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死刑遊戯 第3話 環境の魔物【小説/シリアス】

第1話はこちら

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「細田さん」

主犯の男は、細田に顔を向けた。

「あなたは、未成年者と関わる機会が多いせいか、どんな凶悪犯罪であっても、未成年である以上、まだ心が未熟であることを考慮すべきで、しっかりと罪と向き合ってもらい、社会復帰して貢献してもらうほうがいいと、以前発言されていましたね」

「そのとおりだ。子供はまだ、理性にも大きく影響する前頭葉の発達が未熟。これは脳の成長がそういうものだから仕方がないことだ。だからときには、やりすぎてしまうこともある。しかし、そこまでになるのは少数、そして、その少数も、本人ではなく、環境に問題がある。環境さえ正せば、彼らは普通の子供になれる」

「環境が大事というのは、私も同意します。人の性格は、半分は遺伝、半分は環境によって作られるため、確かに影響は大きい。しかし、同じ環境にいても、全員が犯罪を犯すわけではない。そして、たとえ環境に問題があったとしても、未成年というのは、殺人や強姦などの凶悪犯罪の場合、言い訳にはならないと思いますが?」

「歯止めが聞きづらいところがあるんだよ、未成年には。さっきも言っただろう、前頭葉の発達も……」

「だからなんだと言うんです?」

「なに?」

「被害者や遺族にとって、犯人が未成年か成人かなんて、なんの関係もないんですよ。それに、凶悪犯罪で逮捕されても、未成年を理由に刑罰が軽くなるのは良くない。それを理由に一線を越える者もいる。しかし、もし捕まれば、顔も名前も公開され、死刑もありえるとなれば、思いとどまると思いませんか? 今の時代、ネットにいろいろ残りますしね」

「子供の将来を何だと思ってるんだ君は! 子供は国の未来だぞ、そんなことは許されない!」

「強姦やら殺人をする子供の将来が、そんなに大事ですか?」

「大きな過ちを犯したのはそのとおりだろうが、やり直すチャンスは与えられるべきだろう!」

「殺された被害者は、やり直しできませんよ、細田さん。なのに、殺した本人は未成年だから、将来があるからという理由で、チャンスを与えるべき、ですか? 強姦されたほうは、一生物の傷を負うことになります。なのに加害者は、希望を持って人生をやり直すべきだと、そういうことですか?」

「社会復帰させたほうが、世のためになる。それに彼らだって、やってしまったことに強い罪悪感を覚えるものだ。二度としない……そう言って涙する子もいる。君はその気持ちを踏み躙れと言うのか!!」

「窃盗ぐらいなら、それでもいいでしょう。でも殺人や強姦の罪に対して、二度としないと涙されても、まったく足りませんね。凶悪犯罪者の反省など、ネズミの餌にもならない」

「子供が自らを省みる気持ちをそんなふうに言うとは……君はおかしい。こんなことをするぐらいから正気ではないだろうが、人の心を持たない獣だ!!」

「私がまともかどうかは、好きに判断すればいいと思います。
ところで細田さん、あなたはさっきからずっと、社会復帰させたほうが世の中のためになる、とおっしゃってますね」

「反論があるのかね?」

「あなたは昔、ある凶悪犯罪を起こした主犯の少年四人に、少年法を適応するかどうかの議論があったとき、未成年なのだから適応するのが当然で、凶悪犯罪を起こしたからこそ、私たち大人はそれが起こった背景を知り、彼らを教育し、更生させ、社会貢献させるようにしなければいけない、そう言っていました。
 
結果はあなたの希望通り、四人は少年法が適応され、すでに釈放されている。しかし、その四人がその後どんな生き方をしたか、知っていますか?」

「なんの話だ……」

「未成年ばかりに気を取られてないで、しっかりと現実を見てくださいよ、細田さん。
拉致、監禁、強姦、暴行、殺人という、複数の凶悪犯罪を犯した四人は、悪いことをしたから、これからは社会貢献しようとは思わなかった。それだけのことをしても社会復帰できる、死刑にならない、そう思った。
 
大人になれば、未成年のときのようにはいかない。それでも死刑になることは滅多にない。そう考えた結果、彼らは今に至るまで、判明しているだけで、一人平均五件以上の傷害事件を起こしている。うち一人は、殺人未遂で警察に捕まった。
 
そして、それは予想外ではない。四人が起こした事件の残虐性を見れば、容易に想像できたことです。あなたは、それを未成年だからという理由だけで許し、その結果、起こらなくていい事件が起こってしまった」

「そんなこと……私が少年法の適応を決定づけたわけじゃない! 私は自分の意見を言っただけで、そうすべきとも言っていない!」

「そうですね。でも、あなたは先程の主張と同じように、加害者の少年たちは、きっと自分のしたことを後悔している、だからチャンスを与えるべきだと、そう言っていましたよね?」

「そうだが、それに問題があるのかね……!」

「ありますね。
まあ、あなたの言ってることがすべて間違っているわけじゃない。しかしそれは、どんな犯罪に手を染めたかによります。チャンスを与えるなどいうのは、凶悪犯に適応すべきものではない。それに、あなたの考え方は、被害者側の視点が欠落しています」

「……被害者は確かに気の毒だが……だからといって、加害者を死刑にすればいいというものではないだろう。罪を償うために生きるということも……」

「償うために生きる。よく聞く言葉ですが、いったい、誰に対して償うんですか?」

「被害者と、その罪に対して……」

「殺人の場合、償うべき被害者はいませんよ。強姦なら、償うと言われても、被害者からすれば近寄ってすらほしくないでしょう、どんなに誠実な態度だったとしても」

「だから罪に対してだと……」

「法的にはそうなるでしょうね。でも、被害者の立場はどうなります? 細田さん、正当防衛ならともかく、たとえば、自分を拒絶した元配偶者のストーカーになって復縁を迫り、殺したとしましょう。加害者は被害者に、どう罪を償うんですか?」

「懲役を受けて、刑務所で自分のしたことと向き合うんだ。何十年も、あるいは一生をかけて……」

「それで罪が償えると?」

「死んだ者は生き返らないのだから、そうするしかないだろう!」

「人殺しが自分のやったことに対してできることは、償いではない。相応の裁きを受けることだけです。償うのではなく、裁かれる。罪を償う、償えると考えること自体が、おこがましい」

「おこがましい、だって……?」

「償うの先には、やり直すという未来がある。被害者はどうやってもやり直せないのに、加害者はやり直す未来がある。それが言うほど易くないことだとしても、希望があることに違いはない。それをナメていると言わずしてなんと言うのか」

「だったらどうすれば償えると……」

「言ったでしょう? 償えないと。できることは、死刑によって自分の命を差し出すことです。それで償えたことにはならないが、それ以上がないからしかたない」

「な……」

「再犯リスクが明らかな人殺しについては、刑期を終えたから釈放するなど、新たな犠牲者を出せと言っているようなものです。どうしても釈放したいなら、余命三ヶ月ぐらいの時期に出して、自分が知っている世界とはまったく違う世の現状を見て、誰にも手を差し伸べられず、差し伸べられたとしても感謝する間もないまま、絶望の中で死んでいくなら、いいかもしれません。

しかしそのためには、何十年も刑務所で過ごさなければならない。その費用は税金です。無駄な支出だと思いませんか? 犯罪者の心理を知るために、話を聞いたりして研究に役立てるのはいいですが、平均寿命まで生かす必要はない」

「加害者にも人権があるんだぞ! そんなこと許されるものか!!」

「理不尽な理由で、先に人権を侵害したのは誰ですか?」

「それは……」

「加害者ですね。被害者の人権を最大限侵害し、人生を破壊し、どんなに望んでもやり直しができないようにして、遺族に消えることのない傷を負わせた。その加害者が人権を主張するのは、滑稽だと思いませんか? 何様のつもりなのかと」

「だからって死刑すればいいというわけではないだろう……!」

「そうやって、加害者の人権を強調し、未成年だからという理由で罪を軽くした結果が、新たな傷害事件であり、殺人未遂なんですよ、細田さん。つまり、あなたのような人の甘さが、防げたはずの犯罪を許してしまった」

「じゃあ君は、加害者の人権をなくせと言うのか!? 未成年で、未来ある者の……」

「言ったでしょう? 被害者にとって、犯人が未成年かどうかなんて、どうでもいいんですよ。殺されたという結果は同じなんですから。

加害者の人権を無くせとまでは言いません。でも、しっかりと事件を調べ、言い逃れできない証拠があり、人殺しだと確定してもなお、人権を盾にして死刑を反対するのは、滑稽です。まして、あれだけの事件を起こしておきながら釈放を要求するのも、それを支持するのも、正気の沙汰ではない。現実を理解していないとしか思えませんね」

「しかし……再犯のリスクがあるかどうかなんて、その時点では分からないだろ……!!」
 
「もちろん、完璧には分かりません。しかし、殺人までの経緯や行動、心理を見ていけば、見抜くのはそれほど難しくはないですよ。
 
でもそれ以上の、そして根本的な間違いは、あなた方には、この世には良心など持ち合わせていない人間もいるという事実を理解していないことです。あえて無視しているのか、どんな人間にも一片の良心ぐらいあると、本気で信じているのか知りませんけどね。
 
良心がない人間に、良心に訴えかけるようなことをしても意味はありません。ないものには響かないし、麻痺した良心を治すことはできても、ない人間から生まれてくることはない。良心のない人間に、良心に訴えかけるようなことを言えば、反省したフリをしてそれを利用し、他人の良心を利用するだけです」
 
「それは違う」

細田が次の言葉を選んでいると、石破が口を挟んだ。

-2-

石破は、自由と弱者を守る会という市民団体の代表で、死刑反対、どんな凶悪犯でも更生は可能と主張しており、自分で主催するセミナーや講演会を定期的に行い、メディアに登場する機会も多く、テレビを見る世代の間では知られた顔で、ネットにも出るから、一応若い人でも顔は見たことあるぐらいの認知度はある。

「何が違うのですか? 石破さん」

「良心がないのではない。そう見えるのは、話し合いが足りないからだ」
 
「話し合い?」
 
「そうだ。どんな場合でも、強硬な手段はいい結果を生まない。たとえば立てこもり事件でも、犯人を射殺するより、粘り強く犯人と話し合いをして人質を解放させるほうが、うまくいく可能性は高いというデータもある」
 
「その話は、私も存じてますよ。話し合いをするなとは思いませんが、立てこもり事件が発生したなら、相手の話を聞いて説得を試みると同時に、いつでも突入できるように、そしていつでも射殺できるようにバックアップしておくのが普通です」

「そういう緊張が相手を刺激する。それが人質の命を危険に晒すことだと分からないのか?」

「バックアップが必要ないなら、必要ないことを示すのは犯人側ですよ。警察のほうは、犯人を追い詰めすぎて人質に危険がないように、温和な態度を見せ、話を聞き、凶器を降ろさせようしているのであって、危険がないことを証明すべきは、犯人のほうです。

それに、犯人が説得に応じなかったら? 要求内容が、とても飲めないようなものだったら? 人質を助けるためには、射殺もやむなしと考えなければなりません。話し合いは大切ですが、世の中には話し合いなどできない相手もいるという現実を無視して相手を信じるのは、崇高ではなく、愚かです」

「君が相手を信用しないから、相手も君を信用しないし、頑なになるのだ。たとえ相手がどんな人間でも、誠意を持って接すれば必ず通じる。犯罪者、極悪人……そんなふうに決めつけて接するから反発を招くのだ。一人の人間として接し、相手の心を解せば、そこから良心が顔を出すものなのだよ」
 
「どんな人間でも、ですか?」
 
「そうだよ」
 
「石破さん、あなたは、本物の凶悪犯というものに会ったことがありますか? どんなに人を傷つけても、人を殺しても笑っているような人間に」

「……死刑囚になら、取材のために会って話したことはある」

「そのときの感想は?」

「反省していたよ。自分のしたことを本気で悔いていた。やり直せないと分かっていながら、それでも自暴自棄にならずに……」

「何をもってして本気で悔いていると判断したのか、甚だ疑問ですが、やはりあなたは、知らないのですね」

「じゃあ君は知ってると言うのか? 言っておくが、どんな凶悪な人間であっても、それは精神に問題があるのだ。しっかりと、適切な治療を受ければ改善される」

「ふふ、なるほど」

「何がおかしい!!」

「7年前、ある事件が起こりました。殺人にはならなかったが、それは運が良かっただけ。被害者は今でも、恐怖と不安を抱え、消えない傷を負い、人生を取り戻せたとは言えない。
あなたも、いや、ここにいるみなさんは、ご存知のはずです。三陸山拉致監禁事件、別名、三陸山集団暴行事件」

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