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第5 断片【口裂け女の殺人/伏見警部補の都市伝説シリーズ】小説

■第5話の見どころ

・口裂け女と常磐が接触
・常磐の執念

第1話を読んでみる(第1話はフルで読めます)

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「茂田……」

草木の匂いと、虫の鳴き声だけが聞こえる殿馬神社の敷地内。御神木と通路を挟んで向かいにある木に寄りかかり、みづきは「茂田」という名前から、新たな記憶を引き出そうとしていた。

雲が月を隠して、空気は湿ってきている。雨が降るかもしれない。
雨が降るなら、それでもいい気がした。少し頭を冷やしたら、頭痛が治まるかもしれない。

茂田という名前と、記憶の中にある森や誰かの部屋とは、まだ結びついたわけではなかったが、正体不明の恐怖心とは、強く結びついているのは感じていた。理由を知ろうと記憶深くに入ろうとすると、体が震えだし、ズキズキとこめかみのあたりに強い痛みが出る。

(きっと、そこに何かある……たぶんそこが、真っ暗な、触れると後悔する記憶……でも、自分が口裂け女という存在になった理由を知るには、踏み込まないと……)

少し湿り気を帯びた風が、髪を揺らす。
髪も体も、人間となんら変わらない。でも……みづきは、マスクを取って口に手をあてた。

「……」

目に熱いものがこみ上げて、思わず空を見上げる。ポツリと、冷たいものが顔に落ちた。どうやら、空も泣き出したらしい。

口裂け女として、たくさんの人に怖がられても、自分自身が恐怖を感じたことはなかった。自分は恐怖の対象……いや、人間にとっては恐怖そのもの。あるいは、妖怪として口裂け女を演じていたほうが、楽だったかもしれない。何も考えずに済む。人間のように疑問をもち、考えてしまったことで、忘れていたはずの恐怖が芽生えてしまったのかもしれない。

(でも……)

みづきは、震える体を押さえて、賽銭箱の前まで行くと、二礼二拍手一礼をしてから、もう一度頭を下げた。この神社に祀られている神様がどんな存在か分からない。だが、自分という存在があるのなら、神様もまた、いるのではないかと思った。

妖怪である自分が、神様に願い事をするなど、滑稽かもしれないし、自分を人間に戻してくれなんて思わない。ただ、自分のすべてを知り、受け入れる勇気がほしい……

「はぁ、ふぅ……」

木のところまで戻り、もう一度、ゆっくりと記憶を辿る。少しずつ、少しずつ……

目を閉じると、木々が風に揺れる音と、湿った土の匂いがした。すると、暗闇の中にロウソクの火を灯したように、頭の中にいくつかの部屋が生まれた。

森の匂い、雨は降っていないが、湿った土の匂いと、足裏の感触。別の部屋では、誰かの家らしい和室と、一人の男が見えた。家はおそらく、その男のもの。いや、男なのだろうか。薄っすらと見える輪郭と体つきは男だが、顔はハッキリ見えない。

「はぁ、はぁ……」

もう少し……

「あ……いやあぁぁぁ!!!」

何かが見えた気がした瞬間、目の前が白くなり、暗転すると、みづきはストンと、土の地面に倒れた。

意識が遠のく。
体が言うことを聞かない。

「誰……?」

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