Werewolf Cop ~人狼の雄叫び~ 第4話
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○ 7
池上は車に戻りすぐに動き出す。とにかく、急いであの高級レストランから離れたい。刑事達に事情聴取などされたら面倒だ。
それにしても、あの警官はなんだ? そして、あのチャイナドレスの美女は何者だ?
突然異常な出来事に遭遇し、混乱しそうだ。運転しながら思考を整理する。
あの警察官は、何発も銃弾を受けたが平気だった。防弾用の何かを身に纏っているようには思えなかったし、頭部にも銃撃を受けていたのを見た。なのに、死なない……。
しかも、あの鋭い爪、そして顔貌、牙……。
何だったんだ、あれは?
ふと思い出す。沢の北峠分署が壊滅した事件、そして、昨日起こった猟奇殺人事件。どちらも、鋭い爪や牙の痕があったという。
まさか、あれが……?
ではなぜ、この横浜に現れた? 田上や坂田を襲おうとした? 日の出製薬関係者を狙っているのか?
いったい何が起こっているのだろう?
考えれば考えるほど、わからなくなってきた。
チャイナドレスの美女のことも思い出す。
警官姿の怪物は、田上や坂田に迫っていたが、2人は動いていなかった。つまり、既に死んでいた?
あの女の仕業か? 手にしていた銃が、2人を……。
つまり、公安捜査官?
――見事に言い当てられた。思わず舌打ちする池上。
いずれにしろ、今は何もわからないままだ。大森がどの程度情報を仕入れられるかわからないが、明日以降、それを元に仕切り直しをしよう。
アクセルを踏み込む。
窓外を流れる景色は綺麗に輝いている。だが、それを楽しむ気分など微塵もなかった。
○ 8
横浜市内でも寂れた地域に入る場所に建つ、ありふれたマンション。その一階の角部屋に戻ると、エリカは「ふうっ」と息をついた。
途中、公衆トイレで着替えていた。チャイナドレスは背負ったデイパックに押し込んである。今は上下黒のジャージだ。チャイナふうヘアスタイルもほどき、セミロングの髪がたなびく。
若い女性の部屋にしては殺風景だった。テレビやオーディオ、洗濯機、電子レンジ、エアコン等家電は予め部屋についていた。自分で購入したのはパソコンくらいだ。
奥に置かれた無機質なデスクに、デイパックから取り出したチャイナドレスを置く。丸めてあり、中心に銃が分解されて入っている。それをバラバラとデスクにぶちまけた。
そして、シャワーを浴びる。
引き締まった身体に程よい温度のお湯が流れ落ち、緊張がほぐれていく。髪を洗いながら、目の前の鏡に映る自分の肢体を眺めた。銃を構成する部品を見るかのように、手、足、腰、胸と確かめる。
不具合はない。体調に乱れも感じない。暗殺マシーンとして不備は見られない、と確認した。
バスルームを出て髪を乾かし終えたところに、まるでタイミングを計ったかのようにスマホが鳴った。
先ほどのテーブルには、いくつものスマホや携帯電話が置いてある。そのうちの1つだ。
彼女のような暗殺者と依頼者の間をつなぐRepeater――中継器からそう名付けられていた――のうちの1人、最も信頼のおける相手、トムからだ。
そのスマホを手に取り、受信をタップする。
「仕事について確認した。成功はしたようだが、問題もあるみたいだな」
つながるなりトムが言った。
「耳が早いわね」
「情報は我々にとって命綱の1つだ」
「確かにね」
フッと笑うエリカ。彼らRepeaterは依頼があるとその裏をとる。依頼者、ターゲット、関連する者達すべてを速やかに洗う。様々な世界に張り巡らせた情報網を駆使し、依頼内容を俯瞰的に見る。それがどれほどの精度で可能なのかで、Repeaterのレベルが変わってくる。トムはトップクラスだった。
「警察が入り乱れる騒動になったようだが、仕事の場面を目撃されたわけではないだろうな」
「私が一度でもそんなミスをしたこと、あった?」
「ない。それはよく知っている。だが、今後もそうとは限らない」
素っ気ない返事だ。肩を竦めるエリカ。
「状況を説明してくれるか」
「いいけど。最初に断っておくわ。これから話すことは、冗談でも嘘でもない。私の目の前で起こった事実よ」
「当然だ。それ以外は必要ない」
エリカはあの高級中華レストランで起きたすべてを説明した。
話し終えると、しばらくお互い沈黙する。
最初にそれを破ったのはトムの方だった。
「そのクリーチャーは確かに田上と坂田を狙っていたのか?」
「あの動きを見れば、間違いないと思う」
「ふうむ……」
「依頼者が、私以外にああいうのを雇ったなんていうことはないわよね?」
「あり得ない。依頼者についてはしっかりと調べてある。そんなつながりは……。そもそも、クリーチャーと知り合いだったらこちらに依頼をしてこないだろう」
「そうね……」
「この依頼のターゲットは、まだ数名残っている。続けるかどうかの判断は君にしてもらっていいんだが、どうする?」
今回の件は、日の出製薬という会社の薬を使った治療で不具合が出たことに起因する。多くの者が亡くなったり、副作用に苦しんでいるという。
遺族や被害者達が集まり訴えを起こそうとしたが、日の出製薬側が圧力をかけた。政財界に影響力を持つ企業が、それを駆使して訴訟を潰したのだ。弁護士や遺族側でリーダーシップをとっていた人間が、不審な死を遂げたことさえある。
それから数年経ったが、遺族側の何人かが復讐を願い、トムの元に依頼が届いたという流れだ。ターゲットには田上や坂田だけでなく、当時訴えを力づくで潰した者達すべてが含まれている。
「仕事は続けるわ。あの怪物警官の狙いが私のターゲットと被っているという可能性はあるけど、まだ様子を見る。同時に、何者なのか調べてもみる。そっちでも探ってみてほしい。あれが一体何なのか」
「ターゲットがすべてかさなるのであれば問題だが、そうでないならあまり関わらない方がいいと思うが?」
「それも調べを進めてどこかで判断する。今日は仕事にケチをつけられた感じだから、できることならけじめもつけたいしね」
目立たず静かに仕事を終え、速やかに引きあげる。それがベストだ。今日はほぼそれに近い形で進めることができたはずなのに、あの怪物が台無しにした。
「クリーチャー相手にけじめとは、あんたらしいな」
トムが苦笑しているかのような声で言った。
「そっちこそ、これだけ奇抜な話をよく一度聞いただけで信じたわね。御伽噺はやめろ、とか言って怒鳴られるかと思ったわ」
「あんたのことは信用している。それに、世の中には人の思いもよらない存在もいるということは、一応心得ているつもりだ」
トムと直に会ったことはない。年齢を推し量ることができるような声でもなかった。もしかしたら、それなりの歳を重ねた者なのかも知れない。それこそ世の中の表や裏だけでなく、闇まで知り尽くしているような男であっても不思議ではない。
「あんたも、まだ若いワリに、人ならぬものが引き起こす事件があることは、よくわかっているだろう?」
トムが訊いてきた。
「ええ。イヤという程ね……」
遠くを見るような目になるエリカ。
「もう一つ、気になることがある」
続けて言うトム。
「わかってる。あの時に問いかけてきた男のことでしょ?」
「そうだ。現場に居合わせ、そのような言動をとったということは、可能性としてはマスコミ関係者、もしくは警察関係者の中でも、公安……」
「私は後者だと思った。騒動に出くわして驚いていたようなところがあるから、たぶん私と同じようにあんな事態は想定していなかったはず。でも、田上や坂田のことを探っていたフシがある。日の出製薬関係の調べをしているなら、この先また鉢合わせ、っていうこともありうるわね」
「可能な限りその男のことも調べてみる」
「頼むわ」
そう言って、エリカは電話を切った。溜息が一つ自然ともれる。
なんだか、面倒な仕事になりそうね……。
○ 9
「森山会計事務所」と書かれた看板が小さく備え付けられたビル。例によってその一階の一室に、池上は立っていた。目の前のデスクの向こうに、大森が座っている。非常に渋い表情だ。
「昨夜の事件の情報は、かなり厳密に抑えられている。どの部署によってどのように捜査がされているのか、私でも掴みきれない」
昨夜の事件――田上と坂田が殺害された件について、刑事警察がどう動いているのか掴んでほしい、と簡単に昨夜あの後頼んでいた。現場に居合わせた、とだけ伝えてもあった。
事件に関する情報は、その捜査本部以外には洩らさないのが原則だ。マスコミなど外部に公表する際には、捜査本部の上層部が精査して内容を決める。
同じ警察組織内にしても、安易には伝えない。
公安警察の情報網はあらゆる箇所に巡らせてあるので、大森がその伝手をたどればかなり状況を把握できると思ったのだが、どうやら今回はそうもいかないらしい。
与党の大物政治家、田上が殺害されたためだろうか? 彼の身辺を探られると困る代議士や財界人もいることだろう。それらを鑑み、かなり上の方で情報統制がなされているのかもしれない。
それとも、日の出製薬にアンタッチャブルな何かがあるのか……?
「必要とあれば、もう少し粘ってみるが……」
顔を顰めながら、続けて大森が言った。
「できればお願いします。妙な圧力をかけられる手前まででいいので」
頭を下げる池上。
肩を竦めながらも、大森は了承した。
「今のところ私にわかっているのは、会食中だった民事党議員の田上と日の出製薬社長の坂田が、乱入してきた警官姿の男に殺害された、ということだ。民事党派遣の護衛やSPが撃たれてケガをしたが、命に別状はない。妙なことだが、田上と坂田を殺害した銃と他の者を撃った銃が別の物だった、という話だな。摘出された弾丸が違っていたらしい」
「やっぱり……」
池上が合点がいったような表情になる。それを怪訝そうに見上げる大森。
「あの場には女がいたんです。銃を持っていた。乱入してきた警官が撃ったのは護衛の連中だけです。田上と坂田はその前にすでに死んでいた。殺害したのは、あの女に間違いないでしょう」
「なんだと?」大森の表情がますます険しくなった。「警官姿の男とその女がグルだというのか?」
「いや、違うでしょう。あの女も、あの警官については想定外だったようですね」
「おまえの見た場面を、詳しく説明してくれ」
大森に言われ、池上は全てを報告した。あの警官姿の者が、人間ではなかったことも含めて……。
話し終えると、大森はしばらく腕を組み目を閉じたまま黙っていた。
こちらも黙って待つ池上。下手をすると、頭が変になったと思われるかもしれない。だが、事実だから仕方ない。
「その犯人が……」ようやく首をひねりながら口を開く大森。「怪物の覆面を被り、全身強化スーツでも着ていた。腕の鋭い爪もそういう武器だった、という可能性は?」
「班長も、そんなはずはないと思っているでしょう?」
肩を竦めながら応える池上。
「本物の化け物だった、という可能性と比べても、現実味はどっこいどっこいだと思うが……」
「しかし、事実なんですよ。あの怪物は、銃で頭を撃たれても平気だった。顔も爪も、作り物には思えなかった」
ふうむ、と溜息をつく大森。
「沢の北峠分署やその近辺で起こった猟奇殺人事件の殺害手口は、鋭い爪や牙によるものだという話を聞きました。もしかしたら……」
「昨夜のその化け物とやらの仕業だと?」
「あの爪を思い出してみれば、可能性は高いと感じられます」
高級レストランの個室で、田上と坂田を前にして一瞬かざした爪。そして、その後に見せた鋭い牙……。殺傷能力は充分だろう。
「だがそれらが草加の件に関係するのかどうか、まだ全くわからない。今のところ、猟奇殺人やら田上達の殺害やらは、あくまで別件だ」
「別件で済めばいいんですが……」
「済まないかもしれない、と?」
「そんな予感がします」
「予感や予断は極力挟むな。まあ、おまえの勘は一応評価しているんで、それらの情報もできるだけ手に入れられるようにするが、あくまでも参考程度だ。とにかく、それぞれのやり方で情報を集めよう。それらをつなぎ合わせていけば、何が起こっているのか形が見えてくるかもしれない」
言われたとおりだ。根拠がないうちにあれこれ考えるより、事実を積み上げていく方が真相を突きとめるためには有効だろう。
「わかりました」
頭を下げ、池上は事務所――大森班の拠点を出る。相変わらず日差しが強く眩しいが、なぜかそれでホッとできた。
第5話に続く↓