第9話 奴の手は借りない【口裂け女の殺人/伏見警部補の都市伝説シリーズ】小説
■第9話の見どころ
・常磐のひらめき
・手段は選ばん、勝つためなら
-1-
捜査一課の部屋は、静かなものだった。
常磐は、何事もなかったようにデスクに戻り、少し片付けすると、残っている刑事たちに「おつかれ」と言って、家に帰った。
山城警察署から、車で約35分。
区内で一番大きな駅の周辺を除けば、古いビルと住宅で占められる自宅の周りは、夜になると音が消えるといっていいほど静かで、耳が聞こえなくなったのではないかと思うほどだが、朝も6時になる頃には、道を掃く音や、カラスやその他の鳥たちの声が混ざり合う。
常磐が住むマンションは、築35年の12階建てで、302号室に収まってから、もう6年になる。引っ越した当時より収入に余裕はあるが、別の場所に移る気はなかった。面倒だというのもあるが、引っ越さなければならない理由もない。
玄関を開けて、短いフローリングの廊下を通り、2DKのダイニングテーブルにバッグを置いて、隣の椅子に座る。
テーブルにはタブレットが無造作に置かれ、アンテナの繋がっていないテレビが、テレビ台の上で部屋を反射させている。自動掃除機が定期的に部屋を周っているから、埃はなく、男の一人暮らし、それも、刑事という職業も加味すると、清潔感のある部屋といえる。もっとも、寝室じゃないほうの部屋は荷物置きのようになっており、捜査関係の知識、スキルについての本もあるが、幅50センチ、高さ1メートル50センチほどの本棚には隙間があり、並びも雑。漫画は巻数がバラバラに重なって床に置かれていて、クローゼットの中の服も、整理されているのはいい難く、ハンガーラックにかかっているスーツ以外、ほとんど着ることもないのだが。
「……」
時計は0時近くを表示しているし、明日も朝から仕事だが、どうでもよかった。冷蔵庫を乱暴に開けて、350mlのビールを取り出すと、一気に半分ほど飲んだ。腹が鳴って、もう一度冷蔵庫を開けると、買ったときの容器のまま入れてある串カツの残りを取って、冷えたまま口に運んだ。ビールも一瞬でなくなったが、空き缶をゴミ箱に放り込んで、もう一本、今度は500mlの缶を取った。それを飲み干すと、ようやく少し、頭の火照りが収まった気がしたが、すぐに再燃して、椅子に座ったまま爪を噛んだ。
(あの竹神という男、面倒な奴だ。アイツは橘みづきを知っている。会って話ができるぐらいの関係にあるはずだ。もし犯人を庇うような真似をしてるなら、犯罪幇助にできるか。いや、そこまでは厳しいにしても、具体的にすれば庇うことをためらうはずだ。
指紋の不可解さは本人に聞けばいいから、接触さえできれば今度は何か理由をつけて引っ張る。いや、凶器から指紋が出た以上、それだけで引っ張る理由になる。しかし、一人だとまた逃げられる可能性もあるか。木野と二人でも同じだろう。こっちが何人いてもたぶん……いや、まてよ……)
思考を止め、スマホを取り出してメモを書いた。
そうと決まれば、今あれこれを考える必要はない。早く寝るべきだ。
常磐は口元にだけ笑みを浮かべると、2倍速のように動いてやることを済ませ、30分後には布団に潜った。
翌日、行きがけにエナジードリングを買って一気に飲み、警察署に着いてデスクに座ると同時にPCを立ち上げ、一通の調書を確認すると、受話器を取った。
『はい、もしもし』
「山城警察署の常磐です。
雨草奈津美さんの携帯電話ですか?」
『え? はい、そうですけど……』
「朝から申し訳ない。事件のことでお話を聞きたくて。本日、こちらに来ていただけますか?」
『前に、伏見さんという方に話したこと以外、特に話せることはないですけど……』
「伏見に話していただいた内容は、私も共有を受けました。しかし、それとは別で、確かめたいことがあるんですよ」
『どうしても、ですか……?』
「ええ。殺人事件に関わることですから」
『……分かりました。仕事が終わったら伺います』
「ありがとうございます。
お待ちしてますよ」
音が立たないぐらい、ゆっくりと受話器を置くと、常磐は口元だけで笑った。
-2-
「おはようございます~」
出勤してきた木野を見ると、常磐は立ち上がった。
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