【コラム】何をもって「多様性」?英国保守党の党首選から考える英国政治
ボリス・ジョンソン首相の辞任を受けて、英国の保守党は党首選を開催しています。決選投票に進むのはインド系男性のリシ・スナク前財務相と白人女性のリズ・トラス外相の2名。
庶民院(下院=日本の衆議院に相当)で多数派となる保守党の党首は首相に就任する見通しで、この決選投票は実質的に「首相を選ぶ機会」です。
このインド系のスナク氏と、女性のトラス氏の決戦を「多様性に富んでいる」とする指摘も一部には散見されます。しかし、どうも無邪気な観測に思えてなりません。
スナク氏はイングランド出身で、父は医師、母は薬剤師。
名門パブリック・スクールのウィンチェスター・カレッジからオックスフォード大学に進学してPPE(哲学、政治学、経済学)を専攻。スタンフォード大学でMBA(経営学修士)を取得。ゴールドマン・サックスを経て庶民院議員に当選。「英国で最も裕福な議員」の1人とされています。
トラス氏もイングランド出身で、父は数学者、母は教師。労働党左派を支持する家庭で育ち、幼少期に母に連れて行かれたデモで政治に興味を持ったそう。
オックスフォード大学で同じくPPEを専攻。ロイヤル・ダッチ・シェルを経て庶民院議員に当選。司法相ほか主要閣僚を歴任。
スナク氏もトラス氏も、ともにイングランドの出身。どちらも文化資本のある知識階級の家庭。さらに、英国の歴代首相の多くがそうであるように、オックスフォード大学でPPEを専攻。名実ともに「エリート」です。
実は、戦後の英国首相は3名(キャラハン氏、メージャー氏、ブラウン氏)を除く全員がオックスフォード大学を卒業。ケンブリッジ大学すら首相を輩出していません。しかも、多くがPPEを専攻。男性は往々にしてイートン・カレッジ出身。
また、戦後の英国首相のうち、2名(スコットランド出身のブレア氏とブラウン氏)を除く全員がイングランド出身。ウェールズや北アイルランド出身はいません。
日本で例えると、歴代内閣総理大臣の大半が首都圏の出身で、かつ名門進学校を経て旧帝国大学や早慶を卒業しているような構図。つまり、ほぼ全員が故・橋本龍太郎さんのような経歴(東京都出身、麻布中高から慶應義塾大学法学部)の持ち主です。
正直、何が「多様性」だよと感じてしまいます。恵まれた出自のエリートたちの内輪で「多様性」を競っているだけの構図に思えてなりません。
もちろん、日本では未だに女性の内閣総理大臣は誕生していないし、また外国にルーツを持つ政治家も少ない。性・ジェンダーや人種・民族といった観点において、既に女性の首相を2名も輩出して、またインド系男性が首相の有力候補になっている英国は先進的と言えるかもしれません。
でも、誤解を恐れずに言えば、菅義偉さんのような出自(地方出身、非世襲、大学も旧帝や早慶ではない)でも内閣総理大臣になれるのは本邦の政治の良い部分のはず。これはこれで「多様性」の一つだし、英国政治に欠けている要素に思えます。
「多様性」の議論で、性・ジェンダーや人種・民族といった「目に見えやすい」要素ばかり取り沙汰され、出自や経歴といった「可視化されにくい」「定量的に観測しにくい」要素が置いてけぼりになる光景には強い違和感を拭えません。
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