第7話 みづきの思い【口裂け女の殺人/伏見警部補の都市伝説シリーズ】小説
■第7話の見どころ
・みづき(口裂け女)が取り戻したいもの
・厄介な野郎が……
-1-
ファミレスで竹神と話し、連絡先を交換した日から、奈津美は何度も、神社や事件があった周辺を歩いた。一人のときもあれば、竹神と一緒にときもあったが、未だ、みづきと会うことはできずにいた。
「もう会えないかもしれないですね」
竹神は、窓の外を見ながら言った。
以前と同じファミレスで夕食を食べ、周辺の地図を印刷して、行った場所に印をつける。すでに十箇所以上の印がついており、歩数で考えたら一万どころではないが、手がかりの一つも見つけられない状況に、二人の間には諦めが漂い始めていた。
「神社にいたってことだけで探すのは、やっぱり無茶だったんですかね」
奈津美が言うと、竹神は、
「ネットで調べても、ネタみたいな話ばかりで、情報と呼べるものはないですしね」
ため息をついた。
「もう、正直興味も薄れてきてます」
竹神は言った。
「もう一度話せたら、聞いてみたいことはあったけど、でも、そこまでこだわることでもないし」
「……」
「雨草さんは、どうですか? まだ、彼女のことが気になります?」
「……はい。
でも私も、話して何か、自分の抱えてる問題が解決できるわけじゃないんだよなって、思い始めてます」
「問題?」
「仕事のこととか、私自身の、心の問題とか、そういうのです」
「心の……なるほど」
竹神は一瞬目を伏せて、顔を上げた。
「どうします? これから」
「今日、この後のことですか? それとも……」
「今後のことです。彼女のことを、まだ調べるかどうか。俺は、雨草さんが納得できるまで調べたいというなら、付き合いますよ」
「え? でもそんなの、悪いし……」
「いいんですよ、どうせ、仕事以外特にやることもないし」
竹神は笑った。
「一人でいるのは好きなほうだけど、ずっと一人だと、余計なことも考えちゃうし」
「余計なこと、ですか?」
「そろそろ出ましょうか。混んできたし」
竹神に言われて入口に目を向けると、三組の客が椅子に座っていて、うち一組の家族連れは、子供が退屈そうに欠伸をしている。
「そうですね、出ましょうか」
奈津美の言葉を合図に立ち上がり、二人は会計を済ませて店を出た。
「送っていきますよ、途中まででも」
竹神が言った。
「でも……」
言いかけて、奈津美は頷いた。
一人でいるとき、竹神はどんな”余計なこと”を考えるのだろう。
いつも冷静で、警察を前にしてもまったく動じていなかったのに、不安を感じたりするのだろうか。
「ん? どうかしました?」
ほとんど無意識に、顔を見てしまっていたせいか、竹神は不思議そうな顔をしている。
「あ、すみません、なんでもないです……」
黙ったまま、並んでゆっくりと歩く。
住宅街で、立ち並ぶ家には人がいるはずで、明かりも点いている。なのに、もし竹神がいなかったと思うと、体に力が入る。何かあっても、誰も助けてはくれない……そんな気がして、怖くなった。
「あれ?」
突然、竹神が立ち止まって、奈津美は顔を上げた。
「どうしたんですか?」
竹神は、ある一点を見て、固まっている。何かを確かめようとしているのか、顔だけが少し前に出て、目を細めている。
「竹神さん……?」
「あれって……」
竹神の視線に誘導されて、奈津美は同じ方向を見た。
住宅街の中で、シンと静まり返った公園。昼間は子供や親子連れの笑い声が絶えないだろうそこは今、暗闇の中に遊具が浮かび、心許ない外灯が、うっすらと、公園の輪郭を照らしている。
その中に、赤いものが見えた。
人間のようで、赤い服を着ているらしく、体のラインからすると、女性に見える。
「みづきさん……?」
「行ってみましょう」
言うと同時に、竹神は公園へと歩き出し、奈津美もすぐに後を追った。
赤い服の女性は、二人が近づいていっても逃げることもなく、その場に立っている。顔が確認できるぐらいまで近づくと、竹神も奈津美も、それが探していた人物だと気づいた。
「橘みづきさん……」
奈津美が呟くと、みづきは二人の顔を見た。
「神社でお会いしましたね」
竹神が言うと、みづきは「そうね」と言った。
「こんなところで何をしてるんです?」
竹神が聞くと、みづきは二人と1メートルほどのところまで近づき、
「助けてほしいの」
と言った。
「助ける……? 私たちが、みづきさんを?」
奈津美が言うと、みづきは頷いた。
「それは……あなたの逃亡に手を貸せ、ということですか?」
「竹神さん……!」
「だってそういうことじゃないですか? 彼女がしたことを考えれば……」
「違うわ」
みづきは特に怒るふうもなく、声のトーンもまったく変化がない。
「私の過去、私が私を取り戻すために、助けてほしいの」
「過去? 自分を取り戻すって……」
「協力します」
奈津美が言うと、今度は竹神が驚きを見せた。
「雨草さん、そんなことしたら……」
「警察から逃げるのを助けたら、私たちも罪に問われるかもしれません……ううん、たぶん問われる。そうなったら、私たちは犯罪者になる……でも、みづきさんは逃げるんじゃなく、自分の過去と向き合おうとしてる。私は、協力したい」
「なんでそんな……」
竹神は言いかけて、両手を広げた。
「分かりました、俺も手伝います。興味があるのも確かだし。でも、もし犯罪に協力ってことになったら、すぐに警察に通報します」
「そうなったら、私も止めません。
じゃあ、みづきさん、あっちのベンチに行きませんか?」
奈津美が、公園の中央を見るように設置されたベンチのうち、外から一番見えづらい、木の影に隠れている場所を指差すと、みづきは頷いた。
空は、月が誰にも邪魔されずにその姿を見せていて、ベンチのある場所は、思ったよりも明るかった。みづきが奥側に座り、人一人分空けて奈津美が、その横に竹神が座った。
マスクをしているみづきの表情は伺い知れないが、ワンピースの腿のあたりを、左手でギュッと掴んでいるのを見ると、緊張しているのかもしれない。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?