第1話 森の異変【マジョカタ 魔女と語り部の物語 シーズン1】(ファンタジーストーリー)
-1-
その日、森はいつもよりざわめきを放っていた。何がどういつもと違うのか、そう問われても、フィオナはうまく説明できなかったかもしれない。ただ漠然と、違うという感覚だけが全身に広がっていた。
「みんな、今日はお散歩やめよっか……」
フィオナは、家の周りに集まってきた動物たちに言った。
陽の光が新緑の葉を照らして、日向の匂いがするタメライの森は、別名迷いの森という呼び名から連想される姿とは、少し違って見える。辺境の町、ステービアでは、森には魔女が住んでいて、一度入ったら出ることはできないと信じられているが、誰もその真相を確かめる者はいなかった。
動物たちは、フィオナの言葉を聞いて顔を見合わせたが、再びフィオナのほうを向くと、その場に留まった。
「どうしたの? おうちにおかえり」
先頭に立っているカラカルの顔をそっと撫でると、カラカルは目を細めたが、姿勢を正してその場に座った。
「……分かった。ちょっとまっててね」
フィオナは家の中に戻ると、でかける準備を始めた。
柔らかな木々の匂いがする家の中には、魔法や植物についての本が大量にあり、ウォールナットでできた宝箱の中には、甘酸っぱくて黄色い、シトの実を乾燥させて作った、シトの干し実が入った袋と、絞った果汁を水に溶かして作る、シトの恵みを詰めた、70ミリリットルの瓶がたくさん入っている。
壁際には本棚と、食器を入れる棚、簡易なキッチンがあり、部屋の真ん中あたりにはテーブルが置かれていて、読みかけの本や紅茶のカップ、ガラスのポットが置かれている。もう一つの部屋にはベッドがあり、暗闇の中で発光するルミレックの花が、ランプのように置かれている。
ピシ……ピシ……
「……?」
奇妙な音が聞こえた。何か、ガラスにヒビが入るような音で、森で二年以上生活していて、初めて耳の響いたその音は、少しずつ大きくなっていく。幅四十センチほどの絹製のバッグを肩から下げて外に出ると、動物たちはフィオナに背を向けていた。
「なんなの……」
突然、大きくなっていた音は聞こえなくなり、風の音も鳥の鳴き声も聞こえなくなり、時が止まったような静寂……
〝バリィィン!!!〟
耳を突き抜けるような音に、フィオナは思わず両耳を塞いで膝を落とした。動物たちも顔をしかめている。
「何が起こってるの……?」
フィオナの疑問に答えられる者は、そこにはいなかった。代わりに、木々の隙間から立ち上る灰色の煙と焼けるようなニオイが、彼らに事の深刻さを知らせた。
-2-
「着いたよ」
船頭の言葉に、ロアはゆっくりと目を開いた。船に乗ったときは、まだ薄暗かったが、いつの間にか太陽が海を照らして、光の反射で海がキラキラしている。海鳥たちが空を飛び回り、朝食にありつこうとタイミングを狙っている。
船着き場には、他に数隻の船が並んでいて、取り終えた魚を陸揚げしているが、それほど活気はなく、人間よりも海鳥のほうが騒いでいるように見える。
「海沿いの町、ステービアだ。まあ、この濃度の濃い海のおかげで、港町としては発展してねぇんだけどな(笑)」
真っ黒に日焼けした顔に流れる汗を拭いながら、船頭は笑った。
「ありがとう。助かったよ」
ロアは立ち上がって言った。
「ポロワモールはもうダメだろうな。うちにも領主から、しばらくそっち方面への船は出さねぇようにってお達しがきた。王族のほとんどはやられちまって、残った一部も離散、内戦は治まる気配もない……しばらくは不安定になるだろうってよ」
「俺たちも危なかった。乗せてもらえなきゃ、どうなってたか分からない」
「あんたらは運が良かった。他の奴らも全員引き上げたのを確かめたときだったから、一歩遅かったら、俺も船を出しちまってたからな」
キラキラと光を反射する海を見ていると、海の向こうにある大陸が荒れ果てているなど、想像もつかない。だがそれは、紛れもない現実であり、世界のバランスが変わろうとしているのかもしれないと、ロアは思った。
「まったく、物騒な世の中になってきたな」
ロアの思いを感じ取ったように、船頭は言った。
「だから見ろ、いつもはほとんど人がいねぇ兵士小屋に、領主直属の兵士が何十人も来てる。まあ気のいい奴らだからいいが、やっぱり緊張しちまうよな」
ステービアの中心部は、船着き場から五百メートルほど歩いた先にある。船着き場から砂浜のエリアまで、町と隔てるように石の壁が立っており、その向こう側には兵士たちが駐在する兵士小屋と呼ばれる家が並んでいる。昔、海賊が町を襲ってきたとき、辛くも撃退して、そのことをキッカケに壁が作られ、今でも外敵からの襲撃を防げるように備えられている。
「しばらくは、ガキどもも海で遊べねぇな」
船頭の目には、寂しさが見えた。寄せる波の音と、海鳥の鳴き声だけが聞こえる砂浜は、普段は子どもたちがはしゃいでいるのかもしれない。
「もし町に滞在するつもりなら、気をつけな」
「ああ、注意するよ。ありがとう。
プリム、行こう」
「にゃあ!(うん!)」
プリムと呼ばれた、茶色と緑のオッドアイのマンチカンは、ロアの顔を見て鳴くと、もふもふとした白い毛並みを揺らして、腕を伝って肩に乗った。
船を降りて桟橋に足を下ろすと、思いのほか揺れたが、ロアは気にせずに歩いて、石の壁の道をさらに歩くと、町の中心部が見えてきた。扇形に広がった町の真ん中には、地下から水を引いているらしい水場があり、太陽の光でキラキラと輝き、周囲では子どもたちが走り回っている。
右側の道には、商店街ように店が並んでいて、人々が行き交い、紙袋に食料品を入れた夫婦らしい男女、豪快に笑っている肉屋の男、親に買い物を頼まれたのか、直立不動で店員にお金を渡している子供……海を隔てた向こうの国が、内戦によって滅びかけている現実など、嘘のように思えてくる。
「辺境の町と聞いてたが、思ったより活気があるな」
ロアは、なんとなく商店街のほうに足を向けた。プリムは左肩に乗ったまま、左右に並んだ店すべて確認するように首を忙しく動かしている。
「世界の動きなんて、関係ない場所もあるのかもな」
ロアが呟くと、プリムは体を震わせた。
「ごめんプリム。そういう意味じゃないんだ」
ロアはプリムをそっと左手で撫でた。
「悪くねぇ町だ。仕事が終わったら楽しませてもらうか」
「俺たちだけで済ませちまいてぇよな」
「……?」
腰に剣を下げた男二人組が、ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべている。剣を持っているのは、旅人なら珍しくないが、無駄に声がでかく、町の住人は男たちを避けて歩いている。よく見ると、他にも似たような男が数人いて、店に並んだ品を見て回っている。
(ポロワモールから逃げてきたような雰囲気じゃないな。ただの旅人でもなさそうだが……)
「ねえ、新聞どう?」
「……?」
下のほうから声が聞こえて、見ると、小さなショルダーバッグを下げた男の子が、新聞を差し出している。
「ああ、一部もらうよ」
ロアは男の子の視線まで膝を落とした。
「ありがと! 10リルだよ」
「10リルだな……じゃあこれ」
「まいどあり!!」
男の子は満面の笑顔を向けてから、ロアの横を通り抜けて走っていった。
「どこかで飯にしよう」
ロアが言うと、プリムは「にゃあ」と言って頷いた。
「食事ができそうな店は……」
ロアはゆっくりと視線を動かしながら歩いて、グレービーと書かれた木の看板の前で足を止めた。看板の上には、海鳥らしい木の置物があって、入り口には、目つきの鋭い男が腕組をして立っている。
「なあ、この猫も一緒でいいか? 迷惑はかけないし、食事は二人分注文する」
ロアが聞くと、男はギロリと視線を向けた。
「……旅のもんか?」
「ああ」
「……それで妙なことをしようとしたら、承知しねぇぞ」
男は、ロアが左の腰のあたりにつけた剣を一瞥してから、服で隠れている手斧を、さりげなく見せた。
「そんなつもりはない。ただ食事がしたいだけだ」
「……」
男は黙ったまま、ロアとプリムを品定めするように視線でなぞると、店内に入るように手を動かした。
「助かる」
店の中に進み、一番奥の二人がけテーブルに腰を下ろす。カウンター五席、四人がけのテーブル席が四つ、二人がけのテーブル席が一つで、テーブルとテーブルの間は、人が二人ギリギリ通れるぐらい広さで、歩くとギシっという音が鳴るものの、外観から想像するよりも清潔感がある。
ロアたち以外の客は四人で、全員が男、一人は酔っ払っているらしく、エールの入った木のカップを持ったまま、カウンターに突っ伏している。
「ご注文は?」
気の強そうな中年の女性が、見下ろすように言った。
「海鳥のステーキと、サンドイッチ。それと、コーヒーとミルクを」
「はいよ」
ぶっきらぼうな返事をして去っていく女性から視線を外すと、ロアは店の中を見回した。
厨房と思われるほうから、肉が赤から茶色に変わっていく音が聞こえて、店の中に残った香辛料の香りが胃袋を鳴らす。壁際には、飲み物と食べ物のメニューが貼られている他、動物や植物、花などの絵が飾られており、絵の下には、小さく名前が書いてある。
「あの四人は、たぶん町の住人だな」
視線を人に戻したロアがボソッと言うと、プリムが頷いた。四人の男はそれぞれ、ステービアの住人の平均的な服装である、潮風を浴び続けてもベトベトしない素材で作られた服を着ている。船に乗せてくれた船頭が言うには、色味やデザインの違いはあるが、ステービアの住人が着ている服は、素材と加工は同じだから、町の人間からすると、よそ者はすぐに分かるらしい。だからといって閉鎖的な町ではないが、外部の人間が紛れ込むには適していないとも言える。
「ミルクはそっちの猫でいいのかい? それともあんたが?」
ぶっきらぼうな女性が、木のトレイにコーヒーとミルクを乗せて運んできた。
「もらうよ」
ロアは、トレイからミルクの入ったコップを取ると、プリムの前に置いて、コーヒーカップを自分の前に置いた。
「ありがとう」
「ふん、料理はまだかかるよ」
「のんびり待つよ」
プリムがミルクの入ったカップを器用に押さえて、ペロペロと飲むのを見てから、ロアは新聞を広げた。
(魔女狩りは一過性のもので終わりそうにないな)
新聞の一面を飾るニュースに目を通していると、無意識に腕に力が入った。
(人間たちの中で恐怖がもっと拡大すれば、戦争の火種になるかもしれない。アサザミは魔女たちを団結させようとしているし、そうなればまた……)
「魔女狩りですか……どうして人間は、そんなに魔女を恐れるんでしょうね」
「……?」
新聞から顔を上げると、隣の席に一人の男が座っているのが見えた。いつの間に店に入ってきたのか、さっきまではいなかったはずの男が、視線を向けてきている。服装はステービアの住人のものだが、シワもほとんどなく、色鮮やかな青は色落ちもしていない。テーブルの上には、同じ色のクロッシェハットが置かれており、鼻から下は白い首巻きで覆われていて、表情は見えない。
「自分たちにはない力をもってるから、というのが一つでしょうね」
ロアが言うと、男は頷き、
「そうかもしれません。しかしそれだけで魔女狩りを……」
呟いて、首を横に振った。
「あくまでも新聞が書いてることですが」
ロアは前置きしてから続けた。
「三ヶ月ぐらいまえに、ゲーカンという町で起こった事件がキッカケみたいですね」
「ゲーカン?」
「キルディスという北の国の、最北端にある村だそうです」
「キルディス……ということは、四大国の一つ、ミネルヴァに近い……」
「地図上ではそうですね。俺は行ったことがないので、実際のところは分かりませんが」
「それでその、ゲーカンという場所で何があったんです?」
「ゲーカンは一年中雪が降る町で、町の片隅に住んでいた年老いた魔女がいた。町の子供たちは、時々その魔女をからかったりしていたそうです。子供には珍しくないけど、三ヶ月前のその日、子供たちは魔女が大切に育てていたアユキの花……雪の結晶を咲かせる花だそうです……それを踏みつけ、台無しにしてしまった。怒り狂った魔女は、子供たちを魔法で焼き殺し、子供たちの親が報復に、魔女が寝ているところを襲って殺害した。さらには、魔女は危険な存在だと、子供たちのことを引き合いに出して騒ぎ立て、不安や恐怖といった感情が広がって、今の魔女狩りが起こった……というのが、新聞の主張です。騒ぎ立てたことを広げたのも新聞でしょうけどね」
ロアは、無意識に新聞の語尾を強めた。
「そういうことだったんですか」
男は、運ばれてきたコーヒーを一口飲んでから、ため息をついた。
「……その口、事故かなにかで?」
首巻きを外して顕になった男の口には、唇がなかった。火傷によるものと思われる爛れが、左耳のあたりまで広がっている。
「まあ、そんなところです」
男は呟くように言ってから、一瞬目を店の入り口の方に向けた。
「この店は、海鳥のステーキがおいしいですよ」
「え? ああ、そうなんですね」
「旅の方ですか?」
「まあそうです。この猫と一緒に」
ロアがプリムを撫でると、男は目を大きくして、かわいいお供ですねと、目尻を下げた。
「あなたはステービアの方ですか?」
「いえ、私も流れ者です。といっても、かれこれ二週間ほど滞在してますが……失礼、そろそろ行かないと」
男は思い出したように立ち上がると、再び首巻きで顔を覆った。
「私はカロルと言います。この店にはよく来るので、またお会いするかもしれませんね」
「俺はロア。こっちの猫はプリム。俺たちはいつまでここにいるか分からないけど、またお会いしたときは、飯でも食いましょう」
「ええ、ぜひ」
カロルは、少し急ぎ足で店を出ていった。と、入れ替わりのように、五人組の男が入ってきた。
「エールと海鳥のステーキを五人分だ」
「まて、エールは一人二つにしよう、景気づけだ」
「あまりのんびりしてる暇はねぇぞ」
「わぁってるよ。おいおまえ、さっさとしろよ」
店員の女性は、顔をしかめながら厨房のほうに戻っていく。男たちは勝手に二つのテーブル席をくっつけて、大声で笑いながら店内を見回し、目が合った他の客を威圧しては、またケラケラと笑うことを繰り返している。腰にはそれぞれ、剣や手斧、混紡をぶら下げていて、服装はステービアの住人のものに近いが、色褪せが深刻で、肘のあたりが破けている者もいる。
「なあ、金が入ったらどうする?」
スキンヘッドの男が言った。
「女を買って、うまい酒と飯をたんまり食うさ」
口の周りに髭を蓄えた男が言うと、スキンヘッドの男が笑った。
「おまえはそればっかだな(笑)」
「じゃあおめぇはどうなんだよ?」
「俺はおまえ……そうだな」
「ほらみろ、やっぱりおめぇもそんなもんだろ? いいんだよ、金なんてのは楽しいことに使えば。なあそうだろ?」
髭面の男の言葉に、他の四人は笑いながら頷いた。
「しかしあれだな、魔女一人捕まえるだけで大金が入るんだからな。おいしい仕事だぜ」
「……?」
ロアは、運ばれてきた海鳥のステーキを食べながら、男たちの会話に耳を傾けた。どうやら男たちは、金のために魔女狩りをしているらしい。ナイフを持つ手に力が入ったが、食べ終えると黙ったままナプキンで口元を拭った。
「そういえばよ、捕まえる魔女って、すっげぇ美人らしいな」
「ああ、らしいな。捕まえて引き渡したら、どうせ殺されちまうんだ。だったらつまみ食いしてもいいよな?」
「だな、かわいがってやろうや。死ぬ前に楽しい思いさせてやろうぜ」
男たちが品のない声で一斉に笑うと同時に、ロアは椅子を鳴らして立ち上がった。
「おい」
男たちのテーブルの前まで来ると、見下ろすように視線を向ける。
「おまえら、魔女狩りか?」
「あ? なんだてめぇは?」
スキンヘッドの男が立ち上がった。
「なぜ魔女狩りをする?」
「はぁ? 何いってんだてめぇは。魔女ってのは、子供も平気で殺す人種なんだよ。人間様がしっかり管理しとかねぇと、何やらかすかわかったもんじゃねぇ」
「だから捕まえると?」
「ああ、金にもなるしな。今や魔女は賞金首みてぇなもんよ」
男たちはニヤニヤとした視線をロアに向けている。ロアは視線を合わせたまま、傾げるように顔を左に少し傾けると、トントンと、足で床を鳴らした。
「発想が短絡的で、行動の前に思考がなく、自分の目で事実を確かめようとせず、情報の正否は考慮しない、都合のいい解釈で後先考えずに動く……」
「あ? 何ブツブツ言ってんだ? なんか文句あんのか?」
「ああ」
ロアは足を止めると、五人に向けて視線を動かした。
「文句がある。おまえらのような存在に」
「なんだとコラ……?」
男たちは立ち上がって武器に手をかけたが、ロアは構わずに続けた。
「魔女もラルファも人間も、人それぞれだ。魔女になら何してもいいという考え方が、知性の欠片もなくて不快だ。おまえらみたいなのが、世の中の平穏に生きてる人たちの生活を壊す」
「わけわかんねぇこと言ってんじゃねぇぞてめぇ!!」
スキンヘッドの男が手斧を振り下ろすより早く、ロアの右拳が顔面を打ち抜き、男は床に顔から叩きつけられた。
「な……てめぇ!!」
「面倒だから全員でかかってこい。手間が省ける」
ロアが左の人差し指を二回、内側に曲げると、男たちは顔に怒りに染めて襲いかかったが、十秒もしないうちに全員が床に叩き伏せられ、威勢の良さはうめき声に変わった。
「誰に雇われてる?」
見下ろしながら言うと、男たちは首を横に振った。
「依頼受けたのはお頭なんだ、俺たちは知らねぇ……」
「そのわりには随分と得意そうに話してたな」
「にゃああ!!(正直に言いなさいよ!!)」
ロアの隣に来ていたプリムが歯をむき出すと、男たちは顔を震わせた。
「本当に知らねぇんだって! かんべんしてくれ、頼む……!」
「お頭はどこにいる?」
「知らねぇ……俺たちはただ、森に来いって言われただけで」
「森? どこの森だ?」
「タメライの森だ……ステービアの住人の間じゃ知れた場所らしい。そこに魔女がいて、その魔女を捕まえるのが依頼だ。でも俺たちはそれしか知らねぇ! ほんとなんだって……」
「何も知らない末端か」
ロアは呟くと、店の入り口まで歩いて、店主に声をかけた。
「騒ぎを起こしてすまなかった」
「構わねぇよ。あいつら最近店に来るようになって、迷惑してたんだ。スッキリしたよ」
店主はニヤリとした。
「あいつらは町の兵士に引き渡す。もううちのやつが兵士に連絡しに行ってるよ」
「それならいいが……ステービアには魔女がいるのか?」
「ああ。タメライの森って森にな」
「森に一人で?」
「さあ、たぶんな」
「さっきの奴ら、その魔女を狙ってきたみたいなんだが、何か知ってるか?」
「荒っぽい連中が増えだしたのは確かだ。ここの一週間ぐらいで増えた気がする」
「一週間……」
「魔女狩りってことなんだろうけど」
店主は腕を組んで首を傾げた。
「魔女狩りは世界規模の問題だってことは、新聞読んで俺も知ってる。けどなぁ、こんな辺境の町にたくさんの魔女狩りが来てるのは妙だ」
「奴らの他にもいるんだな」
「ああ。急に増えだしたんだよ、そういうのが」
「森の魔女が町に何かしてきたことは?」
「一度もない。そもそも、姿を見たやつもいないはずだ。魔女も町の人間も、お互い不干渉なんでな。魔女狩りが大きくなっても、町の人間に森の魔女を排除しようなんて考えるやつはいない。町には、タメライの森に入ったら出てこられないなんて噂もあるが、子供が勝手にいかねぇようにするためのもんだしな」
「森の魔女に脅威を感じてる者はいない、しかも辺境の町。そこに、おそらくは外部のあらくれが寄せ集まった魔女狩り……」
ロアが呟くと、店主は両手を広げた。
「俺にもさっぱりだ。なんでそんな……」
「……? どうかしたのか?」
「あれ見ろ」
店主が指差した方に顔を向けると、煙が立ち上っているのが見えた。
「あの場所は?」
「分からねぇけど、タメライの森があるほうだ……」
「……」
「え? おい、何をする気だ?」
ロアがバッグのベルトを締め直して歩きだそうとすると、店主は目を大きくした。
「森で何か起こってるのかもしれない。奴ら、森に来いって言われてたらしいからな」
ロアは店の中で倒れている男たちを指差しながら言った。
「あんたはこのことを兵士に知らせてくれ」
ロアが代金を手渡しながら言うと、店主は何度も頷いて、どこかへ走っていった。
「プリム、行こう」
プリムはロアの言葉に頷くと、腕を伝って肩に飛び乗った。
ロアはそれを確かめると、森に向かって走り出した。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?