第3話 指紋【口裂け女の殺人/伏見警部補の都市伝説シリーズ】小説
■第3話の見どころ
・常磐イライラ
・竹神と奈津美の共闘
・指紋が頭を悩ませる
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神社を出たものの、アテはなかった。そもそも、土地勘がある場所でもない。あたりはすっかり暗くなり、外灯の明かりが煌々としている。
(何やってんだ、俺は……)
立ち止まって、外灯が照らす道に目を向ける。
チラつきもしない外灯。
いくら眺めていても何もあるはずがない。
(まったく、馬鹿らしい)
首を横に振って、スマホで駅の方向を確認しながら歩きだすと、住宅地に入っていき、スーツ姿の男と女が、数メートル先の家から出てくるのが見えた。
(訪問販売かなんかかな? こんな時間に? いやまてよ、そういえば昔、家に変なヤツが来たことがあったぞ。会社名もハッキリ名乗らずに名刺も持ってなくて……)
「失礼、ちょっといいかな?」
「……! え……?」
完全に予想していなかった状況に、竹神は言葉が出ずに相手を見た。
「今、随分とこちらを気にしていたようだけど、何か?」
スーツ姿の男が言った。右斜後ろにいる女は無表情のまま、竹神をというか、スーツの男と竹神、二人を視界に収めているように見ている。
「何かって、あなたこそなんですか?」
竹神の問いに答える代わりに、男は上着のポケットに手を入れて、何かを取り出した。
「山城警察署、捜査一課の常磐です。こっちは木野」
「警察……?」
「このあたりで殺人事件があったのは、ご存知ですか?」
「ああ、なんかニュースで見ましたけど、このあたりだったのは知りませんでした」
咄嗟に口から出たものの、無意識に視線が逸れて、竹神は咳払いした。
「事件の情報を集めてましてね。あなたはこの辺りに住んでる?」
(なんだこの人……スーツってことは、いわゆる刑事かな。なんでこんな偉そうなんだ)
「どうなんです?」
「いえ、住んでません。俺の家は、駅で言うと二つ隣なので」
「ほう、ではここへはどんな用で?」
「……神社に参拝です」
「神社?」
「ええ」
「なんという神社ですか?」
「なんというって、名前ですか? 神社の」
「そうです」
「……分かりません、というか忘れました」
「忘れた? 参拝に来たのに?」
「他にも参拝することがあるので、どこがどこのだか、名前がごっちゃになるときがあるんです。そんなことより、殺人事件の情報集めなんですよね?」
「ええ。何か思い当たることが?」
「何もないって、言いたかっただけです。何も知らないので、答えられることがない。もう行っていいですか?」
「いや、もう少しお話を伺いたいですね」
「話すことなんて何も……」
「あなたが参拝に行ったという神社、案内してもらえますか?」
「なんで、そんな……」
「何か不都合でも? 困ることでもあるんですか?」
「別にないですけど、神社なんて行ってどうするのかって思っただけです」
「犯人は事件後、姿を消したまま、目撃情報がないんですよ。この時間なら、神社は参拝時間を過ぎてる。人が隠れるにはいい場所かもしれないと思いましてね。それに」
「なんです……?」
「どうもあなたの反応が気になりまして。犯人は若い女らしくてね。もしかしたら男がいて、その男が匿ってるという可能性もある」
「俺に彼女はいませんよ」
「まあそう言うでしょう、今の流れなら。別にやましいことがないなら問題ないでしょう? 神社まで案内してください」
竹神は、用事があると言ってその場を離れることも考えたが、連絡先の確認でもされて、また話すことになったら面倒だと思い直し、神社に足を向けた。
「失礼、お名前を伺っても?」
常磐が背後から言った。
「え? 俺のですか?」
「あなた以外に誰がいるんです? 犯人の女の名前でも知ってると?」
「竹神です」
「タケガミさん。漢字はどう書くのですか?」
「竹林の竹に、神様の神です」
「なるほど、ありがとうございます」
常磐は、言葉一つひとつが粘り気を帯びているようで、竹神は背中がムズムズした。一緒にいる木野という刑事は、ずっと黙ったまま、常磐の少し後ろを付いて歩き、常磐は竹神の背中に視線を向けたまま、距離感を変えずに歩いてくる。
「ここですよ」
殿馬神社の前に来ると、竹神は立ち止まって二人を見た。
「なるほど、小さい神社ですね。おそらく常に社務所に人がいるわけじゃない。これは、隠れ場所としてはおあつらえ向きだ」
常磐は何度か頷くと、
「木野、中を確認するぞ」
と言った。
(ようやく解放される。なんだか肩が凝った気がするな……)
「そんなに時間はかからずに戻るので、そのままそこで待っていてください、竹神さん」
竹神は、何を言い出すんだコイツはと、口から出かけた言葉を飲み込み、分かりましたと言った。常磐は、粘り気のある視線を向けて満足そうに頷くと、敷地内に入っていった。
(最悪だ……)
ため息が漏れる。
「……?」
足音が近づいてきて、竹神は顔を右側に向けた。
女が歩いてくる。
一瞬、口裂け女かと思ったが、すぐに違うと気づいた。
そんなふうに考えた自分に眉をひそめていると、女は近づいてきた。
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