみつくようにした。
 「俺はいいのかよ?」と憮然とする鷹西。
 「私も刑事です。気にしないでください」
 ニコッと笑う夏美。
 「うそぉ!」と男性は目を見開いた。「こんな可愛い刑事なんて、いるわけないじゃん。ねえ?」
 鷹西に同意を求めているようだが、なんと返していいかわからず困った。
 「そ、そんなことより」と夏美が切り出した。彼女もちょっと戸惑っている。「警察の者とさっき話をしたって、そこで起きた事件についてですか?」
 「ああ、そうだよ。俺、全部見たもん。それ、話したのにさ、酔っ払いの戯言だと思ったのかな? 全然まじめに受けとってくれなかった」
 この状態じゃあなぁ、と鷹西は思ったが、もちろん口にはしない。
 「あの、お名前は?」夏美が訊く。
 「俺? うーん」しばし考えてから「気障男」
 「は?」「気障男?」同時に口にし、顔を見合わせる鷹西と夏美。
 「この辺じゃあそう言われてんだ。本名なんてもう忘れたよ」
 「そうか。じゃあ、気障男のおっさん、俺たちにも教えてくれないかな、何を見たのか。いったい何があったのか」
 鷹西が気障男の肩を抱くようにしながら訊いた。
 「え? さっき話した連中に聞けばいいじゃん」
 戸惑う気障男。
 「いや、直に聞きたいんだ。その方が正確だし、臨場感あるし、ね」
 鷹西が言うと、気障男は「うーん」と唸った。迷っている。


 「お願いします」
 夏美が頭を下げた。
 「わ、わかったよ」
 顔をほころばせながら頷く気障男。
 なんだよ、とまた憮然とする鷹西。可愛いと得だな。こいつの検挙率の高さは、それが影響しているんだな。
 仏頂面になっていると、夏美と視線がぶつかった。
 「どうしてそんなに恐い目をしているんですか?」
 「い、いや、別に……。それより、頼むよ、気障男のおっさん」
 誤魔化しながら鷹西が水を向けると、むしろ話したかったんだ、とでもいうような感じで、気障男は手振り身振りで説明してくれた。途中から、また座り込む。
 聞き終わり、あまりの内容に唖然とする鷹西と夏美。
 透明人間? 瞬間移動? そんな、ホラーやSFじゃないんだから……。
 「あのさ」と気障男が話し終わり一息ついてから言った。「あの不思議な男。おっそろしいけど、警察なら捕まえられるだろ? もし捕まえたなら、教えてほしいんだ。いや、どうしよう。それより、伝えてもらった方がいいのかな?」
 「え? 伝えるって、何を?」
 鷹西と夏美が不思議そうな顔をしながら気障男を見つめた。
 「あいつ、なんだか、すごく悲しいことを抱えていそうだったからさ。あんなことをしたのも、それが原因なんじゃないかな。だから、辛いことも悲しいことも、時間とともに想い出になるし、そうやって考えた方が、きっといいと思うよ、って伝えてほしいんだ」
 「悲しそうだったんですか?」
 神妙な表情で訊く夏美。澄んだ瞳で気障男に視線を向けていた。
 「ああ。あんた、優しそうだね。それに、純粋そうだ。まだ、希望をたくさん持っているし、それを叶える可能性にあふれてる。でもさ、そうじゃない人間も、山ほどいるんだよ。それを、刑事なら覚えておいてほしいな。そういう人間に、寄り添ってほしいよ」
 夏美は戸惑っていたが、しばらくして「わかりました。ありがとうございます」と頭を下げた。
 「わかった」と彼女に続いて応える鷹西。「犯人を逮捕したら、気障男っていう人がそう言っていたって、伝えておく。約束するよ。あんたにも報告に来るから、居場所を教えてくれないか?」
 「ふう」と一息ついて、気障男は立ち上がった。「俺はこの辺をウロウロしてるからさ。本牧ふ頭から、あっちの高速の下とか、その辺り」
 フラフラと歩き出す気障男。途中、振り返る。



 「あんた達、本当に刑事? なんか、らしくないね」
 「そうですか?」「そうかな?」と顔を見合わせる鷹西と夏美。
 「でも、いいコンビみたいだね。仲良さそうだし」
 え? 息を呑み、慌ててそっぽを向き合う2人。
 「あんたやっぱ酔っ払ってるよ。気をつけてな」
 鷹西が肩を竦める。
 「仲良くないし。コンビでもないし……」
 ブツブツ言う夏美。
 「まったく、心外だな」
 わざとらしく言って横目で夏美を睨む鷹西。
 「私のセリフです」と夏美が睨み返す。
 「おまえさぁ」キリがないのを承知の上で、言い返したくなる。どうも夏美が相手だと抑えられなかった。「さっき、気障男のおっさんが『こんな可愛い刑事なんて』って言ったとき、口の端っこだけピクッと動いただろ?」
 「え? な、何ですか?」
 慌てて口元を抑える夏美。
 「言われて嬉しくて、笑っちゃいそうなのを必死に堪えてたんだろう? みえみえだよ。気をつけろよ、刑事がデレッとした顔見せないように」
 「そ、そんな……。私、そんな顔してませんっ!」
 彼女がキッと目つきを鋭くする。
 「おお、怖い怖い」わざとらしく体を仰け反らせる鷹西。そしてニヤッと笑い「そう。そういう厳しい顔をしないとな。やればできるじゃないか」     
 「意地悪っ!」夏美がプイッと背中を向けた。徳田達の方へ歩いて行く。途中で「だいっ嫌い!!」
 やれやれ、と溜息をつきながら、鷹西は後を追った。

 

SCENE 5 山手警察署 特別捜査本部

 第一回目の捜査会議は、翌早朝となった。特別捜査本部が設置されたのは、やはり本牧ふ頭に近い山手警察署だ。
 県警からは徳田班の他にも2班派遣されてきていた。殺害された人数の多さ、そして、彼らが銃を所持し、使用した痕跡も見られたことから、重大事件と判断されたのだ。
 また、警察内の裏事情も関係していた。
 被害者達は皆、極東エージェンシーという横浜に本社を置く警備会社の社員達だった。
 この警備会社には、神奈川県警から退職した元幹部警察官が、重役や相談役として多く再就職している。いわゆる「天下り」だ。
 元々この極東エージェンシーには黒い噂がつきまとっていた。特定の政治家や、それに連なる官僚らと癒着している、というものだ。
 更に、警察内の一部組織とも黒い繋がりを持っており、非合法な活動を行っても握りつぶすことが可能なため、裏社会で暗躍している、とさえ言われていた。
 そのようなデリケートな状況であることも鑑み、捜査だけでなく情報の扱いにも慎重にならざるを得ない。事件の概要、捜査状況等の公表をどの程度行うか、あるいは伏せるか、ということが問題となっている。
 しかし、夏美や鷹西など捜査員達には、そんなことは関係ない。一刻も早く事件の真実を明らかにし、犯人を検挙する。それが第一だ。
 会議の冒頭で、神奈川県警刑事部長が特別捜査本部長となることが発表された。だが、実質捜査の指揮を執るのは県警の管理官――今回は霜鳥徹警視だ。
 徳田が渋い顔をしていることに気づく夏美。
 「班長、どうかしたんですか?」
 隣の席に座った立木に訊いた。
 「ウマが合わないんだよ、徳田班長と霜鳥管理官は」
 苦笑しながら応える立木。
 夏美も霜鳥の噂はある程度聞いていた。圧力に屈しやすい、あるいは、上からの意向にただ従うだけ、という悪い噂だ。


 「忖度っていう言葉が似合うのが霜鳥管理官。最も似合わないのが徳田班長だ」
 立木がそう言うと、その向こう隣にいる鷹西が不満顔になる。
 「班長、俺らのことを跳ねっ返りとか問題児だとか言うけど、本人が強行犯係の班長の中では最も異端だからなぁ」
 肩を竦めながら言う鷹西。
 「俺ら、の『ら』って、もしかして私のことですか? だったら心外ですね」
 横目で睨む夏美。
 「あ?」やはり横目で視線を向ける鷹西。「ら、が嫌なら『ぬ』とか『へ』とかにしてやろうか?」
 ムッとする夏美。そして「馬鹿みたい」
 「おいおい」立木が肩を竦めた。「俺を挟んで痴話げんかはやめてくれ」
 「痴話って言い方はやめてくださいよ。こんなヤツなんかと」
 「こんなヤツなんかって、失礼にも程がありますよ」
 鷹西の言葉に声を荒げる夏美。
 「そこ、うるさいぞ」と他の班の先輩刑事に注意を受けてしまう。
 慌てて口をふさぐ夏美と鷹西。
 「小学生か、おまえらは……」
 立木が、やれやれ、と頭をかいた。
 気を取り直して前を向く夏美。もう、鷹西の相手をするのはやめた。キリがなくなる。
 相変わらず不満そうな表情の徳田が見えた。その視線の先は、霜鳥管理官だ。
 県警捜査一課強行犯係の中で、徳田班は一種特異なグループと見られていた。
 班長の徳田は、事件捜査の際に少しでも疑問点があると、上の方針と違っても納得するまで調べさせ、自らも動く。
 デリケートな事案で上層部が捜査に手心を加えようとしても、断固として拒否し、法に基づいた裁きを受けさせることを目指す。そこが徳田の魅力であり、夏美は彼の班に所属できることを誇りに思っている。
 そんな徳田ゆえに、上から睨まれ、疎まれることも多い。おそらく霜鳥はその一部なのだろう。
 だが、かたくなに自分のやり方を貫く徳田を頼もしく思う上層部の人間も多くいるため、未だに徳田班は存続している。
 霜鳥のような人間が増えると立場もあやうくなるだろうが、それでも徳田は姿勢を変えないし、部下達はそれに従う。それが、徳田班だった。



 初動捜査にあたった機捜や所轄の刑事課の捜査員達が次々と報告をしていく。
 その中に、例の気障男の話も含まれていた。報告しているのは機捜の若手刑事だが、どうも、あまり重要な証言として扱っていないように思える。
 報告が終わると、霜鳥は「フン。酔っ払い、それもホームレスの幻覚か? まあ、騒ぎぐらいは聞いたのかもしれんな」と笑った。
 「殺害された者達はみな一撃で致命傷を負っている。犯人は相当戦闘能力の高い者だと思われますよ。透明人間かどうかは別として、特異なヤツであることには違いない。酔っ払いの戯れ言として一笑に付す訳にはいかない証言だと思いますけどね」
 徳田が意見を言った。
 霜鳥が露骨に嫌な顔をする。徳田に負けぬほど大きくてがっちりした体、スキンヘッドで口髭。鋭い目。押し出しの強さは相当なものだ。
 「犯行が単独であると決まったわけではない。複数犯の可能性も捨てきれないし、むしろ、その方が、状況から見てスッキリする。私はその線で捜査する必要性を感じている」
 「ふうん」と特に異議は唱えない徳田だが、明らかに不満そうだ。「そうですか」と溜息のように言った。
 「気になるなら、君の班は別の線で動けばいい。どうせ、独自路線でいくんだろう、いつものように」
 「まあ、あまりにも捜査の方向がずれていきそうになったら、そうさせていただきますよ。霜鳥管理官に限って、そんなことはないと思いますが」
 徳田と霜鳥の視線が合った。一瞬険悪なムードになるが、さすがに2人とも場の状況を乱すことはしない。どちらともなく、会議を続けるよう促した。
 その後一通りの報告が終わり、霜鳥をはじめ、他の班長等上層部が方針をまとめた。
 殺害された中の原木という人物や、極東エージェンシーの幹部の多くが元警察官であることから、過去に彼らとトラブルがあったり、検挙されて恨みを持っている人物、団体などを主にあたる。また、極東エージェンシーという企業そのものと反目し合うような組織がないかも捜査することになった。
 徳田も方針検討に加わってはいたが、なぜかあまり口を挟まず、冷めた目で霜鳥らを見ているだけだった。



 そして会議は終わり、それぞれの役目を担い、捜査員達は動き出す。
 「何か、妙だなぁ」と鷹西が呟いた。
 夏美もそれは感じていた。事件の表面的なところばかりを見ているような気がする。
 極東エージェンシーという企業についてもっと調べた方がいいのではないか、と思うのだ。
 被害者達がなぜ拳銃を所持していたのか? 
 もっと掘り下げていいと思う。そのあたりが通り一遍の確認で終えられそうで、どうにも不全感が残った。
 「確かに妙だ。俺もそう思う」と立木が鷹西に言った。「まあ、班長もたぶん何かを考えている。とりあえず、捜査本部の一員として動いてみようじゃないか」
 促されて立ち上がる夏美と鷹西。
 「勝手に動くなよ。一応最初は方針に従え。疑問が出たら、まず俺や班長に言え」
 立木が言う。頷く2人。
 「私は心配いりません」
 夏美がそう言うと、鷹西が横目で睨んできた。
 「私は、ってのは気に入らないな。俺は心配いるような言い方だ」
 「ええっ?!」わざとらしく、意外そうな顔をする夏美。「そうじゃないような言い方ですね?」
 「何だと?」
 詰め寄ってこようとする鷹西を隣の立木が抑えた。
 夏美は鷹西にあっかんべー、と舌を出し、足早にその場を離れる。
 「まて、この、捜査一課の過激なじゃじゃ馬っ!」
 鷹西の声に顔を顰める夏美。
 「ホントに小学生だな、おまえ達。しかも低学年……」
 立木の呆れたような声が虚しく聞こえてきた。


 

SCENE 6 神奈川県警 刑事部 科学捜査研究所

 この事件は……。
 モニターに映るニュース画像を見ながら、三ツ谷徹は溜息をついた。
 昨夜本牧ふ頭で発生した大量殺人事件だ。被害者は、極東エージェンシーの社員達。
 マスコミにはだいぶ伏せられた部分が多いはずだ。このニュースだけでは、満足できるほどの情報は得られない。
 同じ警察官といえども、捜査本部に所属していない者に概要や捜査状況は伝わってこない。三ツ谷が持てる技能とネットワークを駆使すれば探ることはできるが、それは、多少……いや、かなり警察官としての規律、規程を逸脱することになる。
 モニターを切り替え、先日送られてきたメールを呼び出した。
 『3年前の制裁を開始する』
 それだけが記されていた。送り主は厳重にガードされており、辿れなくなっている。
 だが、三ツ谷にはわかる。
 これは、あの人だ――。
 3年前、あの事件に多少なりとも関わった三ツ谷は、当時同じように警察官として捜査に加わった数名に確認してみた。
 やはり、みんなの元にも、同じメールが届いているという。 
 あの人が、戻ってきた。そして……。
 またニュース画像に変える。
 殺害された者のリーダーは原木。極東エージェンシーの特殊業務に就く男。
 始めてしまったんだ。ついに、あの人が……。
 焦りを感じた。立ち上がると同時にモニターを閉じる。
 ドアを開け、専用スペースを出て所長を探した。
 科学捜査研究所の研究員は、通常の警察官とは違う。警察職員の一部ではあるが捜査権は持たない。
 だが、まれに警察官が配属されることがある。三ツ谷はまさにそれだった。工学や物理学の実力を認められ、研究補助員として始めてからあっという間に頭角を現し、若手でありながら研究所内に彼専用のラボを持つまでになっていた。
 ただ、彼のことを疎ましく思う者達もいた。
 事件捜査、そして犯罪抑止や撲滅のためには、持てる技術は全て駆使し、ネットを含め利用できる情報網はあまねく使う。外部組織や、時に海外の団体や組織ともつながるし、マスコミも適宜利用する――そんな三ツ谷のやり方、姿勢を快く思わない上層部や古参の警察関係者は多いのだ。
 彼のずば抜けた情報収集力を捜査に活かしたいと考える刑事が多くいるのと同時に、彼のやり方を問題視し、隙あらば追い落とそうとする者達もいる。



 非常に微妙な状況の中におり、三ツ谷自身、もっと気軽に動くことができて人間関係のわずらわしさを感じないですむところ――たとえばどこかの所轄の鑑識にでも移動できないか、と考えていた。
 もしかしたら、今回の件の動き次第では、左遷というかたちでそうなるかも知れない。しかし、やり過ぎると左遷どころか、場合によっては懲戒……。
 それでも三ツ谷は、この件を放っておく気にはなれなかった。
 所長の目の前に行くと、彼は驚いたような表情で三ツ谷を見つめてきた。
 「どうした? 何か思い詰めたような顔をして」
 「所長。昨夜の本牧ふ頭で発生した殺人事件の捜査に、僕も参加したいんですが。何とかなりませんか?」
 「え?」怪訝な表情になる所長。「なぜ?」
 「非常に気になることがあるんです。この事件は、3年前に横浜市内で起きた喫茶店爆破事故に関係があると僕は思っています」
 「3年前の爆破事故?」
 「はい」と強く頷く三ツ谷。「僕は、事故ではなく事件だと確信していますが。いや、テロと言っていいでしょう」
 「ちょ、ちょっと待て」慌てる所長。「何だか、厄介なことを持ち込むつもりじゃあないだろうな?」
 「事件はどんなものでも厄介かと思いますが……」
 「いや、君は、事件の裏の裏まで探り当ててしまうから、厄介さを更に大きくしてしまうことが多いじゃないか。3年前というと、あの、政界や財界からも圧力がかかったと思われる爆破事故のことだろう? そんな地雷みたいなのに、わざわざ近づいていくことはないじゃないか」
 だめだ、これは……。
 がっくりと肩を落とす三ツ谷。所長を咎める気もしなかった。彼が恐れるのも無理はない。下手に関わると、社会的な立場どころか命さえ危険にさらされる可能性がある。
 「わかりました」三ツ谷は決意した。なんとしてもあの人を止めないと。「しばらく休暇をください。いつ戻れるかはわかりません。なるべく早くしたいとは思いますが」
 「え? おい、まさか君、個人的に……」
 「失礼します」
 呼び止めるかどうか逡巡する所長に背を向け、三ツ谷は科学捜査研究所を後にした。


事件の謎がますます深まる第5話に続く↓


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