第10話 三日間【死生の天秤】小説
■第10話の見どころ
・突然訪れた窮地
・迫られる決断
-1-
『一稀? ごめん、もう家?』
電話の向こうで、亜梨沙は言った。
「どうした? 優衣に何か……」
『違うの。優衣はご飯食べて、今お風呂に入ってる。それより……』
「なんだ? どうしたんだ?」
『家に警察きたの……』
「警察? なんで」
『優衣のことで、確認したいって……』
「……保険証の件か。あの医者が警察に連絡したのかもしれないな。それで、どんな話をした?」
『念の為の確認だって。優衣は私の娘で間違いないか』
「それで、君はなんて答えたんだ?」
『娘で間違いないって言ったわ。そうしたら……』
「……」
『保険証では、過去に扶養が一人、箕嶋優衣という名前が確認できた。でも一年前に死亡して、埋葬料が支払われてる。では今日病院にいた女の子は、誰なんでしょうか、って……』
「……名字が変わったときに再発行されてるはずだよな? 君の保険証は」
『ええ。
たぶん、私たちのことを不審に思った医者が警察に相談して、変更前の保険証のことに気づいたのかもしれないわ……優衣の名前、箕嶋優衣ですって言ってしまったから……』
「警察はなんて?」
『本人に確認させてほしいって……』
「優衣に?」
『うん……それでしかたなく、優衣を呼んで、ママで間違いない、病院にいた男の人もパパで間違いないって言ったから、警察は帰ったんだけど……』
「納得してない、か」
『うん。優衣が存在してるってことは、じゃあ再発行前の保険証の埋葬料はなんなのかって話になるし……たぶん、また来ると思う』
「笛木さんと話して、連絡する」
箕嶋は電話を切ると、すぐに笛木の番号を鳴らした。
「……」
コールはするが、繋がらない。途端、みぞおちのあたりがズキンとした。いつもならすぐに出る笛木が電話に出ず、もしこのまま連絡がつかなかったらと、脳内で最悪が連鎖していく。
「出てくれ……!」
『お待たせしました』
「……!」
『箕嶋さん?』
「あ、ああ……どうも」
『どうされました?』
「ちょっと問題が発生して……」
『問題……そうですか』
「ん? なんだか疲れてるようだけど、何かあったんですか?」
『いえ、こっちの話です。問題ありません。
それで、箕嶋さんのほうは何が?』
「実は……」
箕嶋が事の経緯を話すと、笛木は唸った。
『申し訳ない、そういったことまで想定していませんでした。なんとかしたいですが、私はこの世界の人間ではありません。だから、できることにも限界があります』
「何か手はないか?」
『考えてみます。三日間、いただけますか?』
「三日? なぜ三日なんだ?」
『確認やら対策を考える時間、いろいろで三日です』
「分かった。それまでなんとかする」
電話を切っても、箕嶋の不安は消えなかった。問題解決の糸口が見えないこともあるが、笛木の雰囲気が、これまでと違っていたことが、箕嶋から落ち着きを奪っていた。
「何かあったのか……?」
こっちの話と、笛木は言った。
笛木個人か、笛木がいる世界か、どちらかで何かあったということだと思ったが、予想したところで正解は分からないし、分かったところで力になれるとも思えない。
箕嶋はひとまず、現状を伝えるために、亜梨沙の番号を鳴らした。
-2-
笛木は、電話を終えると、しばらくスマホを見つめていた。
窓の外はすでに暗く、15階から見える景色は、きらびやかな都会の色に染まっている。ダブルベッドのシーツは、今日の午前中に取り替えられたばかりで、シワ一つない。壁際に置かれたテーブルの上には、もう一台のスマホとノートパソコン、目の前の丸テーブルには、封の開いていない日本酒の瓶が置かれている。
「今の電話の相手か?」
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