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第8話 雪の花(小説/ラブストーリー/ヒューマンドラマ)
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氷室が目を覚ましてから、二日が過ぎた。
疲れが溜まっていて、少し休息が必要だという理由で、氷室は入院していた一日に加えて、残った平日を休みにして、優香を探していた。
栗林は、仕事を休むまではできなかったが、ネットで検索したり、記憶のメモの情報をもとに、AIも使って調べたりと、協力していたが、手がかりになるようなものは見つからなかった。
あの日以来、氷室は差し込まれた記憶に悩まされなくなった。喜ぶべきことのはずだが、電話で話す氷室の声は、いつも沈みがちで、焦りがあった。煩わしいだけだった記憶は、優香との関係を深めた結果、氷室の心の色を変えてしまった。
今の氷室にとって、差し込まれる記憶がないのは心配の理由であり、原因を探し始めた頃よりも、前のめりになっている分、情報が得られない事実は、日に日に不安を大きくしているのだろうと、栗林は思った。
「……?」
氷室が目を覚ましてから三日目の夜、帰りの電車の中でスマホを見ていると、画面に映った文字が、スロットマシーンの目押しをするようにピタリと、栗林の目を止めた。
「これ……」
栗林は画面をスクショすると、チャットを開いて氷室に送り、電車が停まるとホームに降りて、スマホを耳に当てた。
『もしもし』
3コール半で出たが、氷室の声には相変わらず疲れが滲んでいる。
「起きてたか?」
『寝てはいない。どうした?』
「さっき送ったチャット見たか?」
『いや、まだ見てない』
「すぐに見てくれ」
『分かった』
数秒の沈黙の後、氷室の声がした。
『俺の名前……』
栗林が撮った画像には、
“澄星河病院(すみほしかわびょういん)を知っている氷室正臣さん。
連絡求む。すぐに病院に来てほしい。メッセージは不要。来てほしい”
と書かれた、SNSの画面が映っていた。
投稿者は、澄星河病院医師、神村となっている。
「妙なメッセージだと思わないか? 名前の漢字までマサと一緒だし」
『これ、いつのだ?』
「投稿されたのは二時間ぐらい前だな」
『ついさっきぐらいか……』
「澄星河病院って、聞き覚えは?」
『ないな。メモに入ってるかもしれないから、ちょっと待てるか? すぐ調べる』
「ああ」
栗林は、氷室が調べている間に病院を検索して、住所を確認してから、いくつかの画像をダウンロードした。その中の一つに、見覚えがあるものが見えた気がしたが、思い出せずにモヤモヤと考えていると、氷室の声がした。
『病院の名前はなかった。あるのは、例の木が立ってる……』
「これに見覚えないか?」
栗林は、一本の木が映っている画像をチャットで送った。その木は、病院のすぐ前の道路に立っているクスノキで、シンボルのようになっているらしい。
『この木……待ち合わせ場所にはしないって言った、あの木と似てる……木の後ろにある建物は病院だ……』
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