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心に耳を傾けて 序章(ショート連載/エッセイ風)

序章

-1-

新年を迎えて、あと二日で仕事始めという土曜日。
僕は大きな決断を迫られていた。

キッカケは去年のクリスマス。相手は恋人ではない。僕が勤める中小企業の社長で、カップルや子供が、夜に向けて心の弾みを大きくしていく、遅い昼下がりに、僕は社長に呼び出され、"尋問”を受けた。

と、その前に、簡単に僕の自己紹介をしておこうと思う。
名前は、本庄巧(ほんじょう たくみ)。年齢は31歳。血液型はO型。彼女いない歴2年、1Kのアパートに一人暮らし。

大人数が苦手、一人で考えるのが好き、一人で仕事を進めるほうが捗る、積極的に話すより聞き役に回る方が多い、友達は少数、人見知り、疲れたときは飲みに行ったりするより、家でのんびりしたい・・・・・・内向型、陰キャなどに分類されるタイプ。

仕事については・・・・・・追々話していこうと思う。
一つだけ言えることは、今の会社は停滞している自分の人生をなんとかしようとチャレンジして採用された、チャンスとなる仕事・・・・・・のはずだった。

「ここ二週間ぐらいの俺と山下の態度、どういう意味か理解できてるか?」

あと三日で仕事納めという去年のクリスマス。社長の荻野は、僕を外のカフェに呼び出し、そう切り出した。ちなみに山下というのは、役員の一人だ。一応役職的には専務ということになる。

「えっと・・・・・・社長と山下さんの態度、ですか?」

「そうだ」

「いえ、すみません、特に何ってことは、感じなかったんですが・・・・・・」

少しかすれた声で答えると、荻野はため息混じりに首を横に振った。

「なんで分かんないんだか・・・・・・」

「すみません・・・・・・」

「倉持に対するおまえの態度と同じことをしたんだよ。なのに何も感じない? おまえおかしいんじゃないか?」

倉持敬子(くらもち けいこ)は同僚で、年齢25歳。いわゆる"かまってちゃん”で、社内で彼女に好感を持っている人間はいない。社長と山下を除いては。

「倉持さんへの態度って・・・・・・」

「理解力の乏しいおまえにも分かるように言ってやる。他の社員に比べて、態度が冷たいんじゃねぇかってことだよ」

荻野はテーブルを"ドン!!”と叩いた。

「冷たい・・・・・・いえ、そんなつもりは・・・・・・」

「違うって言いたいのか?」

その後は、客観的証拠より一個人の証言を重視する刑事と容疑者のように"尋問”され、僕はやってもいないこと(客観的証拠も他の社員による裏付け証言もない)を「やりました、申し訳ありません」と言わされ、荻野は「やっぱりな」と、自分の言わせたいことを言わせた満足感を口にした。

ストレートに言うと問題になると思っているのか、クビだとは言わなかったものの、態度を"明確”に改めるか、辞めるかの選択を迫った。明確に改めるとは、社長とかまってちゃんが納得のいく態度になれということで、実質的な意味は、俺達に気に入られる社員になれ、ということだった。

「少しだけ、時間をください・・・・・・」

僕は回答を先延ばしした。
心の中では、

「こっちから願い下げだ!! ク●野郎!!」

と叫んだが、現実の状況はそれを許さなかった。
このときほど、映画「リストラ・マン」のジョアンナを羨ましいと思ったことはない。ただの共感ではない、それ以上の感情。

「少しって、いつだ?」

「えっと・・・・・・」

「いつだよ?」

「来月の半ば・・・・・・15日までには」

「よし、いいだろう」

荻野は「まあしょうがねぇな」といったふうに、軽く2、3回頷いた。

冷めきったコーヒーをそのままにして、僕達は席を立った。

「本庄」

店を出て会社に戻る途中、荻野は言った。

「おまえ、独立して一人で仕事したほうがいいと思うぞ」

「・・・・・・そうですかね」

「俺はそう思う」

「・・・・・・」

「まあいいや。年内あと三日だ。がんばろうや」

「はい・・・・・・」

会社が入っているビルのゲートを抜けて、エレベーターで五階まで上る途中、どちらも口を開かなかったが、僕はずっと、荻野の言ったことが頭に残っていた。

独立したほうがいい・・・・・・言葉の意味は、おまえは人の気持ちが分からないのだから、一人でやったほうがいい、その方が周りも迷惑しない、という意味だろうと思った。確かに僕は、あまり他人に興味がない。仕事も、周りがどれぐらい仕事をしてるとか、気にしない。

たとえば、隣の席の人がネットサーフィンをしていても、気にせずに自分の仕事をする。だがおそらく、多くの人はそうではないだろうことは分かっていた。そうはいっても、気にするようにするというのもおかしな話だと思っていた。

独立のことは、考えたことはなかった。荻野から、人の気持ちが分からないと言われることに違和感もあったし、おまえがいうのかという言葉も浮かんだが、今、この状況は、一つの恐怖を僕に植え付けた。

社長のさじ加減一つで昇給もクビも自由、仕事の質より気に入られるかどうかを重視する・・・・・・そんな会社ばかりではないだろうけど、雇用されているという立場、その、ある種当たり前とも言える恐怖を。



-2-

(残るって選択肢はない。年も明けたし、すぐに次の仕事を探すのが正解だよな)

1Kの小さなアパートで、ベッドに寄りかかって天井を見上げる。
ベッド以外で部屋にあるのは、本棚、テレビの前に置かれたゲーム機、食事兼パソコン置き場のこたつテーブル。

仕事が決まって、この部屋に引っ越してきたときは、自由を感じたし、未来を明るく描いていた。給料も安くて、生活も楽じゃないのは分かっていたが、それでも自由を感じられたのは、それ以前はもっと酷かったからに他ならない。でもこのままでは、それ以前より最悪になる可能性もある。

「くそ・・・・・・!」

声が漏れて、僕は俯いて膝を抱えた。
荻野の言いがかりに怒りを覚え、実質的なクビという恐怖を植え付けられたのに、辞めてやると言い切ることができない自分に、一番怒りを覚えた。

もし自分に力があれば、辞められては困る人材なら、荻野もあんな言い方はしないだろう。結局は、すべてそこに集約される気がした。

力がないから、マウントを取られても強く言い返せず、次の仕事を探そうにも、一体何をすればいいのか、見つけられるのかという恐怖に飲まれるし、独立もできない。

結局、土曜日中に答えは出せず、日曜日の夜になってようやく、方針が決まった。すぐに仕事を見つけるのは難しいし、かといって残ることもできない。だから、態度を改めるという形にして一ヶ月残り、その間になんでもいいから仕事を見つけて、一ヶ月後に退職を伝える。有給はほぼ丸々残っているから、それでさらに一ヶ月は凌げる。

最初の一ヶ月で次が決まらなくても、次の一ヶ月がある。それでもダメなら、失業手当でももらうしかない。

「改めるので、残らせてください」

月曜日。
他の社員が帰った後、僕は荻野に頭を下げた。

心にもないことを言っているのは分かっていた。ただの時間稼ぎで、言いがかりに対して態度を改めるつもりなどない。

「ふ~ん、いいよ、分かった」

荻野は意外そうな顔をしながらも、ダメだとは言わなかった。

これから一ヶ月は、それっぽい態度を見せる必要があるが、ひとまず食いつなぐことはできる。実質残り一ヶ月と思えば、耐えられる。先が見えていれば・・・・・・

辞めると決めているのに、今後も頑張っていくというスタンスで他の社員と接することに、騙しているような気もして、胸のあたりが常に重い日々を過ごした。正直に伝えるほうが、人としては正しいのかもしれない。でも、その正しさを体現できる人は、何人いるだろうか。

自分は間違っていないと思いたいというより、そもそも人間はそんなに強くもなく、綺麗でもない。ときに、映画になるような強さや美しさを見せることがあっても、そんな状態を維持するのは無理だし、一般的に正しいとされることを常にすることが、必ずしも良い結果をもたらすとも限らない。

2月に入ったとき、僕は荻野に、退職の意志を伝えた。

「結局辞めるのか」

荻野は言った。

「はい」

「そんな気はしてたけど、態度を改めるっていうのは嘘じゃないように見えたから、少し残念だな」

「すみません・・・・・・」

「謝らなくていいよ。退職の手続きは山下から説明あるから。有給の日数とかも確認しろ」

「はい」

僕が2月いっぱいで退職することは、翌日には全社員に広まり・・・・・・といっても中小なので、全部で15人だが・・・・・・口には出さずとも、ほとんどはしょうがないねと顔に出ていたが、かまってちゃんこと倉持だけは「すごく残念です・・・・・・」と表情を曇らせた。

どこまで本当か分からないし、荻野が見える範囲にいたからかもしれない。おまえのせいだという気持ちもあったが、僕自身の落ち度もあっただろう。かまってちゃんを真摯に受け止める必要はないが、社内の人間関係に対する観察が足りなかったかもしれない。

次の仕事は、派遣社員としてコールセンターでの仕事。やりたかったわけではないが、コールセンターは経験があるし、発信はともかく、受信ならなんとかなる。半年ほどの期間限定らしいが、それもちょうどいいと判断した。

「お世話になりました」

有給に入る前日、形だけの挨拶をして、僕は会社を辞めた。
3月には次の仕事が始まる。
映画なら、主人公は新しい世界へ踏み出していく、希望に満ちたエンディングとなり、スタッフロールが流れるところだが、現実は続く。
そう、クランクアップのあとも、人生は続く。

第2話 常識の目


心に耳を傾けてのマガジン


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