Werewolf Cop ~人狼の雄叫び~ 第12話
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○ 26
日の出製薬の大会議室には、多くのマスコミ関係者が訪れていた。
前方に設えられた簡素なテーブルの向こう側に、現在の専務、常務、総務部長らが神妙な顔で座っている。
そして、進行を勤める広報室長が脇の方に立っていた。一応の経緯について彼が説明をする。
会長、社長、副社長、そして議員で理事である者一人が殺害されたが、その事件については警察に全面的に協力し、一刻も早く犯人が検挙されることを願う、とあたりまえのことを言っていた。
続いて、現在の幹部連が各自の見解やそれぞれの立場からの話をする。
記者からの質問の中には、医療事故の恨みという噂もあるが、それについてどう感じているか、というものがあった。
当然のように、そのような事故自体、まったく心当たりがないと応えている。
半年前の研究施設火災についても、関連性を訊く質問があった。
これに対しては、あれは事故であることが確認されているので、関連性はないと見ているし、警察もそう判断した、と応えた。
更に、事件に関することは警察の捜査本部から話を聞いてほしい、ということにし、その後は企業としての今後の体制や方針などについての説明が延々と続いた。
池上にとっては意味のない話ばかりだ――。
だが、気になることは大いにあった。幹部連の後ろや会場の要所に、隙のない姿勢を保ち鋭い視線を所々に送る男達の姿が見られた。皆、只者ではない。おそらく10人を超える彼らは、警察庁警備局警備企画課という部所に連なる、いわゆる公安裏部隊ではないかと思われた。
日の出製薬を守る。そして、この企業と癒着する政財界の人間達に不利益となる存在を消す役割を担っているのだろう。
実際に幹部達の身を守ることも当然含まれるのだろうが、日の出製薬の暗部を調べようとする者を排除するのも、任務になっているはずだ。
同じ公安警察官とはいえ、完全に敵対する立場だ。苦々しい思いを胸に隠し、池上はジャーナリストの1人を演じていた。
当たり障りのない話に終始した記者会見の後、池上は他の記者達の流れを乱すことなく外へ出る。
都内にある日の出製薬本社からは、歩いて行ける距離にJR、私鉄それぞれの駅が複数ある。池上は最も遠い駅まで歩くことにした。
念のため尾行を確認する。特に気配はない、と思ったのだが、突然目の前に立ちふさがる人物がいた。
清楚なスーツに身を固めた女性だった。スレンダーな身体。後ろに束ねた髪が黒く輝いている。地味な眼鏡をしているが、それが、美形な顔から感じさせる鋭さを緩和していた。
「突然失礼します。私、フリージャーナリストの北川利香ともうします。先ほどの記者会見に出席されていましたよね? 少し、意見の交換をしたいのですが、いかがですか?」
名刺を差し出しながら利香が言う。
池上は溜息をついた。面倒くさそうに名刺を受け取る。さっきの会場でも見かけ、もしやと思ったのだが、やっぱりそうだった。
「なんの余興だ?」池上は利香と名のる女性を睨みながら言う。「俺がそんな変装に騙されるとは元々思っていないだろう、エリカ?」
利香は肩を竦めた。
「私は北川利香です。エリカじゃありません。妙なことは言わないでください。もっとも、エリカという名の暗殺者のことは知ってますよ。そちらの世界の取材もよくしてきましたので」
口元に微かな笑みを浮かべて言う利香。
相変わらず厳しい目を向けながら、池上はしばらく黙った。利香は不敵にその視線を受け止めている。
根負けしたのは池上の方だ。
「堂々としたものだな。俺がおまえを逮捕しようとするとは、思わなかったのか?」
「何の容疑で?」
言葉に詰まる池上。目の前の女が暗殺者である証拠はない。昨夜S&Wをぶっ放したのと同一人物なのを池上だけは知っているが、本人が惚け通せば連行もできないし、任意同行を求めても断られればそこで終わりだ。そもそもそんな面倒なことをこちらがするとは思っていないのだろう。悔しいが、エリカのペースに乗せられたまま話をするしかない。
肩を竦め、池上は歩き出す。チラリとエリカ――いや、今は利香か?――に視線を送ると、当たり前のように横にきて一緒に進む。
「上だけでも下だけでもいいから、名前、教えていただけませんか? 名無しの公安捜査官さん、じゃイヤでしょ?」
「池上だ」
「公安だ、っていうことは否定しないんですね?」
「どうとでも思え、と言ったはずだ」
「じゃあ、そういうことで」
フッと笑う利香。
「エリカという女暗殺者は、警察が嫌いじゃあなかったのか?」
「そんなことないと思いますよ。警察官の中にも素晴らしい人達がいることは、知っているみたいです。ただ、組織としての警察は嫌いみたいですけどね」
「暗殺者であれば、公安は最も忌避すると思うんだが?」
「もちろんそう。一番嫌いな部署ですね」
チラッと視線を送ると、利香からも向けられぶつかった。
「なら、なぜ俺に接触してきた?」
利香は一瞬目を伏せたが、すぐにまたこちらを見てフッと息をつく。
「今の状況だと、一時休戦して真相を突き止めた方が良いと思ったのが一つ。もう一つは、昨夜の池上さんの行動ね」
「俺の?」
立ち止まりそうになるのを何とか堪え、何気なさを装い歩く。
「あの人狼が利里亜ちゃんを襲おうとしたとき、あなたは立ちふさがって防ごうとしたそうですね、身を挺して。そこが、エリカの気持ちを動かしたのかもしれません。ちょっとだけ、ね」
微かな笑みを向けられ、池上は少し戸惑う。相手が冷徹な暗殺者だということを忘れてしまいそうな雰囲気だ。
しばらく歩くと、小さな公園に着く。人気はない。念のために周りをぐるりとまわって確認する。ここなら、長居しなければ大丈夫だろう。
ベンチがあった。隣り合わせて座る。妙な気分だ。
「まず、ここまでのことを整理しよう」
池上が切り出した。エリカ側に主導権をとられたままではやりにくい。
利香は黙って頷いた。
「日の出製薬の会長、社長、副社長、そして理事に名を連ねている議員が殺された。そのうち3人はエリカの仕業だ。会長と社長、理事だな。残りの副社長を殺したのが人狼。だが、エリカに先を越されたが社長と理事も狙っていた。それは、俺自身が見ている」
確認するように視線を向ける。利香は無言のままだった。頷きはしない。ただ、否定もしなかった。
「人狼が殺した副社長は、果たしてエリカにとってもターゲットだったのか? 俺はそうだと思っているんだが……」
「そのようですね。私の取材によると」
しれっとした顔で言う利香。
「ということは、エリカも人狼も、日の出製薬の主要人物やそのバックアップをする連中を狙っているのは明白だ。エリカは依頼を受けて仕事をする。誰から依頼を受けたのか……?」
「それは、私もわかりませんね。エリカはプロの暗殺者ですから。依頼については誰にも話さない」
「だろうな」と肩を竦める池上。
「ただ、ターゲットが同じ連中だとしても、エリカは人狼がなぜ彼らを狙っているのかは、わからないようです」
完璧に、エリカに取材したジャーナリストの利香、を演じている。
公安捜査官も様々な職種を演じることがあり、その技術を身につけるのに苦労するが、彼女ならすぐに通用するだろう。
「それから……」利香が続ける。「なぜあなた、あるいはあなたが所属する公安の部署が日の出製薬の幹部のまわりをうろつくのか、何を調べているのか、興味を持っていますね。もしかしたら、今の人狼の動きに関してエリカ本人よりも知っていることがあるんじゃないか、と考えてもいます」
強い視線を向けてきた。
公安警察の動きを暗殺者に教えるなど、前代未聞だ。だが、これは池上個人の案件であり、多少大森の後押しがあるとは言え、公安の組織として動いているわけではない。池上は、どこまで明かすか思案した。
しばし視線をぶつけ合ったが、沈黙が長くなるのを嫌った池上は、言葉を選びながら話し出す。
「半年ほど前に、日の出製薬の研究施設が火災を起こしたのを知っているか? 沢の北峠にあるんだが」
「覚えています。最終的に爆発するほどの大事故になったらしいですね」
「俺の元同僚で、警察学校の同期でもあった男が、その事故に巻き込まれて死んだ。そいつは、日の出製薬の不正について調べていたらしい」
「目障りになったから、殺された?」
「そんなところだと思っている。それに、そいつが所属していた班はなぜか解散になった。上の方から有無を言わさず全てを潰した形だ」
「警察上層部にも、やっぱりまだまだ腐った人たちが大勢いるみたいですね」
眉を顰める利香。一瞬怒りの光が瞳に灯ったような気がして、池上はその横顔を見つめた。エリカは悪党しか殺さない。悪党に関する情報は集まりやすいのかもしれない。
「エリカの情報網には、日の出製薬の不正について何か入ってきてはいないのか?」
池上が訊くと、利香は首を傾げる。
「過去に、提携している病院の医療事故の原因が日の出製薬の薬品にあった、っていう話はありましたね。結局金と力で握りつぶしたという噂も立った」
ふむ、と頷く池上。もしかして、エリカが日の出製薬の幹部や理事連中を狙うのは、その医療事故関係者からの依頼なのかもしれない。そう感じたが、あえて訊くのはやめた。
「でも」と利香は続ける。「それは公安が調べることとは違う気がするし、研究施設の火災とは関係ないんじゃあ?」
「ああ。実は、彼が調べていたことが、ある程度わかってきた」
沢の北峠分署に勤務していた佐野が話してくれたことだ。それをここで説明するか迷ったが、むしろ、エリカの側からも調べて裏をとらせ、その情報を得るのもいいかもしれない。そう思い、説明する。
「日の出製薬は、生物・化学兵器へ転用できる薬物を海外に流していた疑いがある。それも大量に。相手側にはテロ支援国家も含まれるかもしれない。あるいはテログループそのものにも……」
草加はそれを調べていたのだ。そして、その拠点があの研究施設だとあたりをつけた。だから、松田警察署の地域課に潜り込み、分署に出向という形で勤務しながら探りを入れる準備をしていた。分署で信頼のおける佐野にだけはそのことを話していたらしい。
だが、それはどこかから漏れた。佐野の話では、草加が分署に勤務し始めたのと同時期に、人事異動があった。草加以外にも数名が新たに分署に所属するようになったそうだ。
その中の数名、あるいはそのすべてが、日の出製薬と癒着する大きな力――政治家やその傀儡となっている警察官僚等――に取り込まれていたのかもしれない。そう佐野は言っていた。
もしそうであれば、草加の動きはその時点で掴まれていて、彼のまわりには監視するための警察官が数名いた、ということだ。
研究所の火災があった日、佐野は非番だったのでどういう状況だったのかわからないそうだ。だが想像はしていた。もしかしたら、火災を起こし、分署の者達が駆けつけるようにしたが、草加以外の警察官は敵側だったのかもしれない。だとすると、草加は火災現場でその警察官達を含む日の出製薬裏事業関係者によって何らかの罠に嵌められ、炎の中に置き去りにされた可能性もある。
「ひどい話ですね」
聞き終わると、溜息を漏らすように利香が言った。本気で怒りを覚えているようだ。
池上も草加の無念を思い、しばし押し黙る。だが、それで時間を潰すわけにはいかない。こちらから話し出す。
「俺は、彼の意志を継いで日の出製薬の不正を暴きたいと思った。だが、おおっぴらにやるわけにはいかない。上司は黙認し、ある程度協力をしてくれるが、基本的には俺1人で動いている」
「上手く目的を達成できることを祈ってます」
利香が言った。どこか暖かい目だった。
こそばゆい気がして、池上は話題を変える。
「ところで人狼のことだが、俺にはまったく何もわからない。なぜあんなのが現れたのか……」
「そうですか……」少し残念そうに息を吐く利香。しかしすぐに気を取り直したように視線を向けてくる。「でも、鍵は、沢の北峠のどこかにあると思いませんか?」
「なぜ?」
「あの近辺で、最近猟奇連続殺人が起きているでしょう? あれも、人狼の仕業では?」
池上は息を呑んだ。あれらの事件の詳細はマスコミにも伏せられている。それなのに人狼とつなげて考えるとは、警察の情報がエリカ側に流れている証拠だ。
そんな池上の苦々しい思いを見てとったのか、利香はまた微かに笑う。
「裏の情報網は、警察にもおよんでいる、っていうことだな」
溜息交じりに言う池上。
「鋭い爪や牙で殺害され、心臓をくりぬかれている。とても人間業とは思えない。で、そのような殺戮は、田上と坂田を狙ったときと奥山を殺害したとき以外は、沢の北峠の近くの地域でのみ起きています」
「まさか、人狼のねぐらがあの辺りにあるとでも思っているのか?」
「その可能性はけっこう高いんじゃないかな? だって、山や森がたくさんあるでしょう。それともう一つ、最初に警察の分署が襲われましたね。あれにも何か意味があるんじゃないかと思います」
ふむ、と考え込む池上。確かに、あの分署襲撃だけ、他の事件と比べて浮いているような気がした。
「どこかで時間をとって足を運んでみませんか、あのあたりに。一緒に取材、っていうことで。お互いジャーナリストとして」
凄腕の女暗殺者と組んで調べる――それは、危険だが魅力的な提案だった。
○ ↓第13話に続く。
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