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心に耳を傾けて 第3章 否定と肯定のコントラスト(ショート連載/エッセイ風)

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派遣契約が切れるタイミングで辞めることを告げると、SVは残念そうな顔をした。あくまでも主観だが、表面的なことではなく、本当に残念に思っているようで、あるSVは、いつ戻ってきてもいいよと、紹介状の代わりになるようなカードをくれた。

同僚も残念そうで、最終日は飲みに行こうと、飲み会を企画してくれて、淡々とやっていたつもりだったけど、自分が思っていたよりも評価されていたのかもしれないと感じて、嬉しかった。

辞めると言った後で、辞めるべきじゃないのではないかという思いが大きくなってきて、辞めるのを止めるということも浮かびはしたが、それはそれで微妙だろうというのと、そっちを選んだら来月には後悔するだろうことも予想できた。

次の仕事は、最初は派遣で、数ヶ月後に双方が合意すれば社員となる、紹介予定派遣と呼ばれるもので、会社名は株式会社プロヴァイドウェイク。ベンチャーで、業界経験がなくて意欲のある人を欲しているとのことで、独立も考えた次への一歩という意味でも、自分のニーズにも合っていると感じた。

送別会でそのことを話すと、同僚のほとんどは、がんばって、本庄さんなら大丈夫だろうね、と言ってくれて、一部は「そんな会社でやっていけるの?」という反応もあったが、やっていけるかどうかは、やってみなければ分からないわけで、「がんばりますよ」と、当たり障りなく流して、少し後ろ髪を引かれる思いを残したまま、一時的な自由を得た。

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「本庄にはそういう仕事、合ってない気がする」

次の仕事の開始日までの空いた一週間、久しぶりに会った友達、夏川は、来月からの仕事の内容を話すと、眉をひそめた。
夏川は、僕が以前勤めていた会社の同僚で、かれこれ五年ほどの付き合いになる。連絡は定期的に取っていたが、会うのは三ヶ月ぶりぐらいで、口には出さなかったが、少し太ったように見えた。

「そうかな、でも・・・・・・」

「仕事を変えるのは別にいいと思うけど、ベンチャーっぽい会社ってアクティブそうだし、きついんじゃない? まあそうだな、仕事っていうか、会社の空気みたいなものがさ」

「それはまあ、多少あるかも・・・・・・」

「だろ?」

「でも、若い会社にありがちな、"アットホームな会社です!”みたいなのはないし、面接のときも変なテンションっていうか、そういうのはなかったぞ」

「面接じゃ分からないものだよ、そういうのは」

夏川は言った。

「会社の中、見せてもらえたか?」

「いや、それは無理だった。セキュリティ上どうこうとか」

「社員が働いてるところが見れないと、実際のところは分からないぞ」

「でもそれも当てになるとは限らない」

僕は言った。

「あのブラックな会社は、悪くは見えなかったし」

「そりゃぁまあ、働いてみないと分からないものだしなぁ」

仕事を変えることは家族には伝えず、少ない友達にだけ話したが、思ったよりいい反応は得られなかった。懸念を見せたのは夏川だけではなく、他にもいた。一方で、応援すると言ってくれる友達もいて、僕はその違いが気になった。

サンプルは多くなかったが、考えてみると、一つの共通点を見つけた。
夏川を始めとする、いわゆる反対派は、彼ら自身は自分の仕事を長年変えておらず、特に新しい何かを学ぶわけでもなく、いってみれば停滞していた。

一方で賛成派は、自分自身も新しいことにチャレンジしていて、失敗してもまたやり直し、会社は同じでも別の部署の仕事をしたり、趣味の時間を増やしたり、語学を学んだりと、何かしら前に進む動きをしていた。

行動することで、思うような結果が得られるとは限らないし、努力しても、それだけで報われるわけではなく、努力の仕方を間違えれば自分を追い詰めてしまうだけということもある。それでも、何もしないよりはマシだと、僕は思っていた。

何が自分に向いているか、自分は何をしたいのか。
もし一年間、仕事しなくても生きていけるだけの資金をもらって、その一年を考えることに使っていいと言われても、ただボーっと考えるだけで分かるなら、多くの人が人生について悩んだりしないだろう。

僕の生き方が、誰かにとって見本になるとは思わないし、なってほしいとも思わない。僕の現状を見れば、戯言だという人もいると思う(僕の家族なら言うだろう)。

でも結局、数打てば当たるではないけど、行動することで見えることがあるし、行動しなければ景色は変わらない・・・・・・ただ、どう行動するかは考える必要はある。

考えて選んだつもりだったことが、実は感情を優先しすぎていたと気づくと、始まってから後悔することになる・・・・・・しかし厄介なことに、そうだったと気づくためには、やってみるしかないという現実がある。

そして僕は、大企業のそれとは質の違う同調圧力を知ることになる。

続く

心に耳を傾けてのマガジン


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