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死刑遊戯 第8話 現実投影【小説/シリアス】
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車で現場に向かっていた坂下は、それが現実なのかどうか、分からなくなった。血しぶきを上げて倒れた女は、当然のように動かない。わずか数センチの距離で頭を撃ち抜かれ、夫の前で息絶える……テロ組織の公開処刑ではない。現場は日本で、今自分たちが向かっている場所で起こっていること……
「坂下警部、今の音って……」
片岡が、ハンドルを握ったまま言った。
「とにかく現場に急げ……」
「まさか……」
「今すぐだ!!!」
「は、はい……!」
SATの手配はすでにされているが、現場を確認してからと思っていた。討論が終われば、何か要求してくる。その要求を確認している間に準備を整えて突入する……人質が多いから容易ではないのは分かっていたが、準備する時間……犯人と話す時間はあると思っていた。だが、人質の家族が現れて急変し、数分前の惨劇は、交渉している場合ではないことを意味していた。
「あとどれぐらいで着く……?」
「あと……たぶん、10分ぐらいで……」
「5分で着け。着いたら俺の指示に従ってすぐに動け。銃を忘れるな」
坂下はそれだけ言うと、SATに現場に来るように伝えた。到着を待っている時間はないが、敵の規模が見えている以上だった場合、突入しても無駄死になる可能性が高い。
「急げ……!」
動画の中では、問答が続いている。
ヒステリックに叫ぶ人質たち……
なぜここまでする? 凶悪犯の現実を見せるため? だとしてもここまでやってしまえば、討論で優位だったと受け止められても、これでは……
「着きました!!」
片岡が車を止めると同時に、坂下は降りて、銃を手に持った。
そこは雑居ビルの一つで、周囲にもいくつかビルが建っているが、空き部屋が多いらしく、入居者募集のプレートが目立つ。人通りも少ない。一階にはラーメン屋が入っているが、お客はおらず、店主らしい男は、椅子に座って上に設置されたテレビを見ている。
片岡と他二人の刑事も付いてきて、三階まで駆け上がった。ドアの前まで来て、坂下は三人に頷くと、ドアを蹴破った。
「警察だ!! 銃を捨てて……」
「刑事さん……」
ガランとした部屋の中、坂下は銃を構えたまま、自分の見ているものがなんなのか、理解できなかった。
20畳ほどの部屋の中には、折りたたみ式の長テーブルと、椅子が一つ。座っている、40代半ばぐらいの男の顔に、見覚えはなかった。男の前にはノートパソコンと、音楽で使う小型のミキサーのようなものが置かれている。
部屋は、白い壁紙が所々剥がれていて、改装した形跡はないが、余計なものは一切なく、LEDライトの明かりと、部屋と外界を隔てる窓に下りているシャッターだけが、妙に新しい。そして、見覚えのある顔が一つ。
「北沢悠真……なぜ、君がここに……」
「……」
「答えろ!!」
「……もしかしたら、先生がここにいるかもって……直接聞きたかったんです、なぜあんなことをしてるのか。それに俺なら、止められるかもって、思って……」
「……今の状況を見たのか?」
「……はい」
「覚えてたんだな。ここは、君が四ヶ月前に青峰に会った場所……」
「ここに入ったわけじゃありません。この建物を指差して、ここに店をって……」
「でも青峰はいない……おい、奴はどこにいる!!!」
坂下が銃を向けると、座っていた男はさらりと、
「教えてもいいですが、討論の邪魔になるのは困ります」
と言った。
「討論だと……?」
坂下は、男の胸グラを掴んで立たせた。
「何が討論だ!!!
殺人だぞ!? 自分のしてることが分かってるのか!!」
「もちろんです。すべて計画どおりなので。私がここにいるのも含めて」
「本当の現場はどこだ!!」
「本当は、ここが現場になるはずでした。でも、そこの彼に見られてしまったから、変更になったんです。で、ちょうどいいからこっちは囮に使おうということになって」
「そんなことは後でいい!! 青峰はどこだ!!」
「もう手遅れですよ」
男は言った。
「黙って最後まで見ましょう。私も、逃げたりしませんから」
男は、パソコンの画面を坂下たちのほうに向けた。
「さっさと場所を……」
言いかけて、坂下は固まった。
画面の向こうの状況に。
感情が、空白になった。
-2-
「じゃあもう一度、聞きましょうか」
主犯の男は言った。
「細田さん、先程お話いただいたとおり、残虐で無慈悲な人殺しであっても、死刑反対という信念に変わりはありませんか?」
「貴様……貴様らぁ!!!!
殺してやる……殺してやる!!!!」
「おやおや……殺してやるとは、死刑より乱暴な物言いですね。あなたはさっきまで、犯人にもやり直しの機会を与えるべきだと言ってたし、加害者にも人権があると言ってましたが、あれは嘘だったんですか?」
「目の前で妻を殺されて……黙っていられるわけがないだろうが!!!」
「ええ、そうですよね。よく分かりますよ、その気持ち」
「貴様のようなヤツに何が分かる!! こんなこと……」
「それが、被害者や遺族の気持ちですよ、細田さん」
「……!」
「次だ。やれ」
主犯の男の言葉で、乾いた音が二回響いた。
玉木の息子と娘……6歳と7歳の子供の命が消えた。
「あ……ああ……」
「玉木さん、どうですか? 大切なお子さんを殺された気持ちは?」
「理久、理恵……」
「あなたが弁護士会を上げて批難した死刑……あのテロリストたちが起こした事件でも、犠牲者の中に子供がいました。朝、いってらっしゃいと見送って、行ってきますと笑顔で手を振っていた我が子が、その日の夜に死体になる。その苦しみが、少しはご理解いただけましたか?
ぜひ、先ほどあなたが言ったとおり、私たちがなぜこんな事件を起こしたのか、長い年月をかけて解明してください。すべてが明らかになるまで、何年でも、何十年でも」
「ふざけるな……ふざけるなぁぁぁっ!!!!
必ず死刑にしてやる……殺してやる……!! 殺してやるぁぁ……」
「あなたも変節ですか。まあ、意見が変わることはある。立場や状況が変われば、見え方も変わりますからね。ねえ、三谷さん」
「やめ……!」
四度目の凶音が、三谷の声をかき消した。
「拓馬……いや……いやあぁぁぁぁ!!!!」
「目の前で息子を殺されたら、正気を失っても不思議ではないですね。
さて、石破さん、あなたは、相手に高圧的な態度を取るから反発を招くと、そう言ってましたね。あなたの信念が正しいと証明するいい機会です。今この状況、私を説得して、凶行を止めてみてください」
「馬鹿な真似はやめろ!! こんなことしてなんになる……警察は必ず君等を捕まえるぞ!! そうなれば死刑は免れない。こんなこと、やめるんだ……」
「説得したいなら、まずは相手の気持ちを引き出さないといけませんよ、石破さん。その上で理解を示す。あなたのそれは、ただ自分の意見をぶつけて私の行動を変えさせようとしているだけです。それでは人を動かせない。
人質交渉について知っている様子だったから、交渉人のような言葉を期待したんですが、無理だったようですね。それと、あなたも財津さんと同じように、性善説を信じてるようですから、一つ、どこまで信念を突き通せるか、試してみましょう」
主犯の男は、石破の娘に目を向けた。
「あそこにいる、あなたの娘さん。高校3年生でしたね……自分の娘を強姦して殺した男を、あなたは許せますか? 話し合いをしようと言えますか?」
「何を言ってる……よせ、やめろ!! やめてくれ!! 私はどうなってもいいから、娘と妻は……!」
「やめてくれ? いい響きですね。そんなふうに言われると、ゾクゾクしてもっとやりたくなるのが、凶悪犯罪者というものですよ」
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